SS49 真相と疑念と

 突然の訪問者、佐藤少年。

 白亜ことホワイト・レディに会いに来たのかと問えば、大仰に否定する。


「まさかレディが出てくるとは思ってなくて、思わず握手はお願いしちゃいましたけど……! あっ、今更だけど不躾……ていうか、怖がらせちゃったかな……!?」


 今の今までその点に思い至っていなかったようだが、年齢に加えて舞い上がっていたことを考慮すれば無理もないのかもしれない。


「あの……僕がこんなこと言えた義理じゃないのかもしれませんけど、お兄さんからレディに改めて謝っておいてもらえませんか……? いきなり握手なんてお願いしちゃって、申し訳ありませんでしたって」


 冷静になれば、きちんと筋を通そうとする良識は持っているようだ。


「わかった、白……ホワイト・レディに伝えておくよ」


 差し当たり、春輝は苦笑気味にそのお願いを受けることにする。


「あの……普通に白亜さん呼びで大丈夫ですよ? ぶっちゃけ、動画内で結構連呼されてて視聴者的には公然の事実みたいな感じですし……」

「あぁ、そうなんだ……」


 佐藤少年も苦笑を浮かべて、春輝の苦笑が深まった。

 確かに春輝も一通り動画を確認した限り、さもありなんといったところである。


「それはそうと、本来は露華ちゃんに用があったってことなのかな?」

「はい、昨日の帰りにこれを拾いまして」


 と、佐藤少年はポケットに手を入れる。

 再び取り出した手に握られていたのは、生徒手帳だ。


「明日学校で渡してもいいんですけど、生徒手帳って結構個人情報とか書いてあって悪用される心配とかあるじゃないですか? 特に女子だと不安かなーって、早めに届けた方がいいかと思ったんです。お兄さんから渡しておいていただけますか?」

「そうだったんだね……ありがとう、ちゃんと露華ちゃんに渡しておくから」

「はい、よろしくお願いします」


 春輝は、佐藤少年の手から生徒手帳を受け取った。

 ちなみに昨日今日の様子を見る限り、露華は今のところ生徒手帳を落としたことにさえ気付いていないと思われる。


「だけど、確かにいきなり家まで来るのも非常識でしたよね……すみません」

「いや、話を聞いた上だと君の判断も間違いじゃないと思うよ」


 仮に対応したのが白亜以外の誰かだった場合、全ては穏便に済んだ話だったに違いない。


「それと、さっきは怒鳴っちゃってごめんね」

「あっ、いえ、そんな!」


 今度は春輝が頭を下げると、佐藤少年は慌てた様子で手を横に振った。


「客観的に見れば、あの時の僕は不審者ですし! お兄さんの行動は何も間違ってないですよ!」


 春輝のフォローまでしてくれる辺り、心優しい少年なのだろう。


「レディと……それに露華さんと伊織さんも、良いお兄さんを持ってるんだって。少し羨ましい気持ちです」


 少し照れくさそうに微笑む。


「伊織ちゃんのことも知ってるんだ?」

「美人姉妹として、学校じゃ割と有名なんで。流石に中学生のレディのことまで知ってる人はほとんどいないと思いますけど」

「ははっ、そうなんだね」


 春輝も小さく微笑んだ。

 ここに来て、ようやく人心地ついた気分だった。


「えーと……お茶でも飲んでく? しばらくしたら、露華ちゃんも帰ってくると思うけど」

「いえ、生徒手帳さえ渡しておいていただければそれで構いませんので!」


 今更ながらのお誘いにも、佐藤少年は再び手を横に振って固辞する。


(別に露華ちゃんに会うのが目当てってわけでもないのか……)


 本当に、善意のみでの行動だったようだ。


(あと確認しとかないといけないこととかあるかな……あぁ、そうだ)


 一つ、今になって思い出す。


「その……表札、見たよね?」


 人見家の表札なわけで、そこには当然堂々と『人見』と書かれているわけである。


「あっ、はい……大丈夫です、事情を聞いたりはしませんので!」


 一瞬少し気まずげ表情となった佐藤少年だが、笑顔でそれを掻き消す。

 複雑なご家庭であることを考慮してくれたのだろう。


「や、別にそんな大した理由じゃないんだけどね。あんまり人には言わないでくれると助かるかな」

「はい、もちろん!」


 あえて軽い調子で頼んでみれば、思ったよりしっかりと頷いてくれた。


「ありがとう、助かるよ」


 これは信頼出来るだろうと、春輝も心からの感謝を送る。


「……俺からの話は以上だけど、何か聞いときたいこととかある?」


 最初に不審者と決めつけた上で一方的に詰問してきた後ろめたさから、なんとなく面接のラストっぽい感じとなった。


「いえ、特には!」


 まぁそうだろう、という感じである。

 白亜のことを聞いてくる可能性も考えていたのだが、そこはちゃんと割り切っているらしい。


「それでは、失礼しますね! 本日は、色々とご迷惑をおかけしました!」


 折目正しく、佐藤少年は深々と頭を下げる。


「や、こっちこそなんかごめんね。生徒手帳、ありがとう。あと……えー、気をつけて帰ってね」


 特に気の利いたコメントも思い浮かばず、月並な台詞となった。


「はい!」


 最後に大きく頷いて、佐藤少年は踵を返して去っていく。

 その背中を、何とは無しに見送って。


「なんか……徒労感が凄いな……」


 本日の感情の振れ幅が凄すぎて、ドッと疲れた思いを抱く春輝だった。


「あの……ハル兄」


 とそこで、白亜が階段を降りてきた。

 もしかすると、佐藤少年が退出するタイミングを見計らっていたのかもしれない。


「ごめんね、対応丸投げしちゃって」

「いや、構わないよ。年上の男の子相手じゃ話しづらいでしょ?」

「そんなことは……」


 反射的に、といった感じで否定の言葉を口にしかけた白亜。


「……ある、かもだけど」


 けれど、一瞬の間を空けた後に視線を逸らしながらそう続ける。


「さっきの子……佐藤くんって言うんだけど、彼から伝言を受け取ってるんだ。いきなり握手なんてお願いしちゃって申し訳ありませんでした、ってさ」

「別に……最初はビックリしちゃったけど、それ自体はむしろ嬉しかった。そんなの初めてだったし」

「怖がらせちゃったかもしれない、っていうのも気にしてたけど……」

「それも、最初にちょっとだけ。あの人は、年下のわたしにも丁寧に接してくれたし」

「そう、なら良かった」


 話している感じ、強がっている様子もなさそうで春輝は安堵の息を吐いた。


「ただ、あの人とは全然関係なく……わたしは……」


 そこまで言って、なぜか白亜は口を噤み。


「……何でもない」


 首を横に振って、踵を返してしまった。


「……?」


 春輝は、疑問と共にそれを見送る。


(なんだ……? 佐藤くんとは関係無しに……? じゃあ、今回の件とは関係なく何かあるってことか……? でも、今朝までそんな様子もなかったような……話を切ったってことは、俺には話したくないこと……? 以前の例もあるし、多少強引にでも聞き出した方がいいのか……? うーん、でもそれもなぁ……何気に白亜ちゃんって、露華ちゃんとはまた違った意味で考えが読めないんだよな……)


 白亜のその振る舞いは、その後しばらく春輝を悩ませることになるのだった。

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