SS72 もしもの話

 高校時代の記憶に思いを馳せながら、春輝はぼんやりとフォトフレーム……そして、かつて自分の制服に付けられていた第二ボタンを眺める。


(あれって……つまりは、そういうこと・・・・・・だったんだよなぁ……)


 貫奈の気持ちを知った今、流石にもう誤解のしようもなかった。


(何やってんだかな、当時の俺………………待て待て、これに関しては半分くらいは桃井にも責任があるんじゃないか? なんだよ、第二ボタンコレクターって……いや、その時点で察しろって話か……明らかに不自然だったもんなぁ……)


 あの時、もう少しだけ春輝に勇気があったなら。

 もう一歩だけ踏み込んで、貫奈の真意を確かめていたのなら。


 今とは、全く異なる未来になっていたのかもしれない。


 そんな風に思う。


(ま、それこそ今更過ぎる話だけど……)


 なんて、十年越しに春輝がセルフ反省会を行っていると。


「あれっ……?」


 そんな春輝の方を見て、伊織が小さく首を傾けた。


「そのお写真って、もしかして……高校時代のお二人ですか?」

「えっ、マジマジ?」

「見てみたいかも、です」

「普通に飾ってあるんだし、普通に見てもらって大丈夫よ」


 興味津々といった三人に、貫奈がクスッと微笑んで頷く。


「わーっ……!」

「どれどれ?」

「ふむん……」


 目を輝かせた三人が、写真へと群がった。


「あっ凄い! 制服着てるぅ……!」

「おーっ、流石に今よりだいぶお若い感じだよねー」

「なんだかハル兄、可愛い……かも」

「おいおい、可愛いはないだろ?」


 白亜の感想に、春輝は軽く苦笑する。


「その頃でも、君たちよりは年上だぜ?」

「でも、私もちょっとわかります!」

「今の春輝クンに比べれば、って意味でね?」

「可愛い……」

「ははっ……なんか照れるな……」


 自分たちの写真がジッと見つめられるのがなんだか気恥ずかしくて、春輝は苦笑のまま頬を掻いた。


「んっ……?」


 そこでふと、白亜が何かに気付いた表情に。


「これは……?」


 フォトフレームの隣、かつての第二ボタンを手に取る。


「コレクターズアイテムよ。敗北の証としての、ね」

「……?」


 皮肉げに笑う貫奈に、白亜は首を捻った。


「……あっ」


 けれど、再び写真を……第二ボタンが外れた制服を着る春輝の姿に目を向けて、察した様子となる。


「他人事ながら、これで決まらなかった・・・・・・・って事実はエグいよねー……」

「わたしたちにとってはラッキー……でも、これから立ちはだかる壁でもある」


 露華と白亜、頭を寄せて囁き合う声は二人の間にしか届かなかった。


 なんか内緒話してるなー、と春輝はそれを微笑ましく見守っていたのだが。


「……伊織ちゃん?」


 ふと目を向けた伊織の様子が、少しおかしいことに気付く。

 胸の辺りでギュッと手を握り、どこか苦しげに唇を噛んでいるのだ。


「どうしたの? もしかして、体調悪い?」

「あっ、いえ、何でも……!」


 けれど、春輝に話しかけると途端にそれを笑顔で塗り替えた。


「ホントに大丈夫?」

「はい、体調面は万全ですので!」

「体調面……?」

「あっ……」


 訝しむ春輝に、伊織は「しまった」といった顔となる。


「やっ、ホントに全然大したことじゃないんですけど! 当たり前に、当たり前なことを思っただけで!」


 春輝を安心させるためか、ブンブンと手の平を振って。


「その……」


 伊織の笑みが、少しだけ変化する。


「春輝さんには、春輝さんの高校時代があって……それは絶対に私とは交じることはないんだなって思うと、なんだか……」


 その切なげな笑みを見ていると、なぜだか春輝の胸は妙にザワついた。


「一緒の高校に通ってみたかったなぁ……とか。あの、ちょっとだけ! ちょっとだけ思った感じなんです、はい!」


 大したことはない、とばかりに伊織はまたブンブンと手を振る。


「一緒の高校に、か……」


 少しだけ、思い描く。


 彼女と……彼女たちと、同世代として過ごす日々。

 すると。


「俺は、今の出会い方で良かったって改めて思ったかな」

「えっ……?」


 春輝の出した結論に、伊織は少しショック受けた様子を見せる。


「高校時代の俺とか、今以上に陰の者だったからね。伊織ちゃんみたいな綺麗で目立つ子に話しかけられてもテンパってまともに話せなかっただろうし、もちろん自分から話しかけることもなかったと思う。あの頃に出会ってたら、こんなに話す間柄にはなってなかったんじゃないかな」

「そ、そんな、綺麗だなんて……! 別に、目立つとかもないですし……!」


 けれど、続く春輝の言葉で伊織の頬に朱が差した。


「じゃあさ、ウチはウチは?」

「露華ちゃんみたいに明るくてクラスの中心になるような子も同じだよ」

「わたしは……?」

「白亜ちゃんも、常に友達にいっぱい囲まれてそうだからねー。その中に入っていく勇気はなかったろうね」

「ふむん……」


 頷く白亜同様、三人共が納得した様子を見せる。


「ちょっとちょっと先輩、その言い方じゃ私は綺麗でも明るくもなければ友達もいなかったみたいじゃないですか」

「少なくとも出会った当初は、見た目以外事実だろ……」

「ほぅ? なら見た目は?」

「綺麗っつーか、まー可愛いかったんじゃね?」

「一応褒めてくれたことを喜ぶべきか、その適当さに憤るべきか、どっちでしょうね?」


 なんて、談笑する中。


「あ、あれっ……?」


 ふとした調子で振り返った伊織が、なぜか頬をヒクつかせる。


「えっと……チョコちゃん、なんだか拗ねちゃってませんか……!?」

『えっ……?』


 伊織の言葉に、一同チョコの方を振り返った。


 チョコは春輝たちに背を向ける形で寝転んでいるが、顔だけはこちらに向けられており……その目には、最初だけチヤホヤしておきながらたちまち写真に興味を移した一同に対する恨めしげな光が宿っている……ような、気がした。


「あ、あらあら、ごめんねー、チョコー」


 微苦笑を浮かべながら、貫奈がチョコを抱き上げる。


 その後、全員でめちゃくちゃチョコを可愛がった。



   ◆   ◆   ◆



 たっぷりチョコと遊んで、時刻はもうすっかり夕暮れに。


「さて……私たち、そろそろお暇しようかと。今日はお招きいただきありがとうございました、桃井さん」


 頃合いを見て、伊織が貫奈へと頭を下げる。


「そう? でも、今からだとちょっとタイミングが悪いと思うけど」

「え……?」


 貫奈の意図がわからず、伊織は不思議そうに首を捻った。

 その、直後である。


 ピカッ! と夕闇が明るく照らされたかと思えば……。


 ──ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロォォォォォォォォォォォォォォォォ!


「わひゃっ!?」

「キャン!?」


 地を揺らす程の轟音が轟いて、白亜とチョコが悲鳴と共に少し飛び上がった。


 次いで、外からザァザァと激しく雨の降り注ぐ音が聞こえ始める。


「ね?」


 どうやら、貫奈の先程の言葉はこの状況を予見してのものだったらしい。


「今日、夕方から朝にかけて豪雨って予報なんですが……先輩たち、天気予報見てきませんでしたね? 傘も持ってきてなかったですし」

「あぁ、完全に見逃してたわ……さっきまであんなに晴れてたんで、油断してたなー。悪い貫奈、傘借りれるか? 最悪、三本あればいいんだけど」

「あるにはありますけど、この雨風じゃ傘もほとんど役に立たないと思いますよ?」

「確かにな……しゃーない、タクシー呼ぶか。ギリギリまで着けてもらえばそんなに濡れずに済むだろ……」

「それよりも、もっとお手軽で確実に濡れない方法があるのですが如何です?」

「え? 凄いな、聞かせてくれ」

「それはですね……」


 尋ねる春輝に、貫奈はニッと笑って少し溜めを作り。


「明日も休みですし、皆でウチに泊まっていけば良いのですよ」


 と、提案するのであった。






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いつも読んでいただいております皆様、誠にありがとうございます。

新作『男子だと思っていた幼馴染との、親友のような恋人のような新婚生活』、毎日更新中です。

https://kakuyomu.jp/works/16816452221029879202


10年ぶりに再会した幼馴染との、楽しく甘い新婚生活を描くじれじれ系ラブコメ。

楽しんでいただけるものに仕上げているつもりですので、こちらも読んでいただけますと嬉しいです。

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