SS46 情報錯綜

 とある休日の昼。


「不審者?」

「そうなのよー」


 問い返した春輝に、母が少し困ったように眉根を寄せた。


「後ろ姿しか見えなかったんだけど、なんだかこの家のことをジーッと見てるみたいでねー」

「あっ……! その人、私も見たかもしれません……!」

「んあー、そういやウチも見たわ」


 母の言葉に、伊織と露華からも目撃情報が寄せられる。


「ちなみに、白亜ちゃんはどう? 怪しい人、見た?」

「んー……わたしは、たぶん見てないと思う」


 念のため白亜にも尋ねると、少し思い出す素振りを見せた後に首を横に振った。


「確認なんだけど、家のことを見てるだけなんだよな?」

「そうねー、私が見た限りではー」

「私の時もそうでした」

「ウチも同じく」

「なるほど……」


 少なくとも三回目撃されているとはいえ、それだけではまだ何とも言えないだろう。


「念のため、伊織ちゃんたちはしばらく一人で出かけない方がいいかもな」

「そうねー」


 春輝の提案に、母も頷く。


「やー、つっても限界があるくない? ウチ、今日この後美容室予約してんだけどー」

「なら、俺が送り迎えするよ」

「いいの? やったね」


 疑問顔から一転、笑みを浮かべた露華がパチンと指を鳴らした。


「私も、夕飯の買い出しに行こうと思ってたんですが……」

「じゃあ、そっちはお母さんが一緒するわねー」

「ありがとうございます、すみません……!」

「いいのよー、一緒にお買い物するのも楽しいしねー」


 恐縮する伊織に、母がほんわかと笑う。


「白亜ちゃんは、外出の予定とか大丈夫?」

「ん、今日は生配信の予定だし」

「生配信……」


 白亜の言葉に、ピクリと反応したのは伊織だ。


「白亜? この間も言ったけど、私のこと配信で変な風に呼んだりしちゃ駄目だからね?」

「イオ姉、残念ながら既に拡散されてしまったネットミームを消す術は存在しない」

「なんでちょっと得意げなの……!?」


 先日『真実』を知ってしまった伊織から白亜への物申しが入ったのだが、この通り白亜に響いている様子はあまりなかった。


「そもそも、別にわたしが言い始めた名称じゃないし……元はと言えば、イオ姉の十八禁発言をフォローしたことから生まれた名前だし」

「ぐむっ……!」


 伊織としても負い目を感じている部分もあるのか、あまり強くは言えない様子だ。


「まぁでも、今後わたしからはあんまり言わないようにはする。ネット民は飽きるのも早いし、そのうち忘れ去られるはず」

「う、うん、ありがとう……!」


 伊織は、ホッとした様子だったが。


(いや、あれはたぶん後々にまで定着するタイプのやつじゃないかな……)


 伊織と共に動画を全て確認した春輝としては、そう思わずにはいられないのだった。



   ◆   ◆   ◆



「春輝クン、送ってくれてありがとねっ!」

「いえいえ。終わったらまた連絡してね」

「オッケー」


 美容室の前で、そんなやり取りを交わす。


「んじゃ、また後で!」

「うん」


 スチャッと手を上げる露華へと手を振り返すと、露華はそのまま店内へと入っていった。


「さて……どうやって時間潰すかな」


 終わるまで、一~二時間といったところか。

 一旦家に帰るにしては微妙な時間だ。


 と、そこで。


「あれ? 春輝先輩?」


 意外そうな声が聞こえて目を向けると、果たしてそこに立っているのは桃井貫奈その人だった。


「貫奈か。どうしたんだ、こんなとこで?」

「美容室の前で尋ねる問いがそれですか……?」

「あぁ、確かにな……」


 彼女も髪を切りに来たというのは自明だろう。


「というか、先輩もここ使ってたんですね」

「いや……」


 説明するには不審者の件から話し始める必要があり、どう話そうかと考えていたところ。

 ふと、脳裏に全く別のことが思い出された。


「ところでお前、悪趣味なコメントはやめとけよ」

「はい……?」


 苦笑気味に苦言を呈すると、貫奈は不思議そうに眉根を寄せる。


「何のことです?」

「や、白亜ちゃんの動画のな」


 説明するため、春輝はスマホで動画サイトを開いた。


 再生するのは、先日の白亜の生配信のアーカイブだ。

 シークバーを大きく動かし、最後の方へ。


『特 定 し ま し た』


 というコメントが表示されたところで止めた。


 先日、伊織と動画を最後まで確認した際に急に表示されて二人でちょっとビクッとなったものである。


「これ、このコメントのことだよ」

「はぁ」


 提示しても、貫奈から返ってくるのは生返事だ。


「それ、私じゃないですけど」

「えっ、そうなの……!?」


 思ってもみなかった返答に、春輝の声は思わず大きくなる。


「でもお前、この動画の俺の声から特定したみたいなこと言ってたよな……?」

「それはまぁそうですけど、だからってわざわざ書き込んだりはしませんよ。先輩に直接問いただせばいいだけなんですから。大体私、先輩の声を聞いた時点でそれどころじゃなくなってその配信最後まで見てませんし」

「な、なるほど……」


 言われてみれば、さもありなんというところではある。


 が、しかし。


「じゃあ、誰が……?」


 その疑問が新たに生じた。


「こういう動画へのコメントとしては様式美みたいなものですし、いちいち気にするようなことでもなくないですか?」

「まぁ、確かにな……」


 それも、貫奈の言う通りなのだろう。

 しかし、春輝の胸には妙にモヤモヤとした想いが残っていた。


 そこで思い出されるのは。


(不審者って、まさか……?)


 自分でも、発想が少々飛躍気味ではあると思う。


(白亜ちゃんの動画を見てるんだから、普通に考えれば白亜ちゃん目当てだよな……? それで、特定したってのがウチのことだったとしたら……)


 けれど、嫌な予感はどんどん膨らんできて。


(白亜ちゃんは今、家に一人……!)


 焦燥感が溢れ出す。


「貫奈!」

「わひゃっ!?」


 名前を呼びながら両肩に手を置くと、貫奈は可愛い悲鳴を上げた。


「すまん、頼みがある!」

「なんですか、急に……?」

「この後、髪を切り終わったら露華ちゃんをウチまで送ってくれないか!?」

「はい……? 露華ちゃんですか……?」

「今、中にいるから!」

「そうなんです……? まぁ別に構いませんけど……」

「ありがとう、助かる!」


 当然ながら貫奈は全く事情が飲み込めていない様子だが、今は説明している時間が惜しかった。


「じゃあ、頼むな!」

「はぁ、了解はしました」


 ポカンとした様子の貫奈を置いて、踵を返す。


(考えすぎであってくれよ……!)


 そう祈りながら、春輝は我が家へと駆け戻るのだった。

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