SS51 その内心は
ここ最近、どこか様子がおかしく見える白亜に対して春輝が下した結論は。
(とりあえず、直接本人に聞いてみるか)
で、あった。
借金問題の時に日和って後回しにした結果危うく手遅れになりかけた経験から、こういう時は早めにちゃんと聞くことを心がけている春輝である。
本日他の面々は全員外出中で、そういう意味でもタイミングとしてはちょうどいい。
「白亜ちゃん、ちょっといい?」
「ん、大丈夫」
ちょうど通りかかった白亜を呼び寄せると、白亜は頷きながらリビングに入ってきた。
白亜がソファに腰掛けたところで。
「白亜ちゃんさ、最近何か悩んでることとかあったりする?」
春輝は、ド直球に尋ねてみた。
「……流石はハル兄、まさか見抜かれてたとは」
少しだけ驚いたように目を見開く白亜。
「実は……」
春輝は居住まいを正しながら、続く言葉を待つ。
「トゲアリトゲナシトゲトゲ神殿のボス前のギミックがどうしても解けなくて、ここ数日ずっと悩んでる。わたしは初回攻略中はネット見ない派だけど、流石にそろそろ見てしまいそうなレベル」
「んんっ……!?」
そして、思わずずっこけそうになってしまった。
打ち明けられたのは、どう考えても白亜が現在プレイしているゲームの内容である。
「えーと……」
ちなみに件のゲームについて、春輝は昔にクリア済み。
「あそこは、神殿の名前そのものがヒントになってるんだよ」
なので、とりあえずそう助言してみる。
「……?」
白亜は、一瞬不思議そうに首を捻り。
「……ハッ!? そういうことか!」
数秒の後、何かに気付いたような表情となった。
「まさかニューギニアヒメテングフルーツコウモリ神殿の石版に刻まれてた、『トゲアリトゲナシトゲトゲは主にベニモントゲホソヒラタハムシを指す』って情報がここで活きてくるとは……完全に、開発者の趣味で書いただけだと思ってた……」
「ははっ、流石。よく覚えてたね」
「むむむ」と唸りながら何度も頷く白亜を見て、春輝は軽く微笑む。
「あー……っと。それはそうと、なんだけど」
それから、若干迷った末に仕切り直すことした。
「他に悩みはないかな? その、リアル生活の方で」
「? 特に無いけど」
再びの問いには、あっさりと否定が返ってくる。
その表情からは、何かを誤魔化しているといった雰囲気は感じ取れなかった。
(んんっ……? これは、俺の考えすぎだったか……? それとも、悩み以外の『何か』がある……とか……?)
判断に迷う。
「えーと……なんか、佐藤くんが尋ねてきた日からちょっと様子がおかしい気がしてたからさ。心配になって」
「っ……」
素直に内心を晒すと、白亜は明らかに動揺の色を見せた。
「……もしかして、俺が来る前に佐藤くんに何かされたとか? だとすれば……」
「あっ、それは違う」
春輝の目が少々剣呑な光を宿したところで、白亜が若干慌てた様子で手を横に振る。
「確かに最初はちょっとビックリしちゃったけど、佐藤さんは良い人だったし純粋に嬉しかった。ファンで、握手してほしいとか……自分が言われることがあるとは、思ってもみなかったし」
やはり、その表情からは嘘や誤魔化しの気配は感じられなかった。
「……ふぅ」
一瞬躊躇するような素振りを見せた後、白亜は何かを決意するかのように小さく溜息を吐く。
「心配してくれて、ありがとう」
次いで、そう言って小さく微笑んだ。
「確かに、あの日からわたしにはちょっとした変化がある」
「あっ、話したくなければ無理に話さなくてもいいんだよ?」
「んーん、聞いて」
言わせてしまった感があったかと途中で口を挟んだが、白亜は首を横に振る。
「佐藤さんは不審者ではなかったけど、この家を見てたこと自体は事実だった。それも、わたしの影響で」
あの日の事の顛末については、あの後で春輝から一同に共有している。
もちろん、白亜にも。
「それを聞いた時、なんだか妙にビックリしちゃって……それで、気付いたの」
その時は特に白亜からのコメントはなかったと記憶しているが、実は思うところがあったということなのか。
「不審者がいるかもって聞いた時、仮にそれが本当だとしても……イオ姉かロカ姉が目当てだろうって、どこか他人事に考えてたんだなって」
そこで言葉を切って、白亜は小さく息を吐く。
「たぶん、無意識に」
春輝は、ただ黙って次の言葉を待った。
「子供のわたしには関係ない、って思ってたんだなって」
白亜は淡々と言葉を紡ぐ。
「だからこれは別に、悩みとかじゃないの。本当に、ただ気付いただけ」
浮かべられる、微笑みは。
「実際のところ……わたしが一番、わたしのことを子供扱いしてたんだって」
どこか自虐的なものだった。
「だから、人から子供扱いされても受け入れることにしたの」
それが、ここ最近の変化の正体。
「……そうだったんだね」
春輝は、一つ頷いて。
「ねぇ白亜ちゃん、今からデートに行かないかい?」
そう、提案するのだった。
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