SS57 伊織と誰かのSNS

「あっ……いつの間にか、藤の花が咲いてますね」


 二人で買い物に出かけた道中、ふと伊織が傍らの公園に目を向けそう言った。


「あぁ、ホントだね」


 春輝もそちらを見て、初めてその事実に気付く。

 ゆったりとこうして花を眺めることなど、いつ以来のことだろうか。


「ちょっと失礼して……」


 伊織がスマートフォンを取り出し、藤棚の方へと向ける。

 パシャリ、とシャッター音が鳴った。


「そういや、最近写真を撮ることが多くなったね? ハマってるの?」

「ハマっているというか……友達に勧められて、実はちょっと前からSNSを始めたんですよ。なので、それに投稿するためのを撮ってる感じですね」

「へぇ、そうなんだ?」


 どのような投稿をしているのか、気にならないと言えば嘘になるが……詮索するのもマナーがよろしくないかと思い、口に出すのは控える。


「私のアカウント、見てみますか?」


 しかし、伊織にそんな心境を読まれたようだ。


「……じゃあ、ちょっとだけ見せてもらっていいかな?」

「別に、大した投稿とか全然ありませんけど……」


 スマートフォンを操作しながら、伊織は少し照れくさそうに笑う。


「こちらです」


 そして、画面を春輝に見せてくれた。

 どうやら、『iorin』なるアカウントのタイムラインが表示されているようだ。


 投稿内容は確かに『何気ない日常』といった感じで、写真付きのものが多かった。

 猫を抱っこしている写真であったり、通学路の風景であったり、料理や手作りのお菓子を写していたり。


 桜の写真に『私の名字にも入ってる、大好きなお花です!』と書き添えられているものもあった。


(ちょいちょい個人情報が漏れ出てる気もするけど……まぁ、この程度なら大丈夫か)


 実は彼女のうっかりが発動していないか少し心配していたので、密かに胸を撫で下ろす。


「伊織ちゃん、わかってるとは思うけど個人が特定されるような情報は書かないようにね?」


 とはいえこのご時世、物騒なことも多いので念のためそう注意しておいた。


「はい、大丈夫です。私、女性だってことも書いてませんので」


 一応、伊織もそういった危険があることを知ってはいるようだが。


(いや、流石に女の子ってことはモロバレだろ……)


 逆にちょっと心配になってくる春輝であった。


 本人にその自覚はないのだろうが基本的に女子力に溢れる投稿が多く、顔こそ入っていないものの彼女自身が写り込んでいる写真も多いのだ。


 ちなみに、ちょいちょい春輝が写り込んでいる写真もあった。

 これも顔は写っていないが、一緒にいる様がネットで公開されているという事実に若干冷や汗が流れないでもない。


(……ん?)


 そんなタイムラインを眺めているうちに、ふと妙に気になるアカウントを見つけて春輝は画面を凝視した。


(この、プロフィール画像にメガネだけ写してる人……なんか、メガネに見覚えがあるような……? アカウント名は……『annak』。逆から読むと……いや、まさかな……?)


 ぎこちない笑みが浮かぶ頬に、つつっと汗が流れる。

 どうやらannakさんは伊織と相互フォローの関係にあるらしく、いくつかリプライのやり取りも見受けられた。


『おうちの人からようやく、帰るって連絡が。こんなに遅くまで……やっぱり、システムエンジニアって大変なお仕事なんだなぁ……』

『奇遇ですね、私もちょうど今残業が終わったところです(苦笑)。この業界、狭いようで広いので、案外おうちの方と同じ職場かもしれませんね(笑)』


 とか。


『annakさんがアップされる服、いつも大人っぽくて格好いいですね! 私の職場にも格好いい女の人がいて、センスが似てるかもです!』

『ありがとうござます(笑)。この間、iorinさんが上げていた服も素敵でしたよ。なんだか、私の好きな人と好みが合いそう(笑)』


 とか。


『今日はたまたま母校の近くに来たので、パシャリ(笑)』

『その高校、ウチから結構近いです! annakさん、同じ県内出身だったんですね!』


 とか。


 ちなみに、annakさんがアップした『母校』は春輝の出身校でもあった。

 杞憂だと笑い飛ばすには少々偶然が重なりすぎている気がして、春輝の頬がヒクつく。


「伊織ちゃん」


 春輝は、マジな顔を形作って伊織の両肩に手を置いた。


「は、はひっ!?」


 顔を赤くした伊織から、やや裏返った声が返ってくる。


「このアカウントが伊織ちゃんのだって、絶対バレないようにね……!」

「は、はい、それはさっきも聞きましたけど……」

「特にこのannakさんって人にだけは、マジでバレないように……!」

「な、なぜそんなピンポイントで……?」


 なんてやり取りを交わす傍ら、パシャリとシャッター音が鳴った。


『ん……?』


 二人同時にそちらを見ると、伊織のスマートフォンの画面に二人の顔を捉えた写真が。


「あ、すみません。なんか変なとこ押しちゃったみたいで……」

「いや、それは構わないけど……」

「って、あれ……?」

「ん? どうかした?」

「なんか、今の写真が投稿されてるような……」

「ちょぉぉぉぉぉぉぉぉい!? それはマズいって! 早く消して消して!」

「は、ははははいっ! あ、あれっ、えっと、どこで消せばいいんだろ……!?」


 なんてあたふたする二人は傍から見ればイチャイチャしているカップルそのもので、周囲からは生暖かい目を向けられているのだが。

 投稿がちゃんと消えたことを確認出来るまでの数分間は、春輝としては生きた心地がしない時間であった。







―――――――――――――――――――――

2巻の店舗特典SS公開、第3弾。

今回は、とらのあな様特典です。

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