SS77 カレーライスの罠

 雷による停電騒動はあったものの、結局それも数分程度で復旧し。


「すみません貫奈さん、夕飯までいただいちゃって……」

「いいっていいって、どうせ元から作り置いてたカレーなんだし」

「それはそうなんだけど、どうしてみっちゃんがそれを答えるの……?」


 現在、一同テーブルを囲んで夕食の席に着いていた。


 恐縮する伊織に美星が笑って手を振り、それに対して貫奈がジト目を向ける。


「それより、お味の方はいかが?」

「あっ、はい! とっても美味しいです!」


 小さく首を捻る貫奈に、伊織はコクコクと何度も頷いた。


「味に深みがあって……それに、お肉が凄く柔らかいですね。これ、何を入れてるんですか? なんだろう、ちょっぴり苦味も感じますし……」

「おっ、流石はお目が高い! 実は、桃ちゃんカレーの秘訣はビールを二缶くらい豪快にぶち込むことなんだよ! 特に、黒ビールがオススメだよ!」

「それもそうなんだけど、だからどうしてみっちゃんがそれを答えるの……?」


 またも似たような光景が繰り返される。


「へぇ、ビール入れても美味しいんだな」


 モリモリと食べ進めながら聞くともなしに話を聞く春輝は、感心の面持ちだった。


 ……が、しかし。


「……ん? ビール?」


 ふと、スプーンを持つ手の動きが止まる。


『……あっ』


 続いて、露華と白亜の手もピタリと止まった。


「……つかぬことを伺うが」

「なんです?」


 やけに硬い表情で切り出す春輝に、貫奈は不思議そうな表情である。


「それって……調理過程で、ビールのアルコールは全部飛ぶんだよな?」

「はぁ、流石に全部は飛ばないと思いますが」


 何を尋ねているんだろう? とばかりの貫奈の表情は、次いで何かを察したようなものに。


「もしかして、伊織ちゃんたちの年齢を気にしてます? 先輩、そこまでお堅い性格でしたっけ?」

「うん、まぁ、年齢を気にしてるっていうかね……」


 ギギギッと錆びたロボットみたいにぎこちなく首を動かし、春輝の視線が伊織に向けられた。


「……?」


 ジッと見つめられているせいか、伊織の顔が赤く……見る見る、真っ赤に染まっていく。


「……うふっ」


 そして、その口元がへにゃっと緩んだ。


『あちゃー……』


 その時点で、春輝、露華、白亜が頭を抱える。


「んふふふふふぅっ! ろーひひゃんですか、春輝ひゃん? ひょんなに、わたひの方を見へ? ちゅいに、わたひのみりょくにきづいちゃいまひたかー? あははー、ばんじゃーい! ばんじゃーい!」


『………………えーと?』


 疑問の声を重ねる貫奈と美星は、その場でバンザイを繰り返す伊織に若干引き気味の表情であった。


「お姉、アルコール激弱体質なんですよね……」

「そんなに……?」

「場合によっては匂いや場の空気で酔うレベル……です」

「そんなに……」


 露華と白亜の説明に、貫奈と美星は半笑いとなる。


 一方で。


「むぐむぐ……ほれにひへも貫奈ひゃん、ホントに美味ひいれふぅ」

「いけない! 露華ちゃん白亜ちゃん、伊織ちゃんとその危険物を引き離すんだ!」

「合点承知!」

「心得た」

「危険物言わないでいただけます?」

「わたひも今度、作っちゃいまふねぇ」

『絶対やめてね!?』


 春輝たち三人、それぞれ動き出しながら声を重ねた。


「ほーらお姉、辛いの食べたし喉渇いてるよねぇ? お水飲もうねぇ?」

「んゅ……飲む……」

「今のうちに……」


 露華が伊織に水を飲ませている隙に、白亜がサッとカレー皿を持って伊織の射程圏内から遠ざける。


「貫奈、悪いけど先に一つだけ布団敷かせてくれ!」

「はぁ、どうぞ……そこの押し入れに、使っていただく予定の布団が入ってますので」


 まだ事態を完全には飲み込めていないらしく、呆気に取られた様子の貫奈。


「サンキュ!」


 短く礼を言いながら、春輝は手早く布団を敷いていった。


「お姉、お姉、そろそろおネムの時間じゃない?」

「んふふぅ、じぇんじぇんだよぉ」

「今布団に入ると、ハル兄が添い寝してくれるという特典が付く」

「ほんとー? じゃあ寝るー」


 コソッと耳打ちした白亜の言葉で、だいぶ幼児退行しているらしい伊織の意思は翻った様子である。


「ナイス白亜……! そんじゃお姉、お布団のとこまで行こうねー?」

「布団はこっち、布団はこっち」


 露華と白亜に両サイドから支えられ、伊織が運搬されていく。


 そして、布団の上にそっと寝かせて。


「イオ姉、これがハル兄」


 再び白亜が耳元で囁き、丸めた掛け布団を伊織に抱かせた。


「んふふふふふふふふふぅ……!」


 伊織は、それを嬉しそうにギュッと抱きしめて。


「………………んぅ」


 やがて、眠りに落ちたようだった。


『ふぅ……よしっ』


 春輝たち三人は額の汗を拭った後、やり遂げた表情でハイタッチを交わす。


「なんか……」


 美星が、そんな三人……というか春輝へと、疑問の目を向ける。


「妹ちゃんたちはともかくとして、人見先輩までやけに酔った伊織ちゃんの扱いに手慣れてませんでした?」

「んんっ……! いやほら、酔っぱらいの扱いなんて古今東西似たようなもんだろ……!?」

「妹ちゃんたちとの息もバッチリ合ってましたし」

「あははー、それなら良かったなー。アレかなー、やっぱ緊急事態で皆の心が一つになってたのかなー」

「何か……隠してません?」

「ふっ……可愛い後輩相手に隠し事なんてあるわけないじゃないか」

「もうその台詞が隠し事あることを肯定しかしてないんですわ」


 という感じで。

 その後も美星の追及はしばらく続いたが、白々しい言い訳を並べ立ててどうにか乗り切る春輝であった。





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今回で桃井家お泊り編終了まで書く予定だったのですが、思ったより長くなったので一旦ここで切らせていただきます。

次回更新は来週、9/5(日)更新を予定しております。

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