SS78 変わらぬ想い
伊織の酔っぱらい騒動の後は、騒がしくも比較的平穏に桃井家での時間は過ぎていき……その夜。
「んへへへへ……春輝しゃーん……」
「すぅ……すぅ……」
「んゅ……にゅ……」
掛け布団を抱きしめながらだらしない笑みを漏らす伊織に、規則正しく寝息を立てる露華、口をモゴモゴと動かす白亜。
「あはっ、みんな結構早寝だね」
「今日は色々あったし、疲れてたんじゃない?」
それを微笑ましげに聞きながら、美星と貫奈が囁き声で会話する。
この五人が雑魚寝状態で、春輝は事前の宣告通りキッチンスペースにて寝袋で眠っていた。
「……ね、桃ちゃん」
「ん……?」
どこか改まった調子に聞こえる美星の声に、貫奈は美星の方に視線を向ける。
「こないだ、告ってフラれたとか言ってたじゃん? あれって、どんくらいマジだったん?」
「異性として好きです、愛してますって言って、ごめんな、って言われたくらいかな」
「大マジじゃん……」
「大マジよ」
頬をヒクつかせる貫奈に対して、貫奈の声は平静そのものである。
「ぶっちゃけ、ありえなくない? なんでフラれたの? フラれる要素なくない? そういうプレイなの?」
「それは……」
流石に、全てを語るわけにもいかず。
「……タイミングの問題?」
要約すると、そんな感じになった。
「どゆことよ……?」
「まぁ、色々あって」
そう誤魔化してから、貫奈は小さく溜め息を吐く。
「正直ねー、今になって思うと去年までに告白してたら勝ち確だったと思うんだよね」
「私はそれずっと言ってたのに、グズグズしてたの桃ちゃんじゃん」
「その節は……誠に申し訳なく……」
実際その通りなので、貫奈としては苦笑気味に謝るしかなかった。
「てかさ、去年までだったらいけたのに今年になったらダメとかそんなことあんの?」
「あるのよ……色々と」
「春輝先輩に、好きな人が出来たってこと?」
「それは」
ない、と言いかけて。
「……どうなんだろうね」
今度も、曖昧に誤魔化した。
実際のところ、あの告白時点で春輝に想い人がいたかと言えばノーだと断言出来る。
春輝なら、それならそうと間違いなく正直に言うはずだ。
それに……今となっては、わかる。
──今は自分の恋愛とかそういうの、考えられそうにないんだ
あの時の言葉は、小桜姉妹との同居状態のことを考えてのことだったのだろう。
今は、自身のことよりも彼女たちのことを優先したい……そんな状況で誰かと恋愛関係になるというのは、相手に対しても不誠実だ。
きっと、そんな風に考えているのだろう。
人見春輝とは、そんな人だから。
ただ……あれから、それこそ色々あって。
現在、春輝に想い人がいるのか……それは、貫奈にもわからなかった。
「なんだよー、微妙な物言いだなー」
少し不満げに言った後、美星は「まぁいいけど」と続けて。
「でさ……どうすんの?」
そう、尋ねる。
「どうすんの、とは?」
「ぶっちゃけさ」
そこで、一瞬躊躇うように間を空けて。
「ようやく、
言葉は軽いが、その声はこれまでの茶化す調子と違って真剣な響きを帯びていた。
「変わらないよ」
対して、貫奈は即座に言い切る。
「私の気持ちは、変わらない」
それから、そう続けた。
「まぁ人見先輩がそれなりに優良物件なのは認めるけど、桃ちゃんならもっと良い男も狙えるじゃん?」
「だって、もう十年も好きなんだもん……今更、変えられないよ」
「それさ、ガチャとかでヤバいことになってる人と同じ発想じゃない……?」
「そうじゃなくて」
貫奈は、小さく苦笑。
「十年も近くにいて片思いしてるとさ……あぁ、自分はこの先もずっとこの人のことが好きなんだろうなぁってわかるの。だってもう、大抵の良いところも悪いところも知り尽くしてるんだよ?」
次いで、それを微笑みに変える。
「ふふっ、そっか」
美星もまた、微笑んだ。
「さて、そろそろ寝ようよ。私も、もう結構眠くて」
「ん、そだねー」
くぁ、とあくびを漏らす貫奈に、美星もそう返す。
しばらくすると、貫奈も穏やかな寝息を立て始めて。
「……愛されてますねぇ、人見先輩?」
最後にキッチンの方に向けてそんなことを言った後、美星も目を瞑る。
◆ ◆ ◆
そして。
「……だなぁ」
キッチンスペースにて寝袋に包まれながら、口の中だけで小さくそんな言葉を転がす春輝だった。
◆ ◆ ◆
こうして。
それぞれの心に変化を齎したり齎さなかったりした、桃井家宿泊イベントだったが。
一つだけ、確かに言えるのは。
(いーや、めっちゃおもろいことになってんじゃーん! これからは、定期的に観測しに来よっ!)
それを一番楽しんだのは、途中参加の檜山美星であるということだろう。
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