SS50 最近の白亜

 ここ最近、白亜の様子がおかしい。


 春輝は、そんな風に感じていた。



   ◆   ◆   ◆



 例えばそれは、朝の一場面。


「ごめんね、白亜。今日のお弁当の包み、これしかなくて……」


 伊織が、白亜にお弁当を渡しながら申し訳無さそうな表情を浮かべていた。

 件の包みは、某子供向け番組のキャラクターがデカデカとプリントされたものだ。


「………………」


 白亜は、無言でジッと包みを見つめる。


「あっあっ、でもね! 私と露華も似たようなのだから! 白亜だけが恥ずかしいわけじゃないからね!」


 それを抗議と受け取ったか、伊織は少し早口でそんなフォローになっているのかいないのかわからないことを口にする。


 実際、普段の白亜であれば拒絶はしないまでも「子供っぽい……!」と頬を膨らませるくらいはする場面だろう。


 が、しかし。


「ん、ありがとうイオ姉。可愛くて、わたしは好き。今度から、ずっとこれでもいいよ」

「えっ……?」


 素直に受け取るばかりではなく今後もこれで良いと告げる白亜に、伊織は驚きに目を丸くしていた。


 白亜はそんな伊織のリアクションを気にした風もなく、お弁当を鞄に入れる。

 そして、そのままさっさと玄関へと向かって行った。


「えっと……今のって、もしかして白亜なりの抗議だったりするんですかね……?」

「いやー、そんな風には見えなかったけど……」


 その場にいた春輝と伊織は、思わず顔を見合わせてしまった。



   ◆   ◆   ◆



 例えばそれは、昼のリビングで白亜の次のコスプレ衣装について白亜と露華が話していた時のこと。

 春輝はスマホゲーの周回をしながら、何とは無しにそれを視界の片隅に収めていた。


「あっ……ねぇねぇ、これとかいいんじゃない?」


 ププッと笑いながらスマホの画面を差し出す露華は、明らかに白亜をからかう気満々といった感じである。


「『海上幼稚園くじら』の生魚なまうおなまこちゃん! アンタにピッタリっしょ!」


 春輝からもチラリと垣間見えた画面には、スモック姿に黄色い帽子を被った幼い少女のイラストが映っていた。


 露骨な煽りに対して、白亜は「ピッタリなわけない……!」と抗議……することもなく。


「ん、いいかも」

「……へ?」


 むしろあっさり頷いた白亜に、露華は拍子抜けしたような表情となる。


「わたしの視聴者さん的にも刺さりそう」

「んんっ……!? ちょーっと待とうかぁ……!?」


 片手を頭に当てながら、もう片方の手を白亜の方に突き出し制止する露華。

 どうやら、想定外の事態に混乱しているらしい。


「確かに刺さるだろうけど、刺さりすぎる可能性があるっていうか……! やっぱ、なまこちゃんはやめとこう! あっ、そうだ! ほら、今度は白亜がシヴァ子をやるってのはどう!? 春輝クンの時に作ったノウハウもあるしさ!」

「シヴァ子は、わたしには大人っぽすぎると思う」

「んあー、そっかー! 大人っぽすぎるかー! まぁそうかもねー!」


 なんて大げさにリアクションしながら、露華はチラリと春輝に視線を向けてくる。

 どうなってんの? とでも言いたげだ。


 実際春輝も、白亜がこんなことを口にするのを見たのは初めてだ。

 逆なら、いくらでもあるのだが。


(さぁ……? どうなってんだろうね……?)


 ゆえに、春輝もただ首を捻って返すことしか出来ないのだった。



   ◆   ◆   ◆



 それは例えば、夕食後のリビングで寛いでいた春輝の元に白亜がやって来た時のこと。


「ハル兄、お風呂掃除もう終わってるからいつでも入れるよ」

「あっ、もう終わったんだ?」


 普段より随分と早い報告に、少し驚きを覚える。

 白亜の場合、他のことに気を取られていて伊織に言われて慌てて掃除に向かうという場面も決して少なくはないのだが。


「えらいえらい、ちゃんと自分から率先してやったんだね」


 そんな白亜を素直に褒める気持ちで、春輝は微笑んで白亜の頭を撫でた。


 が、しかし。


(げっ、しまった)


 直後に、その行動のマズさに気付く。


(白亜ちゃん、頭を撫でるの自体はNGじゃないっぽいんだけど、あんまり簡単なことで撫でるとむくれちゃうんだよな……こんなことも出来ないと思ってるのか、ってさ……)


 これまでに、何度か踏んでしまった地雷であった。

 既に、どうヨイショ……もとい、フォローするかの算段を頭の中で立て始めていた春輝だったが。


「ん、ありがとうハル兄」


 白亜は、少しくすぐったそうに微笑むのみ。


「それじゃ」


 そのまま、春輝の手から離れてリビングを出ていった。

 理由に納得出来ようと出来なかろうと一度撫で始めれば延長を要求されることが多いのだが、今回はぶっちぎりの最短記録だ。


 白亜が出ていったリビングの扉を、何とはなしに眺めながら。


(なんだろう……最近の白亜ちゃん、悩みでもある……って、こと……なのか……?)


 一度気を許した相手には良くも悪くもありのままの感情を見せることが多い白亜だけに、このパターンは初めてで春輝としては類推すら困難だった。

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