SS43 約束の時

「ほーほっほっほっ! 力こそが全て! それがこの街の掟ばいですわよぉ!」


 パシャァパシャァパシャァ!


 裏声での台詞と共にポーズを決めた途端、各方面から眩しくフラッシュが光る。


「はぁはぁ……春輝さん、目線こっちください……! はぁはぁ……」


 パシャァパシャァパシャァ!


 伊織の方に視線を向けると、彼女が手にするカメラがより一層激しくフラッシュを瞬かせた。


「ぶっふぉ……は、春輝クーン、次のポーズ決めてよー」


 パシャァパシャァパシャァ!


 ポーズを変えてみたところを、露華がプルプルと笑いを堪えながらスマートフォンの連写モードで撮影する。


「ハル兄、一期オープニングのサビのところのポーズお願いします……!」


 パシャァパシャァパシャァ!


 若干うろ覚えなポーズに変更すれば、白亜もまたスマートフォンの連写モード。


「春輝先輩、ちょっとだけ! ちょっとだけローアングルからいいですか!?」


 パシャァパシャァパシャァ!


 いいですか、と問いかけながらも既に貫奈は思いっきりローアングルからカメラのシャッターを押しまくっていた。



 なお、彼女たちの被写体となっているのは言うまでもなく春輝である。


 身に着けているのは、普通のものよりも随分と丈が短くあちこちが破れたセーラー服に学生帽。

 ぶっちゃけかなり露出が多く、春輝はこの日のために除毛クリームでムダ毛処理までして挑んでいた。


 否……挑まされた・・・・・、と言うべきか。


 なぜ、こんなことになっているのか。

 話は、数日前に遡る。



 ◆   ◆   ◆



「そういえば先輩、例の件っていつにします?」


 貫奈の人見家訪問から数日が経過した頃、昼休みに貫奈がそんなことを尋ねてきた。


「例の件……?」


 特に前フリなどもなかったため、一瞬何のことかわからない。


 が、すぐにとある件を思い出した。


「あぁ、お前をデートに誘うってやつな? それについては、日程と内容を調整中で……」

「まぁそれもあるんですけど、今回はあっちの話です」


 白亜との『大人のデート』のために相談に乗ってもらった際に、礼として約束したデート。


 てっきりそれを指しているのかと思いきや、どうやら違ったらしい。


「あっちって、どっちだよ……?」


 他に思い当たる節もなく、首を捻りながら尋ねる。


 すると。


「女装コスの方」

「そっち!?」


 出てきたのが想定外すぎる言葉で、思わず叫んでしまった。


 周囲から注目が集まるのを感じて、慌てて愛想笑いを振りまいてから。


「いや、お前ももうわかってるだろ……!? あの時のアレ・・は、伊織ちゃんので……!」


 口元に手を当て、今度は小声で説明する。


「えぇまぁそれはわかってますけど、その話今関係あります?」

「関係ないわけなくない!?」


 しかしなぜか貫奈には通じていないようで、また叫んでしまった。


 再び振りまかれる、愛想笑い。


「先輩、よく思い出してください」


 一方の貫奈は、先程から涼しい顔である。


「確かに、話の取っ掛かりは例のブラだったかもしれません。ですが、女装コスの約束はそれとはまた別のお話ですよね?」

「そう……なの?」


 春輝としてはめちゃくちゃシームレスに繋がっているのだが、どうやら貫奈の中では違うらしい。


「ていうか俺、そもそも約束したわけじゃ……」

「コスするキャラも福岡阿修羅ブストーリーの阿修羅井シヴァ子に決まって、衣装だってもう完成してるらしいじゃないですか」

「そうなの……!?」


 流石に三度目ともなればどうにか大声を出すのは堪えられたが、初耳の事実は大変に驚きだった。


「ていうか、なんでお前がそんなこと知ってるんだよ……!?」

「先日伺った時に、露華ちゃんと白亜ちゃんとも連絡先を交換したんで。最近、彼女たちとのタイムラインはその話題でもちきりですよ?」

「他にもっと話すこととかあるだろ……!?」

「いや、言ってもそこまで親しいわけでもないですし」

「普通は、そこまで親しくない相手とは女装コスの話もしなくない……!?」

「まぁ、先輩のコスについては大盛り上がりですけど」

「せめて別のことで盛り上がっていてほしかった……!」


 春輝としては、遺憾の意を表明したいところである。


「それで、後はスタジオと先輩のスケジュールを押さえるだけで準備は完了なんですけど」

「もうそこまで準備進んじゃってんの……!? ていうか、スタジオって何……!?」

「本来は芸術家の仕事場を意味するんですけど、今じゃ主に撮影や収録に用いられる場所って意味で使われることが多いですね」

「いや、スタジオの概念そのものを知らないわけじゃねぇんだわ……!」


 貫奈は真顔で言うものだから、冗談なのかマジなのかわからない。

 出来ることなら、この会話の最初から全て冗談であってほしかった。


「伊織ちゃんが、凄く良いスタジオを見つけてくれたんですよ。お値段も手頃で」

「なんでみんなそんな乗り気なんだよ……!?」

「三女がキャラを見繕い、次女が衣装を用意し、長女が場所を探す……いやぁ、美しい姉妹の絆ですねぇ」

「その絆、なんかちょっと腐ってない……!?」


 先程から、会話が成り立っているようで成り立っていないような気してきた。


「というわけで、先輩」


 恐らく、春輝が何を言おうと貫奈がマイペースで話を進めているためであろう。


「いつにします?」


 十年来の付き合いがある春輝だからこそわかる。

 その笑顔は、間違いなく心から浮かべられたものだ。


 だからこそ……春輝は、その笑顔から逃れる術を知らなかった。



 ◆   ◆   ◆



 そうして、逃げ場をなくした春輝。


 更に、伊織から邪気のない笑顔で除毛クリームを渡されるという追撃を食らった上で本日を迎えているわけである。


「いいですよぉ春輝先輩その恥じらいの表情! グッと来ますねぇ! せっかくなんで、脇も見せていきましょう!」


 パシャァパシャァパシャァ!


 この中でも一番ノリノリな貫奈は、持参してきたゴツい一眼レフのカメラ。


「ぶっふはははは! はーるき、ちゃん! 可愛いよー!」

「ハル兄、今度は二期エンディングの最後のシーンのポーズお願いします……!」


 パシャァパシャァパシャァ!

 パシャァパシャァパシャァ!


 完全に悪ノリしている露華と、やけに真剣な表情の白亜は自前のスマートフォン。


「あっあっ、春輝さん、おパンツが見え……いえ、いいんだよね……! はぁはぁ……これは見えていいおパンツだって露華も言ってたもん……! はぁはぁ……私の役目は、おパンツ……じゃない、春輝さんのこの姿をこの目に焼き付けると共に後世へと残すこと……! はぁはぁ……!」


 妙に鼻息の荒い伊織は、母がたまたま・・・・持って帰ってきていたというデジカメというを借りていた。

 先程チラッと聞こえたところによると、データは後で複製され全員に共有された上でSSDとクラウドのストレージに保存されるらしい。


 事ここに至っては、春輝に出来る抵抗など何もなく。


(観自在菩薩行深般若波羅蜜多時照見五蘊皆空度一切苦厄舎利子色不異空空不異色色即是空空即是色受想行識亦復如是舎利子是諸法空相不生不滅不垢不浄不増不減是故空中無色無受想行識無眼耳鼻舌身意……)


 心の中で般若心経を唱えながら、ただただ心を無にして時間が過ぎるのを待つのみなのだった。






―――――――――――――――――――――

すみません、しばらくの間は週一更新とさせてください。

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