SS56 白亜のファースト……
とある休日。
「本っ当に、すみませんっ!」
「いいっていいって。こっちのことは気にしないで、早く行ってあげな」
とても申し訳なさそうな顔で何度も頭を下げてくる伊織に対して、春輝は笑って手を振っていた。
伊織のバイト先である喫茶店のマスターから先程電話があり、なぜか朝から空前絶後の大繁盛で人手が足りないために急遽ヘルプに入ってほしいと言われたらしい。
伊織が謝っているのは、そのせいで昼食の準備をすることが出来なくなるからだった。
「お昼は、適当に済ませるからさ」
「ありがとうございます……! それじゃ、行ってきますので……!」
「うん、気をつけてね」
「いってらっしゃい、イオ姉」
そのまま慌ただしく出ていく伊織を、白亜と共に見送った。
ちなみに、露華も今日は一日バイトということで伊織に先んじて出かけている。
「白亜ちゃんは、今日何か予定ある?」
「特に、何も」
白亜に問いかけると、彼女は小さく首を横に振った。
「オーケー、そんじゃさ」
春輝は、ニッと笑って見せる。
「今日は、外食しちゃおっか」
「うん、賛成」
どこかワクワクした様子を滲ませ、白亜も頷いた。
◆ ◆ ◆
こうして、街に繰り出した春輝と白亜。
「どっか行きたい店とか、食べたいものとかある? 白亜ちゃんが決めていいよ」
「いいの……?」
「あぁ、俺は好き嫌いほとんどないし」
見上げてくる白亜に対して、微笑んで頷く。
「それじゃ……」
と、白亜はキョロキョロと周囲を見回し。
「あっ……」
しばらく歩いた後に、その目が一点に留まる。
「わたし、あそこがいい」
そう言って彼女が指差す先にあるのは、大手ファーストフードチェーンの看板であった。
「別に遠慮しなくても、もっと高いとこでもいいんだよ?」
春輝に気を使っているのかと思って尋ねるも、白亜は首を横に振る。
「そういうわけじゃなくて……単純に、行ったことがなくて興味があるから」
「そうなの?」
少し意外には感じたが、思えば春輝がよくファーストフード店を利用するようになったのも高校以降だったような気もしてきた。
中三という年頃を考えると、さほど珍しいことでもないのかもしれない。
「わかった、それじゃあそこにしよっか」
「ん、ありがとうハル兄」
二人、件のファーストフード店への方へと足を向けた。
◆ ◆ ◆
注文を終え、トレイを手にしてテーブル席につく。
『いただきます』
いつもの習慣ということもあり、揃って手を合わせた。
それから包装を解いていき、まず白亜が一口ハンバーガーに齧り付く。
「もむ……なるほど、これがハンバーガー……」
咀嚼しながら、何やら神妙な顔付きとなる白亜。
「どう? 美味しい?」
尋ねると、コクリと頷いた。
「今までに味わったことないジャンクさ、っていう感じ」
「ははっ、なるほど」
笑って相槌を打ちながら、春輝は何とは無しに白亜の食べる姿を観察する。
小さな口をモグモグと小刻みに動かす姿は、やはり小動物を彷彿とさせるものであった。
「……? わたしの顔に、何か付いてる……?」
不思議そうに首を捻って紙ナプキンで口元を拭う白亜だが、特に何も付いてはいない。
「あぁ、いや……」
一瞬、どう誤魔化そうかと思ったものの。
「可愛いな、って思ってさ」
「っ……!」
隠すようなことでもないかと考え直してそのままを口にすると、、ポンッと白亜の顔が赤くなり……徐々に、露骨にその熱が冷めていく。
「わたしは、もう騙されない……ハル兄がわたしに言う『可愛い』は、小動物的な意味合い……」
そして、ジト目を向けてきた。
「別に、最初から騙すつもりなんてないけど……」
思わず苦笑が漏れる。
「むぅ……ハル兄、食べる時にジッと見られてると気になる」
「ははっ、そうだね。ごめんごめん」
引き続き不満顔の白亜に謝って、春輝も自分の分を食べ始めることにした。
その後、しばらく食べ進めていたところ。
「……んっ」
ふと、白亜が春輝の顔を見て小さく声を上げた。
「ハル兄、口にケチャップ付いてる」
「あっ、マジ?」
「じっとしてて」
と、白亜がテーブル越しに身を乗り出してくる。
どうやら、拭ってくれるつもりらしい。
(これじゃ、どっちが子供かわかんねーな……)
白亜の邪魔をしないため口元は動かさないよう意識しながらも、内心では苦笑が漏れた。
「よっ、と」
てっきり紙ナプキンを使うのかと思いきや、白亜は人差し指で春輝の唇を拭う。
「あむっ」
そして、自分の指に付いたケチャップを舐め取った。
「えっ、それ……」
思わず、その様を指差してしまう。
「? どうかした?」
けれど、白亜は不思議そうに首を傾けるのみであった。
「あぁ、いや……」
そんな風にされると、春輝の方が過剰に反応してしまったように思えてくる。
「うん、なんでもないよ。ありがとう」
結局、笑いながらそう返すに留めた。
笑顔が若干ぎこちなくなったことは自覚している。
(白亜ちゃん相手に、なに意識してんだか……今のも、家族のちょっとしたスキンシップみたいなもんだろ……)
胸中でそう自嘲するも、なんとなく一方的な気まずさを感じるのも事実。
春輝は、白亜からそっと視線を外して……だから、気付かなかった。
「ハル兄と……しちゃった」
人差し指を再度己の唇に当てながら紡がれた呟きと、赤くなった頬。
「間接、キス」
そして、その嬉しそうな表情に。
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2巻の店舗特典SS公開、第2弾。
今回は、ゲーマーズ様特典です。
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