SS70 卒業の日に
遡ること、約十年前。
春輝が、高校の卒業式を終えた後でのことである。
あちこちで笑い声や啜り泣く声が聞こえてくる中で。
「先輩……ご卒業、おめでとうございます」
「あぁ……ありがとな」
ペコリと頭を下げる貫奈に対して、春輝はどこか面映そうに頬を掻いていた。
「まだ、卒業したなんて実感全くねぇけどなー」
「そういうものですか?」
「明日も間違えて登校しちゃいそうだ」
「ふふっ、間違えないでくださいね」
なんて、当初は穏やかに会話を交わしていたのだが。
「あの……せ、先輩っ!」
徐々に、何やら貫奈の挙動が不審気味になり始めた。
「あの……その……」
「なんだよ?」
モジモジと指を絡めて言葉を濁す貫奈に、春輝は首を捻る。
「せ、先輩……! ……は、こんなとこで私と話してていいんですかっ?」
「ん? まぁクラスの奴らとはこの後に打ち上げ行くし、後輩なんて他にいないしなー」
「つまり、この時間を使って会う程の交友関係が私以外に存在しないということですね!」
「概ね合ってるんだけど、言い方ぁ!」
「あっ……すみません、間違えました!」
しまった、という顔となって貫奈は再び大きく頭を下げた。
「間違えたにしては、的確に抉られたような気がするが……」
「す、すみません……でも、そうじゃなくてですね!」
半笑いを浮かべる春輝へともう一度頭を下げてから、再び上がってきた貫奈の表情はどこか必死さを感じるものであった。
「先輩の……その……それを……」
フルフルと、震える腕をゆっくり持ち上げて。
「そ、それを……くださいっ!」
意を決した様子で、春輝の胸元を指差した。
「それ、って……桃井、まさかお前……!」
春輝は、自分の胸を見下ろして戦慄の表情を浮かべる。
「俺の心臓を狙ってる暗殺者だったのか……!?」
「ざ、雑なボケを挟まないでくださいよっ!」
雑なボケが、雑に処理された。
「や、そうは言ってもさ……じゃあ、まさか……」
春輝とて、今日この日に
だが、だからこそ。
「これ……か?」
間違っていたら相当に恥ずかしいな……と思いながら、学生服の第二ボタンを指差す。
「……っ」
真っ赤になった貫奈は、コクリと無言で頷いた。
(まさか桃井、俺を……? そんな素振り……あったような、なかったような……いやいや、これは典型的な非モテの勘違いってやつなのでは……?)
春輝は春輝で貫奈の意図を察しかねて、無言で延々思考する。
そうして、妙に気まずい沈黙が流れることしばらく。
「あっ……」
根負けするように先に口を開いたのは、貫奈の方であった。
「集めてますので!」
「……んんっ?」
しかし出てきた発言の意味がわからず、春輝は首を捻る。
「コレクターなんです! 第二ボタンの!」
「そんなコレクター成立すんのか!?」
「先輩のはSSRなので、是非ゲットしておきたくて!」
「第二ボタンってそういう概念だっけ!? コモン評価の第二ボタンとか可愛そう過ぎないか!?」
「だから、ください!」
「一本槍での押しが凄いな……!?」
真っ赤な顔のまま、ちょっと涙目になってズズイッと迫ってくる貫奈。
「や、別に欲しいならあげるけどさ……」
苦笑しながら、春輝は学生服の第二ボタンを外す。
その、内心では。
(っぶねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ! マジで恥ずかしい勘違いするとこだった! 結局、意味はよくわかんなかったけど……!)
羞恥心に悶えていた。
実のところ、春輝システムとは十年に及ぶ貫奈とのこんな類のやり取りの積み重ねによってより強固になっていったシステムであると言えよう。
「はいよ」
「あ、ありがとうございますっ!」
羞恥を顔に出さないよう注意しながら第二ボタンを差し出すと、貫奈は両手で器を作って拝むような姿勢で受け取った。
「私……あの、大切にしますから!」
「ははっ、大げさじゃないか……?」
「SSRなので!」
「うん、まぁ、確かにSSRなら大切にはしてくれそうかな……?」
やはり何を言っているのかはよくわからなかったが、苦笑しながら頷いておく。
「あ、あともう一つ、いいですかっ!?」
「あぁ、どうせ最後だ。好きなだけ言ってくれよ」
そう返すと、前のめり気味だった貫奈が急激にシュンとなった。
「そう……ですよね。最後、なんですよね……」
「や、まぁ、ほら? 連絡先も交換したわけだし? 会おうと思えばいつでも会えるけどな?」
この直前、貫奈の希望によって二人は連絡先を交わしている……が、しかし。
(まぁそうは言っても、たぶん俺から連絡することはないし……桃井から連絡してくることも、ないんだろうけど……)
春輝としては、そんな風に達観していた。
そして事実、その後の一年は全くの疎遠になるのであるが。
貫奈が春輝と同じ大学に合格出来るよう受験に集中するため、入学までは連絡を取らないと決めていた……という理由であることを、春輝は知る由もない。
なお貫奈の中では、入学後に偶然バッタリ会ったかのように見せかけるサプライズ再会も既に計画済みであった。
とはいえ、この時の春輝に何かを察することなど出来るはずもなく。
「やっぱり、このタイミングで全部言っちゃった方がいいんじゃ……で、でも、来年以降もチャンスはあるはずだし……絶対チャンスを作るし……それに、このタイミングだと結果如何によっては私の大学入試の結果まで死にかねないし……いやでも、一年は会えなくなっちゃうわけでその間に彼女が出来ちゃったら……いや、それはない……かな……? でもでも……」
「……?」
俯いてブツブツと何やら深刻な表情で呟く貫奈を、春輝は不思議そうな面持ちで見守るのみであった。
「あ、の! 先輩!」
かと思えば、貫奈がガバッと顔を上げ……。
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