SS69 桃井家訪問
「桃井、ありがとな。例の件、ちゃんと向き合って解決したから」
「……左様ですか」
昼休み、小声で礼を伝える春輝を見る貫奈の目はどこか胡乱げだった。
「気の迷い……だったのかはわからないけど、俺のとってあの子は守るべき対象。結局、今までと変わらないって結論だ」
「まぁ……先輩なら、
その言葉も、露骨に含みのあるものである。
「? どうかしたか?」
「いえ、別に」
流石に春輝も気付いて尋ねるが、貫奈は短くそう返すのみ。
「それより、見てくださいよっ!」
あからさまな話題逸らしだったが、その声は弾んでいて本当に聞いて欲しい旨も窺えた。
「ほら、これ!」
と、貫奈はスマホの画面を春輝へと向ける。
そこに写っているのは……。
「おー、子犬! 飼い始めたのかっ?」
「そうなんです!」
愛くるしい子犬の寝ている姿に、春輝の声も少し弾んだ。
「トイプードルか?」
「はい、知り合いのブリーダーさんからお迎えして」
「……名前は? もう決めたのか?」
少しだけ間が空いたのは、高校時代の彼女が飼い犬に付けた名がレンテ……オランダ語で『春』を意味するもので。
それを聞いた時に、なんとも気恥ずかしいような申し訳ないような気持ちとなったためである。
「はい。チョコ、と名付けました」
「ははっ、そっか」
しかし今回はストレートなネーミングで、密かにホッとした。
「流石に今は、もう
そんな春輝の考えもお見通しのようで、貫奈はクスリと笑う。
「……それで、先輩」
一瞬だけ緊張の面持ちとなった後、それを掻き消す貫奈。
「もしよろしければ……」
「わぁっ、可愛いですねぇっ!」
何気ない口調での言葉は、弾んだ声によって遮られた。
「貫奈さんのところの子ですかっ? 他の写真も見せてもらっていいですかっ?」
声の主、ちょうど通りかかったらしい伊織は子犬の写真に魅了されている様子である。
(この子……まさか、私の
そんな伊織を、貫奈は探る目付きで見ていた。
「あっあっ、すみません! お話に割り込んじゃって……!」
けれど、シュンとする伊織に何かしらの裏があるようにも思えず。
(……まぁ、そんな腹芸が出来る子でもないか)
そう納得しておく。
(それに、一応これも想定パターンの一つよ)
そう考えながら、咳払い一つ。
「良ければ、ウチまで見に来る? 妹さんたちも、希望されるようなら一緒に。あ、もちろん先輩も」
「いいんですかっ?」
貫奈の提案に、伊織はパッと表情を輝かせる。
「じゃあ、今度お邪魔させてもらっていいか?」
春輝も、前向きな様子である。
当初の目的、春輝を家に招くというミッションは一応達成出来たと言えよう。
「えぇ、それじゃ日程については追々詰めていきましょう」
「はいっ」
「了解」
昼休みも残り時間は僅かとなっており、自然とそれで解散の運びとなった。
そして。
「………………」
恐らく、無意識だろう。
けれど、だからこそ。
ぼんやりと伊織を視線を追っている春輝を見て、貫奈は思う。
(気の迷い……今までと変わらない、ねぇ……)
小さく溜め息。
流石に、これを指摘してやるほど貫奈も都合の良い女ではなかった。
◆ ◆ ◆
そして、次の休日。
「おっじゃましまーす!」
「ちょ、ちょっと露華、そんなズカズカと……! あっ、お邪魔しますっ」
「お邪魔します」
小桜姉妹が、貫奈の住むマンションの一室を訪問していた。
「どうぞ、遠慮なく上がってね」
早速騒がしい一行を、貫奈は微笑みと共に迎える。
そんな彼女たちから、少し遅れて。
「……お邪魔します」
最後に玄関へと入ってくる春輝は、どこか緊張の面持ちであった。
「春輝先輩、どうしたんですか?」
首を捻って尋ねる。
「や、そういえば女の人の家にお邪魔するのって初めてだなーって思ってな」
「女子三人と同居しといて、今更なに中学生みたいなこと言ってんですか」
春輝の物言いに、貫奈は呆れた表情で溜め息を吐いた。
「ほら、入って入って」
「お、おぅ」
春輝の背中を押して、室内へと押し込む。
「わぁっ、チョコちゃん凄い尻尾振ってる!」
「ウチらを歓迎してくれてるのかな?」
「人懐っこくて良き」
一方、伊織たちは既にチョコのケージを取り囲んで黄色い声を上げていた。
「ちょっと待ってねー、ケージから出すから」
貫奈がチョコを抱き上げ、ケージの外へ。
床に足が付くと、チョコは猛烈な勢いで伊織たちの足の間を駆け回る。
「わわっ、元気だね~」
「あっはは……ヤバいヤバい、踏んじゃいそうだよ」
「足を上げなければ無問題」
そんなチョコの様子を、三人は微笑ましく見守っていた。
「チョコ、チョコーっ」
「ワンッ!」
飼い主の呼びかけに、チョコは即座に貫奈の元へと向かう。
「おすわりっ」
そして、貫奈の指示に従いおすわりの姿勢を取った。
「わーっ、お利口さんですねっ」
「他のも、覚えてるんですか?」
「わたしもやってみたいかも……です」
「えぇ、スタンダードなのはもう一通り覚えてるから。皆もやってあげて?」
『はいっ!』
貫奈の許可を得て、三人はチョコを囲む形でしゃがみ込む。
「チョコちゃん、お手っ」
伊織の手の上に、毛むくじゃらの小さな手が載せられた。
「ふふっ、よく出来ました」
「キューン……!」
伊織に頭を撫でられ、チョコは嬉しそうにブンブンと尻尾を振る。
「チョコー? 今度はこっち……伏せっ」
露華の指示に、チョコはスッと伏せの体勢を取った。
「おー、凄い凄い」
「キュン!」
露華に撫でられ、また尻尾をブンブン。
「それじゃ、次はわたし」
そう言いながら、白亜はなぜかスマホを取り出す。
そして……。
『おちんちん!』
「ちょっと白亜ちゃん、ウチの子にに卑猥な声を聞かせないでくれる!?」
「卑猥な声って言わないでください!?」
再生された伊織の声に、貫奈が抗議して伊織に飛び火する。
「ていうか白亜、なんで私の音声を使ったの!?」
「イオ姉のせいでなんだか、ちん……が卑猥な単語に思えてきて……」
「そしたら尚更、私が卑猥なこと言っちゃってるみたいな感じになるよね!?」
「イオ姉なら、もうヨゴれてるからまぁいっかなって思って……」
「ヨゴれてないよ!?」
「ごめんなさい……反省してます……」
「そ、そんなシュンとしなくても……いいよ、反省してるんな『おちんちん!』反省してないよね!?」
なおこの間、チョコは律儀にちんちんの姿勢をキープしていた。
「ははっ……」
騒がしい姉妹を、微苦笑と共に眺めながら。
「……ん」
何とは無しに部屋を見渡していた春輝は、ふと一点に目を留めた。
机の上に置かれた、フォトフレームと……学生服の、少し古びたボタン。
写真に写っているのは、お互いやけにぎこちない笑みでピースサインをしている制服姿の春輝と貫奈である。
(懐かしいな……まだこんなん、飾ってくれてんのか……)
脳裏に蘇るのは、高校時代。
その、最後の日の思い出である。
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