SS62 真のライバルたれ

 ──なに、舐めプかましてくれちゃってんの?

 ──ドベの自覚、ある?


 妹たちからの、そんな言葉を受けて。


「えっ? えっ……? そ、それって、どういう意味……?」


 何を言われているのかよく理解出来ず、伊織は疑問符を浮かべる。


「はぁっ……ここまで言ってわかんないとは」

「我が姉ながら、嘆かわしい。脳に必要な栄養まで胸に行ってしまっている疑惑?」

「そんなだから、お姉はゲスト扱いなんだよ」

「わたしたちの域に、遠く及んでいない」


 二人揃って、やれやれと肩をすくめる露華と白亜。


「えっと……よくわからないけど、私ここは怒っていい場面なのかな?」

「いいわけあるかぁ!」

「今は、わたしたちのお説教タイム!」

「ひえっ!? す、すみません……!?」


 その剣幕に思わず謝りはしたものの、釈然としない気持ちを抱く伊織である。


「オーケーオーケー、それじゃ改めて説明して差し上げよう」

「ニュービーなイオ姉にも理解出来るよう、懇切丁寧に」


 先程春輝の心情を語った時のように、二人はどこか芝居がかった仕草で向かい合った。


「出し抜きました?」

「ごめんなさい?」


 先の、伊織の懺悔を口にして。


「は~? 私が本気出したら~、速攻で勝っちゃいますんで~、サーセン~ってか~?」

「あまりに……傲慢。馬鹿にしてる?」


 露華がヘラッと軽薄に笑い、白亜が視線を鋭くする。


「そ、そんなつもりは……」

『ある』


 慌てて否定しようとワタワタと手を振る伊織は、一言で切って捨てられた。


「まー、確かに今の物言いは悪意があったからね。言い換えよう」

「イオ姉……そんなこと気にしてる・・・・・・・・・・場合なの・・・・?」


 少々冗談めかした調子ではあるものの、妹たちの言葉には本気が感じられる。


「ウチらのことに気ぃ回してる暇なんてあったらさ、春輝くんにアプローチの一つでもしなよ」

「わたしたちに気を使う必要なんてない……というか」


 目を細めた白亜の視線が、鋭く伊織を射貫いた。


「恋愛面でまで姉面されるのは、正直……ちょっと、ムカつく」

「っ……!」


 思ってもみなかったことを言われて、伊織の心臓がドキリと跳ねる。


「ハル兄の件について、わたしたちは完全に対等な立場なのに。というか、さっきも言った通り現状イオ姉はドベ。最下位。周回遅れまであるのに、なぜ上から目線で気なんて使ってきているのか。もっと必死さを見せるべき。今のままじゃ、ライバルにすら値しない」

「ヒュゥ! ほっぺにチューした程度でめっちゃ上から言うじゃん!」

「ほっぺにチューすらしたことない相手なんだから当然」


 否……それは本当に、思ってもみなかった・・・・・・・・・ことなのだろうか?


「誰が勝っても恨みっこなし……とは言えないけどさ」

「正直、負けたらしばらくその相手を恨む自信はある」


 心のどこかでは、考えていなかっただろうか?


 お姉ちゃんだから、気を遣ってあげないと・・・・・・・・・・


 お姉ちゃんだから、遠慮してあげないと・・・・・・・・・


 お姉ちゃんだから、譲ってあげないと・・・・・・・・


 そんな風に、少しも考えていなかったと言えるだろうか?


「それでも……お姉が、ウチらに気ぃ使った結果勝手に自滅とかってことになったらさ」

「勝っても、素直に喜べない」


 それは……確かに、傲慢と呼ぶべきものだったのかもしれない。


「この件に限っては、ウチらのことを『妹』だなんて思わなくていい」

「思わないで。思うな」


 そして、他ならぬ妹たちにはそれを見抜かれていたのだ。

 急に自分のことが恥ずかしい子に思えてきて、伊織の頬がカーッと赤くなる。


「ご、ごめ……」


 反射的に謝ろうとする伊織だったが、妹二人が手の平を突き出して制止した。


「はーん? この期に及んで、まーだ『ごめん』ですかー?」

「言うべき言葉は別にある……はず」


 心の中まで覗き込むように、二人がジッと見つめてくる。


「……うん、そうだね」


 二対の瞳に映っていた、オドオドとした情けない女が。


 一つ、大きく深呼吸して。


「ありがとう」


 少しだけ、マシな表情になれた気がした。


「確かに、失礼だったよね」


 小さく頷くと、これまで心を覆っていた靄のようなものが晴れていく気分になる。


「露華と白亜は……私の、ライバルなんだもんね」


 ようやく、本当の意味で前を向けたような気がした。


「これからは、遠慮も気遣いも無しで……私が、二人をぶっちぎって勝っちゃうんだからっ」

「や、それは普通に無理」

「イオ姉は自分のフラグの立ってなさを自覚すべき」

「えぇっ!?」


 素の表情で否定されて、ちょっと涙目となる伊織だった。



   ◆   ◆   ◆



「そんじゃ、今度こそ話はもう終わりでいいよね?」

「小桜姉妹緊急特別会議、解散」


 言いたいことは全部言い終えたとばかりに、露華と白亜が立ち上がる。


「うん……二人共、本当にありがとねっ」

「もういいっての」

「過剰なお礼も、禁止」


 肩をすくめる露華と、口の前にて指でバッテンを作る白亜。


 二人、揃って部屋を出て……パタンと、後ろ手で静かに扉を閉めた。

 そのまま、特に示し合わせたわけでもないのにこれまた二人揃って露華の部屋へと場所を移す。


 そして、無言のまま向かい合う形で腰を下ろした。


『………………』


 沈黙を保った姉妹は、互いに目で意思を交わす。


 そのまま、見つめ合うこと数秒。


「カーッ! やっちまったなー!」

「後悔はない……けど勝負だけを考えれば、大悪手なのは事実……!」


 どこか張り詰めていた空気を一気に弛緩させると共に、これまた揃って頭を抱えた。


「いーや、これでお姉もガチで本格参戦かー!」

「正直に言えば、桃井さんと並んでド本命と言わざるをえない……!」


 姉への『助言』……あるいは、『挑発』。


 それが眠れる獅子を目覚めさせる行為であることなど、最初からわかっていた。


 それでも。


「まっ……お姉には、感謝してるからね」

「こんなので、今までの恩を返せただなんて思わないけど」


 露華と白亜の表情は、清々しいものでもあった。


「お姉は、いつだってウチらの『お姉』でいてくれる……それがお姉で、ウチらの自慢の姉」

「でも、これ・・だけはそうじゃなくていい……そうであっては駄目」


 実のところ、いつ伝えるかだけの話だったのである。

 そうでないと、真面目で責任感の強い姉はいつまでも『姉』でいてしまうから。


「実際、ね……」

「ん……」


 露華と白亜、弱々しい笑みを浮かべ合った。


「お姉になら、負けてもいいって……」

「そう……イオ姉が勝者なら、仕方ないって」


 どこか諦めの雰囲気すら漂わせ、俯いていく。


 かと思えば全く同時、弾かれたように勢いよく上げられた二人の顔には。


「思うわけぇ!」

「ないけど」


 自信満々の笑みが携えられていた。


「ってかぁ! どーせ、お姉が本気になったところでぇ!」

「空回りするだけ。目に見えてる」

「はっはー! お姉など、所詮は一年のアドがあって何の進展もなかった程度の女よ!」

「ロカ姉、やめてあげて……その言葉は、誰よりも桃井さんにぶっ刺さる」


 悪役面で笑う露華と、痛ましげな表情で首を横に振る白亜。


「お姉の本格参戦? 強力なライバルの登場? はんっ、上等よ」

「不戦勝だなんてことになったら消化不良……強敵には、正面から勝ってこそ意味がある」


 二人の中には、弱気の虫などただの一匹も住んではいないのだった。

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