SS(第4章)
SS59 カレへの想いと
とある休み時間。
「そういえば、いおりんの彼氏さんって何系に務めてる人なの?」
「えっ……?」
友人たちと雑談としていた中でふとした調子で尋ねられ、伊織はパチクリと目を瞬かせる。
「私、彼氏なんていないよ……?」
そう返すと、今度は質問者の方が目をパチクリ。
「あっ、別れたんだ……ごめんね? 無神経だった」
そして、何かを察した様子で申し訳無さそうに両手を合わせた。
「や、別れたも何も……私、彼氏いたことないんだけど……」
『えぇっ!?』
真実を告げると、周囲のが一斉に驚きの声を上げる。
「うっそ、今まで一回も!?」
「う、うん……」
「信じられない! 世の男たちは何をしているのか!」
「そんな、大げさな……」
「大げさなものですか! こーんな超優良物件をフリーにしとくだなんてさー!」
女子の一人が、そう言いながらギュッと抱きついてきた。
「あれ……? でもさ」
と、疑問を顔に宿すのは最初に質問をしてきた女子。
「私、前にいおりんとスーツ姿の男の人が並んで歩いてるとこ見たことあるよ? それで、彼氏さんだと思ったんだけど」
「あっ、それは……」
一瞬、なんと答えたものか考えて。
「私がバイトしている会社の社員さんだよ。帰る方向が同じだから、時々一緒になるの」
事実として、一番無難な回答を返した。
「ふーん?」
だが、質問者はニマニマと笑う。
「でもぉ、いおりん……オ・ン・ナ、の顔になってたように見えたけどぉ?」
「へぅっ!?」
思わぬ言葉に、伊織は奇声を上げた。
「そ、そんなことは……」
ない、と。
以前までなら、本人不在の場所でもそう答えていたことだろう。
けれど。
「……ある、かもだけど」
前に進むと決めた今、自分の気持ちは偽らないことにする。
ただし恥ずかしくて、真っ赤になりながら俯いての小声となったが。
『ヒュゥ!』
女子一同から、黄色い歓声が上がった。
「いおりん、恋するオトメー!」
「てか、小桜さんが迫れば一発っしょ!」
「そうだそうだ、こんな武器ぶらさげといて片思いとは何事かー!」
「わひゃっ!?」
後ろから胸を揉みしだかれ、思わず悲鳴が漏れる。
「そんで……伊織ちゃん程の人を魅了したっていうのはどんなお方なの? よっぽど素敵な人なんでしょー?」
「う、うん……!」
照れながらも、伊織はコクコクと何度も頷いた。
「あのね、凄く凄く優しくてね、格好良くて、頼りがいがあって、力強くて、包容力もあって、みんなからとっても信頼されてて、困ってたらすぐ助けてくれて、それでそれで……!」
『うんうん……!』
早口に次々と『カレ』の好きなところを挙げていく伊織に、女子一同から生暖かい視線が注がれるのであった。
◆ ◆ ◆
同じ頃、一つ下の学年の教室では。
「露華の今のカレって、どんな感じの人なん?」
長女へのものと似たような質問が、次女にも向けられていた。
「今はも何も、カレシがいたことなんてないっての。こちとら、カレシいない歴イコール年齢よ」
へっ、と露華はわざとらしくやさぐれた態度を取って見せる。
「はえー、意外……でもないか」
「小桜さん、遊んでそうに見えて凄い身持ちしっかりしてるもんねー」
「むしろ、生半可な男にゃ露華はやらん!」
「あっはー。ウチの彼氏、許可制なの?」
友人たちの理解度が高く、露華は嬉しく思いつつも密かに少し照れていた。
「とはいえ、なんで彼氏作んないのー?」
「小桜さんなら、選び放題だよね」
「告白なんて、山程されてきたっしょ?」
「んあー……」
改めて、なぜだろうと自問して。
「ピンと来なかったから、かな。今までの、全員」
曖昧な言葉ではあるが、結局ところそういうことなのだろうと思う。
「カーッ! モテ女は言うことが違いますわー! カーッ!」
「なんか、強者の余裕って感じがするよね」
「言ってみたいもんだねぇ!」
なんて、ふざけ合う女子陣。
「そんな良いもんじゃないっての。単にウチが子供で、今まで恋ってもん自体にピンときてなかっただけなんだから」
「ふっ……大人びた女性こそ謙遜なさるという典型例ですなー」
「や、ホントホント。ウチなんて、全然子供だから」
最近、特にそう思う。
「んんっ……!? わたくし、閃きましたぞぅ……!?」
そんな中、一人の女子が何かに気付いた表情となった。
「さては小桜さん……最近、オトナの男性に子供扱いされているのではござらんかぁ?」
「ふふっ、当たり」
「ややっ、まさかマジで当たるとは……!」
露華の答えに、当の本人が驚いている様子である。
「そしてさっきの言葉、『今まで』は『ピンときてなかった』ってことを踏まえるとぉ……?」
「……ん」
今度は流石に恥ずかしくて、露華は一旦机に突っ伏した。
それから、彼女たちの方に少しだけ顔を向けて。
「……その人に、片思い中」
『はぐっ!?』
はにかみながら答えると、女性陣が一斉に心臓を抑えて呻いた。
「なんだ、胸に湧き上がるこの感情は……!?」
「理屈じゃねぇ……心が理解していく……!」
「これが……これが、ギャップ萌え……!?」
どうやら、普段の露華とのギャップにやられているらしい。
「てか、百戦錬磨の露華を以てしても落とせないとかどんな人よー?」
「こちとらピカピカの新兵だって言ってんでしょーが」
露華は苦笑気味に返す。
「まーでもそうねー、どんな人かっていうとー。うーん……正直、ちょーっと優柔不断気味なとこがあるのは否定出来ないよねー。あと、何かあるとすぐに動揺しちゃう。ま、そこがからかい甲斐あって可愛くもあるんだけど。とはいえ、あの鈍感さは如何ともしがたいところがあるよねー」
でも……と、露華は続けた。
「めっちゃ優しくて……いつだってウチを救ってくれる人、だよ」
『はぐっ!?』
『カレ』のことを想いながら本心からの言葉を口にすると、再び一同一斉に心臓を抑えて呻くのだった。
◆ ◆ ◆
一方更にもう一つ下の学年、少し離れた中学校の教室にて。
「ねーねー白亜ちゃん白亜ちゃんっ! 白亜ちゃんて彼氏いたりするのっ?」
「ヒュゥ、ストレートな質問キタコレですねぇ!」
「私調べによると、クラスの男子の九割が気になってる
三女にもやはり似たような質問が投げかけられているのは、姉妹ゆえの運命めいたものなのだろうか。
「いない」
白亜は、簡潔に答える。
この態度が冷たく接していると誤解されることもあるが、今回の相手は気心の知れた友人たちなので問題ない。
「そっかー、やっぱりいないのかー」
「……やっぱり、とはどういう意味か」
少しだけ引っかかって、発言者にジト目を向けた。
「いやいやほら、アレだよ。やっぱ、クラスの男子とかじゃ白亜ちゃんとは釣り合わないよなーってね」
「そうそう、同学年の男子なんて子供っぽいもんねー」
「白亜ちゃんには、もっとオトナノダンセーってのがお似合いだよっ」
どこか焦り混じりに、周囲の女性陣は早口で次々とそんなことを述べる。
「……なるほど、そういうことなら納得」
むふー、と白亜はご満悦の表情となった。
しかし。
「うんうん、そうだよねー」
「白亜ちゃんはいつまでも白亜ちゃんのままでいてほしいなー」
「はーっ、癒やされる」
「ほら、飴ちゃん食べな」
今度は、四方八方から撫でられたり抱きつかれたり口に飴玉を突っ込まれたりして。
「……むぅ」
たちまち、むくれ顔となった。
『おっ、来るか……!?』
どこか期待の目で身構える友人たち。
今まであれば、「子供扱いしないっ!」とガーッと吠えていた場面である。
だが、しかし。
「……否。愛でたければ好きなだけ愛でるが良い」
白亜は、アルカイックスマイルで両手を広げ全てを受け入れる姿勢を取った。
「な、なんだってー!?」
「白亜ちゃん、何か悪いものでも食べたの!?」
「あっあっ、もしかして本格的に拗ねちゃった!? ごめんね、そんなに嫌だったなら謝るしもうしないから!」
たちまち色めき立ち、混乱する乙女たち。
「わたしが子供っぽいのは事実。否定するだけ無駄。全ては、受け入れることから始まる」
「お、おぅ……あの白亜ちゃんがなんと大人びたことを……」
「白亜ちゃん、成長したんだね……」
「少し寂しくもあるけど、『白亜ちゃんを愛で隊』も大人に近づいた白亜ちゃんを祝福するよ……!」
白亜の説明に、なぜか感動の表情の一同からパチパチと拍手が送られた。
「でも、なんで急にそんなこと言うようになったの?」
「それは……」
ふと我に返った一人から尋ねられ、白亜は視線を左右に一度ずつ彷徨わせて。
「恋は、少女を大人にする」
『おぉっ!』
なんとなくそれっぽいことを言うと、再び謎の拍手が送られた。
「てか、結局彼氏いるんじゃーん!」
「彼氏じゃない……片思いだから」
『えぇっ!?』
今度は、驚きの声が重なる。
「なんだかんだ超絶美少女な白亜ちゃんに好かれて落ちない人とか……どんな人なのっ?」
「どんな……?」
言われて、白亜は『カレ』の顔を思い浮かべ……。
「正直、ダメダメ。女心が全くわかってないし、超絶鈍感でこっちの気持ちに少しも気付かない。わたしを子供扱いしてくるし……それはまぁ、もういいんだけど。でも、頭を撫でとけば機嫌が治ると思ってる節があるし、そもそも普段からわたしの扱いがなんだかぞんざいだし、気の使い方がちょいちょい明後日の方向だし」
「お、おぅ……めっちゃダメ出しするじゃん……」
「白亜ちゃん、その人のことホントに好き……?」
「怒りの感情を恋と勘違いしてない……?」
次々不満を漏らす白亜に、一同半笑い。
「……だけど」
一方の白亜は、はにかんで。
「とっても優しくて……いざという時は、誰より頼りになる人」
『ヒュゥ! 結局のところベタ惚れぇ!』
そう口にすると、鼻血が出ることを懸念してか各自片手で鼻を押さえてもう片方の手で親指を立てる『白亜ちゃんを愛で隊』の面々なのだった。
◆ ◆ ◆
これはとある男を巡る、三姉妹と一人の女性との恋物語である──
「桃井ぃ! ベンダー到着まだなのか!?」
「先輩、たった今連絡がありましたが渋滞に巻き込まれて到着時間不明だそうです!」
「マジかよクソがぁ! そんじゃあ俺はその旨お客さんに説明してくるわ!」
「ちょっ、陣頭指揮取ってる先輩が離れてどうするんですか!」
「止めるな桃井、こんな地獄にもう一秒だっていられるか!」
「お客さんとっくにブチ切れてるんで、顧客報告だって地獄ですよ! 現実逃避で地獄から地獄へ渡り歩こうとしないでください!」
「それでも、ぶっ通し二十六時間目の現場よりはお客さんにド叱られる方がまだ休憩になるだろうがよ!」
「それは否定しませんが!」
「お前ら二人、イチャついてねぇで手ぇ動かせ!」
『手も動かしてます!』
「流石だねぇ人見くぅん、桃井くぅん。それじゃ、お客さんのところには責任者である私が説明に行ってくるねぇ」
『あっ!? 逃げやがったな課長!』
──たぶん
―――――――――――――――――――――
今回より、SSという名の本編再開です。
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