SS63 デート? 開始
伊織の認識としては『デート』、その当日。
「あっ、すみません! お待たせしちゃいましたかっ?」
「いや、俺も今来たところだよ」
駅前に存在する謎のオブジェの前で、伊織は春輝とそんな会話を交わしていた。
「でも、なんでわざわざ別々に家を出で外で待ち合わせたの……?」
やや不思議そうな表情で、春輝が尋ねてくる。
「それは……」
理由は、その方が『デートっぽいから』である。
というか他ならぬ春輝自身が白亜との『大人のデート』の際に同じ理由で同じ案を採用したにも拘らずこの質問が出てくる辺り、実に春輝である。
(やっぱり春輝さん、今日のことデートだって認識じゃないのかな……?)
妹たちの言葉が脳裏に蘇ってきて、少し不安な気持ちになってきた。
(だ、だったら、私が意識させちゃうんだから……!)
春輝から見えない位置で、密かにグッと拳を握る。
「その方が、デ……」
いざ決意はしたものの、自ら『デート』という口にするのは妙に気恥ずかった。
(でもこれ……春輝さんが全くデートだって意識してないとしたら、急に私が「その方がデートっぽいから」とか言い出したらなんか変な感じにならない……?)
同時に、そんな心配も頭に浮かんでくる。
結果。
「で……で、で、出会い系サイトで出会った二人っぽいかな、と思いまして!」
「何を意図して!?」
結局、ヘタレた。
そして、ヘタレた方がだいぶ変な感じになった。
「出会い系……?」
「年の差……」
「パパ……」
「援助……」
周りから、そんな声が漏れ聞こえてくる。
「ちょっ……い、行こうか伊織ちゃん!」
「は、はいっ……!」
気まずげな春輝と、真っ赤になった伊織が伴って歩き出す。
照れと反省で目がグルグルモードになっていた伊織は、しばらく気付かなかった。
「……あっ」
春輝が、自分の手を引いてくれているということに。
春輝としては、単純にあの場から早く離れたいという思いから無意識に取った行動なのだろう。
実際、手を繋いでいるということに対する照れも見られない……というか、春輝自身はまだ自分の行動に気付いていないのかもしれない。
それでも。
(やっぱり今日は……デート、だよ)
暖かさが広がる胸を、そっと手で押さえる伊織だった。
◆ ◆ ◆
そのまましばらく、少し足早に歩いて。
「……ん?」
少し前を歩いていた春輝が、ふと疑問顔で足を止めた。
そして、振り返り……伊織と、繋がった手を見る。
「おわっ!? ご、ごめん! つい……!」
やはり無意識だったようで、今更ながらに気付いたらしい春輝が慌てて手を離した。
「これ、完全にセクハラ案件だよな……!」
「いえ、だ、大丈夫です! その、えと、私、全然、その、あれなので!」
グルグルと目が回り始めた伊織は、頭を抱える春輝へとどう伝えればいいかを必死に考える。
(嬉しかったとか言っちゃったら、
そして。
「セクシュアルやつではなかったので、セクハラには該当しません! 性的ではないのでセーフです! 私は、性的ではありません!」
「その発言は結構アウトっぽくない!?」
大声で性的性的と叫ぶ伊織に、再び注目が集まる。
「どういう状況なんだ……?」
「そういうプレイか……?」
「レベル高ぇな……どんな性癖なんだよ……」
周囲から、今度はそんな声が。
「も、もうちょっと移動しようか伊織ちゃん!」
「そ、そうですね!」
またも、足早にその場を立ち去る二人。
当然といえば当然なのだろうが、今度は春輝が伊織の手を取ることはなかった。
(全然……あのままで、いいのにな……)
伊織としては、シュンと残念な気持ちとなる。
(って、こういう時にちゃんと伝えないからいけないんだよね……!)
同時に、自省した。
例えば露華であれば、からかい混じりで逆に腕を絡めるくらいはしそうだ。
白亜も、なんだかんだでもう一度手を繋ぎ直しそう。
そんな妹たちの姿を思い描き、勇気を奮い立たせる。
「あの……!」
「今日って、水族館だよね? 直行でいいのかな?」
けれどタイミングが悪かったようで、振り返ってきた春輝の質問と被ってしまった。
「あっ、ごめん。なんか言おうとしてた?」
こうなってくると、せっかくの勇気も萎んできて。
「いえ、その……水族館直行で大丈夫ですと、ちょうどお伝えしようとしてたところでした……」
「うん、了解」
今度もヘタレる伊織だった。
(うぅ、私の意気地なし……)
全然成長出来ていない自分に、誰より自分自身がガッカリしている。
「にしても、確かに一人で水族館ってのはなかなか行きづらいもんね」
「はい……そうですね……」
「かといってあんまり人数が増えてもペースがバラバラだと動きづらいし……二人くらいがベストなのかもしれないね」
「かもですね……」
春輝の発言の端々からも、これを『デート』だと認識していない旨が感じられた。
ここに来て、朝は満タンだった伊織の勇気ゲージは限りなくゼロに近くなる。
「伊織ちゃんってさ……好きなの?」
「はい……好きです……」
意気消沈の伊織は、相槌も半ば無意識で行っていたのだが。
(……ん?)
ふと、今の自分の発言を振り返り……気付く。
(あれ……? 今、私……
春輝に、ハッキリ「好き」だと伝えてしまったという事実に。
「あっ、違、いえ、違うわけじゃないんですけど、違くてですね!」
「……?」
慌ててワタワタと手を動かす伊織に、春輝は疑問顔である。
「水族館が好き、という意味ですので!」
いずれ告白するにせよ、こんなぼんやりとした告白は避けたい。
その一心で、伊織としてはどうにか言い訳を取り繕ったつもりだったのだが。
「うん……? うん、そうなんだね」
春輝は、「何を言っているんだろう……?」とでも思っていそうな顔だ。
その反応に、伊織も遅れて理解した。
(あっあっ、これたぶん、最初から『水族館のことを』好きか、って聞かれてた!? それなのに私、わざわざ否定した上にもっかい肯定して……絶対変に思われたよね……!?)
考えてみれば、当然のことである。
急に「俺のこと好きなの?」などと尋ねる俺様キャラのような質問を、春輝が口にするわけがないのだから。
(なんか、私……今日、空回りしちゃってる……!?)
事ここに至り、ようやくそう自認する伊織だったが。
付け加えるならば、今日『も』という一字であろう。
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