SS67 お悩み相談コーナー

 とある日の昼休み、会社の会議室にて。


「桃井……すまん、折り入って頼みたいことがある」

「私、先輩からこの手の切り出し方されて碌なことがあった試しない気がするんですけど気のせいですかね?」


 真剣な口調で話を切り出した春輝を、貫奈は半目で見る。


「あぁ……お察しの通り、今回も碌なことじゃない」

「そうですか……まぁ、とりあえず聞きはしますけど」


 自虐の笑みを浮かべて肩をすくめる春輝に対して、小さく溜め息を吐く貫奈。


「悪いな、助かるよ。お前くらいしか頼れる人がいなくて」

「そう言っとけば私がチョロチョロしく引き受けると思ってません?」

「や、そんなつもりはないんだけど……」

「冗談ですよ」


 フッと笑う貫奈は、既にどこか諦め気味の雰囲気である。


「それで、何なんです? 頼みって」


 春輝が何を言い出そうと受け止める構えなのだろう。


「あぁ……俺のことを、ぶん殴ってほしくて」

「……続けてください?」


 果たして、一瞬「は?」という表情を浮かべはしたもののそう促すのみだった。


「実は……」


 ここから先を口にするのは酷く罪悪感が邪魔をするが、ゴクリと唾を飲んだ後に決意を固める。


「伊織ちゃんのことを……異性として、意識してしまいそう……かもしれないんだ……」

「あっはい、オッケーでーす。事情はビタイチわかりませんが、とりあえずぶん殴る役目は承りましたー」


 重い口調の春輝とは対照的に、貫奈は実に軽い調子で頷いた。


「それじゃいきますね……これは、伊織ちゃんの分!」

「へぶっ……!?」


 そして、春輝の頬にバチン! とビンタを放つ。


「あぁ、そうだ……本来は、伊織ちゃんに殴られるべき……」

「これも、伊織ちゃんの分!」

「へぶっ……!?」

「あと、露華ちゃんと白亜ちゃんの分!」

「へぶっ……!? ちょ、ちょっと待て、二人は関係な……」

「露華ちゃんの分! 白亜ちゃんの分!」

「おぶっ!?」


 続けざまに五発ビンタを放った後、貫奈は「ふぅ」と小さく息を吐いた。


「そして……こんな話をされた私の分、です」

「……すまん」


 最後にペチンと触れるだけのビンタをすると共に苦笑する貫奈に、謝罪する。


「今更なので、別に構いませんが……これで気は晴れましたか?」

「いや……やっぱ、こんなのじゃ駄目だな……」

「でしょうねぇ」


 詳細は全くわかっていないにも拘らず、春輝の心情を察している様子。


「で? どういう経緯でそういうことになったんです?」

「その……こないだ、ちょっとしたトラブルというかやらかしちまったことがあってさ」

「ほぅ」

「自首しようと思ったんだけど」

「私今、何秒か気絶とかしてました?」


 だが、流石にこの展開は予想外だったらしい。


「あぁすまん、自首のくだりは本筋じゃないからどうでも良いんだ。気にしないでくれ」

「気になりすぎますが、まぁとりあえず続きをどうぞ」


 とはいえ、この対応力である。


「伊織ちゃんはフォローしてくれたんだけど、それが逆に変に意識する結果に繋がったというか……それ以来、伊織ちゃんとも気まずい感じになっちゃって……」

「要領を得ませんねぇ」


 ポツリポツリと話す春輝に、貫奈は再び嘆息。


「まぁいいです、詳細は聞きません。とにかく、伊織ちゃんを異性として意識するようなきっかけがあったと」


 春輝としてもキスの件まで話すのは気が引けるので、ありがたい申し出だった。


「で……どうにか、異性として意識しないようにしたいってことでいいですか?」

「まぁ、うん……」


 春輝が語るまでもなく、話がどんどん進んでいく。

 これが、白亜認定による春輝検定三段以上の女である。


「それは……なんというか……」


 言葉を探すように、貫奈は視線を左右に一度ずつ彷徨わせる。


「流石に、ちょっと可愛そうになってきますねぇ……」


 そして、また苦笑を浮かべた。


「伊織ちゃんがだろ? そうだよな、俺なんかに異性として意識されてるなんて……」

「まぁ対象は合ってるんですけど、そういうとこですよ?」


 貫奈の苦笑が深まる。


「あー……一旦、ちょっと待ってもらえますか? スタンス・・・・を決めるんで」


 春輝に片手を突き出し、貫奈はもう片方の手で自分の頭を押さえた。


「先輩の要望に従って、ここで摘み取る・・・・……? でも、流石にそれはなぁ……うん、流石になぁ……大人としてなぁ……でもなぁ……なんか、一気に捲られてるような気配を感じるんだよなぁ……いやいや、でもなぁ……」


 眉根を寄せながらブツブツと呟くこと、しばらく。


「……よしっ!」


 やがて、考えが纏まったのか大きく頷く。


「先輩」


 そして、春輝を真っ直ぐに見つめた。


「伊織ちゃんと、向き合ってあげてください」


 短く、そう言って。


「私に言えるのは、それだけです」


 どうやら、話はそれで終わりらしい。


「……そう、だよなぁ」


 いずれにせよ、伊織と今の気まずいままの関係でいたくはない。


 春輝としては、向き合う前にこの気持ちをどうにかしたかったのだが……薄々、自分だけで悶々と考えたところで答えが出る問題でもない気もしていたのだ。


「ありがとな、貫奈……背中を押してくれて」


 心からの感謝を伝えるため、名前で呼ぶ。


「はい、では貫奈さんのお悩み相談コーナーは終了です! そろそろお昼休みも終わっちゃいますしね!」


 一方の貫奈は、冗談めかしてパンと手を打ち立ち上がった。


「悪いな、いつも付き合わせちゃって」

「いいんですよ……と、言いたいところですが」


 苦笑を浮かべたかと思えば、ニッとそれをイタズラっぽく変化させる貫奈。


「流石の私も、そこまで都合の女でいるというのは少々癪に障ると申しますか……お礼の一つでもいただきたいところなのですが?」

「あぁ、うん、もちろん。俺に出来ることなら何でもするつもりだから、何でも言ってくれ」

「言いましたね?」


 未だ座ったままの春輝を見下ろす貫奈は、どこか肉食獣の気配を漂わせていた。


「なら」


 腰を折り、ゆっくりと春輝へと顔を近づけていく。


こちら・・・を、いただきましょうか」

「っ!?」


 予想外の行動に、春輝が固まる中……二人の唇の距離は縮まっていき。


「……ふっ」


 春輝の唇を、貫奈が笑った際の息が撫でた。


「冗談ですよ」


 そして、貫奈は顔を離す。


初めて・・・は、もっとロマンチックな場で……お待ちしておりますよ?」

「あ、おぅ……おぅ?」


 ウインク一つ、貫奈が踵を返す一方で春輝の間の抜けた声。


「……私も大概、損な性分してるよなぁ」


 苦笑しながらの小さな呟きは、未だ動揺の真っ最中にいる春輝の耳には届かなった。

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