SS48 訪問者
インターホンの音を受け、生配信を中断して応対することにした白亜。
「配達員さんにはいつも感謝してるけど、流石に今回は空気を読んで欲しかった……」
なんてぼやきながら階段を降りて、玄関へと向かう。
「はい、どうもありがとうござ……」
お礼を言いながら、玄関の扉を開けて。
「……え?」
その体勢のまま、硬直する。
そこに立っていたのがいつもの配達員さんではなく……それどころか運送会社の制服さえ着ていない、少し年上だろう少年だったから。
「あれっ!?」
そして、なぜか少年もとても驚いた表情を浮かべていた。
「あ、あの! 僕! その……!」
緊張の面持ちとなった少年は、何かを話そうとしているが上手く言葉が出てこないようだ。
「えっと……」
ここで白亜は、頭の中にいくつかの可能性を浮かべる。
「ハル兄……春輝、さん、に御用ですか?」
普通に考えれば、これだろう。
だが春輝との関係性がわからないので、敬称に少し迷った。
今でもこれが正解だったのかわからず、少しドキドキしている。
「い、いえ、違います!」
「え……?」
そして予想外の返答に、呆けた声が口から出ていった。
「僕は……! 僕はですね……!」
引き続き、少年は言葉を詰まらせて。
「ちょっ……!? 何なんですか……!?」
いきなり白亜に向けて手を伸ばしてきたものだから、思わず白亜は悲鳴に近い声を上げてしまった。
(ハル兄、助けて……!)
ギュッと目を瞑りながら、想い人がヒーローのように駆けつけてくれることを期待する。
◆ ◆ ◆
一方、自宅へと駆け戻っている最中の春輝。
(流石に、コメントの件は考えすぎだよなぁ……)
貫奈の話を聞いて咄嗟に駆け出したものの、走っているうちに少し冷静になってきた。
(貫奈の言う通り、あんな書き込みなんて決り文句みたいなもんだし……とはいえ、不審者がいたのも事実だもんな)
なんとなく外に出なければ安全だと思いこんでいたが、伊織たちの話が確かなら不審者らしき人物は『家』を見ていたとのこと。
白亜を一人で残してきた今の状況というのも、危険に思えてくる。
春輝としても、心配しすぎだとは思っていた。
十中八九……九分九厘、何事もなくハテナ顔の白亜と顔を合わせることになるだろう。
(それならそれでいい……いや、そうであってくれ)
だが、しかし。
「っ!?」
玄関の扉は開いており、そこに一人の男が立っている。
対峙しているのは白亜で、しかも男は白亜に向けて手を伸ばしていた。
春輝は、心臓がキュッと締まるような思いで……それを、勇気へと変換する。
「おい、アンタ! 何やってんだ!?」
「っ!?」
叫びに近い声量で声をかけると、男の後ろ姿がビクッと震えた。
その間にも春輝は足を緩めず、男の脇を通り抜けて玄関の中へと入る。
(思ったより若いな……?)
白亜を庇う形で振り返れば見えたのは高校生くらいだろう少年で、少しだけ意外に思った。
が、すぐに気を引き締め直す。
「ウチの子に何を……!」
「あっ、ハル兄、違うの」
詰問しようとしたところ、当の白亜がクイクイと袖を引いてきた。
「えっ……?」
疑問と共に、白亜の方を振り返って……先程は見る余裕のなかったその状況を、初めて確認する。
少年の手は、確かに白亜へと向けられており……白亜と、握手していたのである。
「あの、すみませんお兄さん! 僕、レディの大ファンで! ついつい、握手をお願いしてしまいまして!」
少し紅潮した顔で、少年はそう言いながら何度も頭を下げた。
「そういうこと、みたい」
白亜の表情にも困惑はあったが、一応納得はしているらしい。
「……そう、なんだ」
正直、疑問はまだまだある。
だが、少なくとも白亜が害される可能性はなさそうだとわかって春輝はホッと息を吐いた。
「えっと……もういいですか? わたし今、生配信中なんですけど……」
「えっ!? そうだったんですか!?」
おずおずと言う白亜に、少年は大きく目を見開く。
「すみません、チェック出来てませんでした! お邪魔しちゃって申し訳ないです! 本当にごめんなさい!」
どうやらその言葉に嘘はないようで、少年は慌てた様子で手を離して恐縮しきった表情でペコペコと何度も頭を下げた。
「別にいいですけど……」
年上の少年から過剰に謝られるという状況からか、白亜はちょっと気まずげな表情である。
「それじゃ……」
軽く頭を下げて、白亜は踵を返した。
「ハル兄、あとよろしく……」
それだけ言って、自室へと戻っていく。
「あぁ、うん……」
一応頷いて返しながらも、春輝としても未だどうすべきか測りかねていた。
「えぇと……君、名前は?」
「あっ、はい! 佐藤一平と申します!」
まずは名前を尋ねると、佐藤と名乗った少年はハキハキと名乗る。
「なるほど、佐藤くんね……」
その純朴そうな顔が、ますます春輝にやりにくさを感じさせた。
「まず聞きたいんだけど、君はどうしてここが白……ホワイト・レディの家だって知ってたの?」
とはいえ、ここは明らかにせねばなるまい。
「僕、小桜さん……あぁ、えーと……露華さん? と同じクラスなんですけど」
「んんっ……?」
思わぬ話の始まり方に、思わず疑問の声が口を衝いて出た。
「あの……お兄さんは、レディの動画をご覧になられてますか?」
「うん、まぁ、一応ね」
「あぁ、なら良かった」
どうやら、ならば話が早いということらしい。
「元々、馬の人はたぶん小桜さ……露華さんだろうな、って思ってたんですよ」
「あぁ……」
思わず半笑いが漏れる。
春輝も件の動画は確認していたが、確かに露華本人を知っていれば丸わかりだろう。
「だから、お兄さんの件はダメ押しって感じだったんですけど」
「俺……?」
ふいに自分に話が及んで、春輝は疑問符と共に自身を指差した。
「僕、三者面談が露華さんの次だったんでお兄さんとの会話とか聞こえてて……声を覚えてたんです。それで、お兄さんの声が配信に入ってた時に確信して」
「……そうなんだ」
知らず、声が固くなる。
(俺のせいでもあった、ってわけか……)
不可抗力ではあるが、責任は感じるところだった。
「もしかして……特定しました、ってコメントは君が?」
「あー……はい、そうです。つい、テンションが上がっちゃって。直後に、やっちゃったなぁって反省したんですが……」
気まずそうにに、佐藤少年は頬を掻く。
「だけど、それだけじゃウチの位置まではわからないよね? どうやって特定したの?」
「あっ、僕の家もこの近所で。たまたまこの間、登校時に皆さんが出てくるのを見かけたんです」
「なるほど……」
これも迂闊な話ではあるものの、とはいえ完全に出入りを隠すことも不可能だろう。
結局、色々と偶然が重なった結果ということか。
春輝は、思わず苦虫を噛み潰した顔になってしまった。
「実は、ウチのことをジッと見てる人がいるって目撃情報もあるんだけども……それも、君かな?」
「んんっ……! す、すみません、たぶん僕だと思います……! ここがレディの収録現場か、と思ったらつい見ちゃって……!」
恥じ入るように、佐藤少年はまた頭を下げる。
「オッケー、大体わかったよ」
少なくとも、当初考えられていた変質者の類ではないらしい。
その点は安心出来た。
とはいえ。
「だけど、アポ無しで訪問なんて非常識だと思わないかい?」
ここは苦言を呈さねばならないだろう。
「ですよね……すみません」
佐藤少年は、素直に謝って再度頭を下げた。
「でも僕、露華さんとは同じクラスなだけであんまり親しくなんて……連絡先も知らないんですよ」
「んんっ……? 露華ちゃん……?」
ここに来てまたその名前が出てくるとは思わず、春輝は首を捻る。
「白……ホワイトレディに会いに来たんじゃないの……?」
「えっ……?」
春輝の問いに、今度は佐藤少年が首を傾げた。
「いえいえそんな、滅相もない!」
それから、問いの意味を理解したのか恐縮した様子でブンブン首を手を横に振るのだった。
―――――――――――――――――――――
中途半端なところで恐縮ですが、長くなったので一旦ここで切らせていただきます。
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