SS52 等身大のデート

 デートに行こう、と提案した春輝に対して。


「ハル兄も、もうそんな風に気を使わなくていいよ。大人のデートとか……」

「ノンノン」


 微苦笑する白亜の言葉を遮り、春輝は指を振る。


「今回は、『等身大のデート』ってやつさ」

「等身大……?」


 春輝の言葉に、白亜は不思議そうな顔。


「ほら、行こう」


 そんな彼女の手を取って、春輝は半ば強引に連れ出す。


「あ……うん」


 白亜もそれ以上強く拒絶はせず、春輝に続くのだった。



   ◆   ◆   ◆



 そうしてやってきたのは、近くにある総合アミューズメントパークだ。


「さって、それじゃ何から行こうか?」

「何でもいいけど……」


 ここに至っても、テンションの低い白亜だったが──



   ◆   ◆   ◆



「うっし、ストライク!」

「おぉっ、流石はハル兄」


 ボウリングに興じ。



   ◆   ◆   ◆



「投げ方、こうでいいの……? ほいっ……っと」

「うん、上手い上手い……おっ、ど真ん中じゃないか。筋が良いね」


 ダーツ初体験の白亜にやり方を教え。



   ◆   ◆   ◆


「うぉ、めっちゃゾンビ来たな!? 白亜ちゃん、撃って撃って!」

「もう撃ってるし……!」


 二人協力して、銃でゾンビを掃討し。



   ◆   ◆   ◆


「私の魔法はキスから始まるの~♪」

「キス! キス! キス!」


 カラオケで小枝ちゃんの曲を歌う白亜に、合いの手を入れ。


   ◆   ◆   ◆


「ハル兄、覚悟……今こそ、アニメ同好会で鍛えたサーブの腕を見せる時」

「君たち姉妹、なんで揃って関係ない同好会で卓球やってんの……?」


 見事な卓球の腕を見せる白亜に半笑いとなり。



   ◆   ◆   ◆



「ハル兄、次はあっち行こ!」


 そんな風にしばらく目一杯遊んだ頃には、白亜もすっかり笑顔になっていた。


「だはぁ! ちょ、ちょっと待って……! 一旦休憩……!」


 一方、春輝の方は疲労困憊といった様相である。

 元気に春輝の手を引く白亜に対して、春輝は息を切らしながら半ば悲鳴に近い声でストップをかけた。


「むぅ、この程度バテるとは……ハル兄、だらしない」

「面目次第もない……」


 不満げな白亜に対しては、そう返すしかない。


「でも、白亜ちゃんも喉乾いたでしょ? ほら、ジュース買おう」


 自販機に小銭を入れて、スポーツドリンクを選択。

 続いて白亜の分の小銭を入れて場所を譲ると、白亜も春輝と同じもの選んだ。


 近くのベンチに、二人並んで腰を下ろす。


「ぷはぁ……! 生き返る……!」


 ゴクゴクと喉を鳴らしてスポーツドリンクを飲むと、身体の隅々まで行き渡っていくようだった。


「ふふっ、ハル兄ったら大げさ」


 隣でコクコクとスポーツドリンクを飲みながら、白亜がクスリと笑う。


「白亜ちゃんさ」


 そんな、白亜に。


「今日、楽しんでる?」


 ストレートに尋ねる。


「うんっ」


 すると、白亜は間を置かずに頷いた。


「ありがとね、ハル兄」


 そう微笑んで。


「十分気分転換できたし、わたしはもう大丈夫だから」


 そんなことを口にする白亜に対して。


「ふっ、ははっ」


 春輝は、思わず吹き出してしまった。


「……? どうかした?」


 白亜は不思議そうに首を捻っているが、それはそうだろう。


「いや、気にしないで」


 先日露華が同じような場面でほぼ同じ台詞を言ったことを、彼女は知らないのだから。


(こういうとこは、ホント姉妹だよな)


 こんな風に思うのも、もう何度目か。


「今日さ、俺も凄い楽しんでるんだよね」


 微笑ましい気持ちと共に、春輝は本心からの言葉を口にする。


「でもこれ、それこそ中学生の頃とやってること変わんなくてさ」


 実際、昔も友人たちとこうして遊んだものである。


「こうしてると、俺って成長してねーなーって思うよ」


 そう言いながらも、浮かべるのは微笑。


「ねぇ、白亜ちゃん」


 呼びかけると、白亜はその大きな瞳でジッと春輝を見上げてきた。


「人ってさ、いつ大人になるんだろうね?」

「……?」


 白亜の瞳に、疑問の色が宿る。


「高校を卒業すれば何か変わるかと思ったけど、卒業式の次の日は昨日と変わらない今日が訪れただけだった」


 十年近く前のことを、懐かしい気持ちで思い起こす。


「社会人になって、自分で稼ぐようになったら変わるかといえば……それも、環境が変わっただけって感じだ」


 今度は、五年くらい前のこと。


「正直に言うとさ」


 そして、今を思う。


「俺は今でも、自分が『大人』になれただなんて思えちゃいないんだよね」


 これもまた本心からの言葉である。


「それこそメンタルなんて中学時代からそんなに変わってない気がするし、今だって男友達と馬鹿やって馬鹿みたいに笑ったりするし。変わったことといえば、酒を飲めるようになったことくらいかな」


 そして、『大人』としてこの子たちをちゃんと守れていると胸を張って言える自信もない。

 それは、言葉に出さなかったけれど。


「そう……なの?」


 思わぬ言葉だったのか、白亜は疑問顔だった。


「そういう意味では、俺はまだ『子供』なのかもしれないし」


 そんな彼女に、微笑みかける。


「自分のことを『子供』だって思えるようになった白亜ちゃんは、逆にもう大人なのかもしれないね」


 白亜は、パチパチと二度瞬きし。


「……でも」


 しばし引っ込んでいた陰が、再び差した。


「客観的に見れば、ハル兄が大人でわたしが子供なのが事実」

「そうかもだけどねー」


 無論、こんな言葉で納得出来ないであろうことは最初からわかっていた。


「白亜ちゃんは、やっぱり早く大人になりたいと思ってるのかな?」

「……うん」


 以前なら、「わたしはもう大人」とでも返してきた場面だろうか。

 しかし、今の白亜は力なく頷くのみ。


「そっか、白亜ちゃんくらいの歳だとそう思うよね」


 春輝とて、己が子供であることにもどかしさを覚えた記憶くらいはある。


「でも、俺としてはさ」


 だからこそ、今は。


「焦らず『子供』を楽しんでほしいと思うんだよね」


 そんな風に、思う。


「今になって振り返れば、その時期はあっという間だ」


 本当に。


「それこそ中学時代はノンストップで遊べてたのに、今じゃこのザマさ」

「……それは、ハル兄が運動不足なだけでは?」

「ははっ、そこも含めてね」


 やや冗談めかして口を挟む白亜に、春輝も笑った。


「俺は、ちょっと羨ましく思うよ」


 微笑んだまま、言葉を続ける。


「もう大人らしきものになっちゃった俺と違って、君たちはこれから何にでもなれるんだから」


 春輝が白亜くらいの歳の頃、何になりたかったのだったか。

 今となっては、そんなことさえもよく思い出せない。


「……それでも」


 白亜は、グッと唇を噛む。


「確かにわたしは将来、何にでもなれるのかもしれない」

「うん」


 確信と共に、春輝は大きく頷く。


「体も成長して、来年くらいにはロカ姉みたいになって、再来年くらいにはイオ姉みたいになってるのかもしれない」

「うん、まぁ、うーん……うん」


 今度は、頷くまでに若干の葛藤が必要だった。


「でも」


 けれど、白亜の表情は真剣そのもので。


「それじゃきっと……間に合わない・・・・・・


 絞り出すように、そう口にするのだった。

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