SS58 貫奈と伊織のパンツとおパンツ
伊織が商店街の福引きでちょうど四人分の無料チケットを引き当てたために、揃って映画館へと出掛けることになったこの休日。
今回観る映画は、四人で話し合った末に『キスから始める魔法少女』の劇場版に決定していた。
かなり春輝と白亜の好みに寄っているように思えたが、露華もテレビ放映版は視聴済みであり、伊織もこの日のために『予習』してくれたようだ。
それでも、二人にとっては退屈なのではないかと心配していた春輝だったが。
「いやー、作画ヌルヌルだったね! 笑えるくらい動いてたじゃん!」
「ストーリーも良かったね……! 私、最後の方ちょっと泣いちゃった……!」
映画を観終わった直後から熱く語り合っている伊織と露華の姿を見るに、どうやら杞憂だったようだ。
「流石、あの制作会社だからこのくらいはやってくれると思ってた」
「ド安定のクオリティだよね」
むしろ、白亜と春輝の方が落ち着いているくらいである。
「わたし、パンフを見てくる」
「あっ、ウチも行く行くぅ!」
売り場の方へと足を向ける白亜に、露華も軽い足取りで続いた。
「俺はちょっとトイレに……って、あれ?」
ハンカチを取り出すためポケットに手を入れたところ、そこに何も入っていないことに気付く。
「ハンカチ持ってくるの忘れちゃったか……」
「それなら、私のを使ってください」
「んっ、悪いね。それじゃ、借りるよ」
「はい、どうぞ」
差し出した春輝の手に、伊織がポーチから取り出した布を載せる。
それと、ほぼ同時のことであった。
「あれ……? 先輩と、小桜さん……?」
『っ!?』
傍らからの声に、二人してギクリと顔が強ばる。
「桃井……!?」
「桃井さん……!?」
シンクロした動きで横を見ると、果たしてそこにいたのは桃井貫奈その人であった。
彼女の顔は最初驚きで彩られていたが、徐々にその目が胡乱げな光を帯びていく。
「お二人で、一緒に映画ですか?」
「その、たまたまそこで一緒になってな?」
「へぇ、たまたま……?」
貫奈の視線が、二人の手の方へと注がれるのがわかった。
受け渡しの真っ最中だったこともあり、見ようによっては手を繋いでいるように認識されてはおかしくもない。
「いや、これは別に……」
「違うんです!」
慌てて手を引っ込める伊織だが、グルグルと回り始めているその目に嫌な予感がした。
「これは決して、手を繋いでいるとかそういうことではなくて! とても事務的な、そういうアレなんです! 愛情的な要素は全くありませんので!」
一〇〇%真実しか言っていないはずなのに、胡散臭さ一〇〇%にしか聞こえないのはなぜなのだろうか。
「ははっ……伊織ちゃ……小桜さん、とりあえずちょっと落ち着こうか……?」
噴き出してきた汗をハンカチで拭いながら、伊織に声をかける。
「ん……?」
そんな春輝の手元を見て、貫奈が訝しげに眉根を寄せた。
「ちょっ……!? 先輩、それ何を持ってるんですか!?」
そして、なぜか驚きと戸惑いが入り混じった表情で指差してくる。
「は……? 何って、ハンカチ……」
春輝も、疑問と共に自分が手にした物体を見て。
「って、何じゃこらぁ!?」
思わず目を剥いた。
想定していた、四角い感じの布ではなかった。
どちらかといえば三角形だった。
気が動転していて気付かなかったが、思えば触感もハンカチとはだいぶ異なっていた。
一言で表せば、それは……パンツ、であった。
それも、女性用の。
「……あっ!」
伊織が何かに気付いた表情を浮かべた時点で、春輝もピンと来た。
家を出る直前に天気が崩れ始めてきたので、慌ただしく洗濯物を取り込んでいたのだ。
恐らくその時に、伊織の荷物に紛れ込んでしまったのだろう。
とはいえ、同居を隠している都合上それをそのまま説明するわけにもいくまい……と、春輝がどう言い繕うか悩んでいる間に。
「違うんです!」
伊織が先程と同じ叫びを発する。
加速する目のグルグル具合には、もちろん嫌な予感しかしなかった。
「それは、私のおパンツですので!」
「小桜さんのなの!?」
なお、ここに来て貫奈のテンパり具合も伊織と同程度まで加速したように見える。
「ですから、どこの誰のものとも知れぬおパンツとかではないのでご安心ください!」
「むしろ安心出来る要素が減った気すらするんだけれど!?」
「あっ、大丈夫です! 無理矢理奪われたおパンツとかではなく、私からお渡ししたおパンツですので!」
「だからそこが問題なんじゃない!?」
「合法です! 合法おパンツです!」
「そういう話はしてな、ていうかさっきからずっと気になってたんだけどなぜパンツのことをおパンツって呼ぶの!? パンツに敬意を表しているの!?」
「いえ、決してそんなことは! 桃井さんへの敬意が表れてのおパンツです!」
「私への敬意がおパンツで表されるような物言いはやめていただける!?」
二人共が混乱の局地にあることは手に取るようにわかったが、春輝もこの状況を打開する案を思い付けず。
パンツおパンツと連呼する女性たちへと周囲の注目が集まる中、只々貝のように口を閉ざして存在感を消すことしか出来なかった。
◆ ◆ ◆
なお、そんな三人から少し離れたところでは。
「……イオ姉たち、何をやっているのか」
「うん、まぁ、マジで何やってんだろうね……」
「正直身内と思われたくないから、この場で他人のフリをすることを提案したい」
「大変建設的な意見だと思います、採用っ」
半笑いで他人のフリを決め込む、白亜と露華の姿があった。
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2巻の店舗特典SS公開、第4弾。
今回は、メロンブックス様特典です。
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