SS53 それでも前向きに

「間に合わない……?」


 白亜が口にした言葉を、春輝はオウム返しに繰り返す。

 その意味が、よくわからなかったから。


「わたしはたぶん、わたしが思ってた以上に子供で……それは、仕方ないことだしもういいんだけど」


 けれど白亜は本心を吐露しているのだと、その表情から察せられた。


「桃井さんは凄くて、だからイオ姉やロカ姉も触発されて、本気になって……わたしだって、本気だけど……本気なのに……」


 ポロリと、一粒涙が零れ落ちる。


「きっとわたしだけが、みんなに置いていかれる……! わたしは、まだ子供だから……!」


 悔しげにギュッと拳を握る白亜は、それ以上の涙を必死に堪えているように見えた。


 恐らくは、それが彼女の本当の悩みなのだろう。

 子供であるということ、それそのものではなくて。


 ただ。


「うーん……ごめんね、白亜ちゃん。ちょっと、何のことかよくわからないかも」

「わかならいように言ってるんだから、当たり前……」


 素直に本心を伝えると、白亜はそう答える。


「そっか」


 詳細は明かしたくないというなら、春輝としてもそれ以上尋ねるつもりもなかった。


「じゃあ、これが君の慰めになるのかどうかもわからないんだけどさ」


 それでも、何かを言ってやりたくて。


「間に合う間に合わないとかそういう話はさ……間に合わなかった時に・・・・・・・・・・、改めて考えればいい……そんな風に考えられないかな?」

「えっ……?」


 意外な言葉だったのか、白亜はキョトンとした顔で見上げてきた。


「君が言う通り、今回は何かに間に合わないのかもしれない。だけどこの世の中、本当に取り返しのつかないことなんて極僅かさ。とりあえずチャレンジしてみて、失敗したらまた別の方法でチャレンジし直せばいい」


 春輝とて、なんだかんだでそうやってこの歳まで時を重ねてきたのである。


「もちろん、失敗しちゃった時の……それどころか、失敗しちゃうだろうって予想している今の白亜ちゃんの悲しみでさえ。俺には、想像出来ないくらいなんだと思う」


 他人事のように聞こえてしまうかもしれない。

 無責任な言葉なのかもしれない。


「それでも、俺は……白亜ちゃんには、失敗を恐れず前向きにチャレンジしてほしいと思う」


 これが、白亜の心に届くのかもわからない。


「まだ、『きっと・・・間に合わない』って段階なんだろ? なら、『間に合わなかった』になるまではチャレンジしてみないかい?」


 それでも、春輝は言葉を続ける。


「もし俺に出来ることがあるなら、なんでもサポートするよ」


 本心からの言葉を。


「それで、チャンレンジして……上手くいかなかった時は。そん時は、またこんな風に遊んで嫌な気分を吹き飛ばそう。君がもう一度前向きになれるまで、俺はずっと付き合うよ。それくらいしか、出来ないけど」


 本心からの、笑顔を向ける。



   ◆   ◆   ◆



 春輝に微笑みかけられて、白亜は。


「……そんな風に考えたことは、なかった」


 己の中に、新たな価値観が生まれていくのを実感する。


「間に合わなかったら……それで、終わりだと思ってた」


 想い人が自分以外の人と結ばれれば、それで終わりだと。


(でも、確かにその後に別れる可能性だってあるわけだし……その時にわたしがもっと大きくなってれば……それに)


 白亜の眼に、年齢らしからぬギラリとした光が宿る。


(NTRっていう手も)


 なお、これについては深夜アニメから得た知識である。


(考えてみれば、桃井さんなんて一回フラれてるのに全然諦めてないんだし……なのにわたしは、自分は子供だからなんて勝手に言い訳して、勝手に諦めて……それこそ、勝負の舞台にさえ立ててない)


 消えかけていた胸の火が、徐々に強くなっていくのを実感する。


「わかった……わたし、チャレンジする」


 大人になるまで待つことなく。


 子供のままで。


 もちろん、不利であることに変わりはないのだろうけれど。


「だから……ハル兄、早速だけど協力して?」

「あぁ、もちろん」

「じゃあ……」


 それでも。



   ◆   ◆   ◆



 内緒話でもしようというのか、白亜は口の周りに両手を当てて春輝の方に向けてきた。


「うん……?」


 疑問に思いながらも、春輝は彼女の方へと耳を近づける。

 すると白亜は、サッと手をどけて。


 チュッ、と。


 春輝の頬に口付けた。


「っ!?」


 思わず頬に手を当てて、春輝は大きく仰け反ろうとする。


「ねぇ、ハル兄」


 けれど白亜が春輝の首筋に手を回して、それを引き止めた。


「今、どう思ってる?」


 そして、間近で真っ直ぐ目を合わせながら問いかけてくる。


「ど、どうって、えっと、ドキドキしてる……かな……?」


 動揺のあまり、ちょっと間の抜けた回答が口をついて出る。

 ただ、急な出来事にドキドキしているのは間違いなく本当だ。


「ふふっ、そっか」


 白亜は、満足げに笑って春輝から離れた。


「ハル兄、わたしもう諦めないから」

「そ、そう……」


 その内心まではわからないが、春輝の言葉が少しは役に立てたのなら嬉しく思う。


「今のでちゃんとドキドキしてくれるなら、わたしにもチャンスは……というかよく考えれば、ハル兄がロリコンである可能性を考慮すれば今のままでもワンチャンわたしが一番有利まである……」

「えっ……? ごめん、よく聞こえなかったんだけどなんか俺のことロリコンって言わなかった……?」

「言ってない。ハル兄よロリコンであれと願っただけ」

「どういう願望なの!?」

「……ここまで言ってもそういう反応な辺りが、本当にハル兄」

「よくわかんないけど、なんか俺の存在自体が罵倒として用いられてる……?」


 やれやれと肩をすくめた後、白亜が立ち上がる。


「ハル兄、休憩はそろそろ終わり。行こっ、今日はデートに付き合ってくれるんでしょ?」

「あ、あぁ、うん……」


 未だ動揺が残る中、春輝もとりあえず頷いて立ち上がった。


「ね、ハル兄」


 そんな春輝の手を取って、引っ張りながら。


「大好き!」


 微笑む白亜は、なぜか妙に大人びて見えて。


 春輝の心臓は、先程以上に大きく高鳴るのだった。

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