SS42 パジャマパーティー?

 春輝への『聴取』も完了し。


(思ったより色々と出てきたわね……まぁ、ほとんどは勘違いや空回りの結果のようだけれど……)


 若干の頭痛を感じながら、貫奈は客間へと戻っていた。


(とりあえず……今日はもう寝てしまいましょう)


 怒涛の勢いで新たな情報が飛び込んできたため、流石に脳が疲労気味である。


 と、そこで。


 コンコンコン、とドアをノックする音が響いた。


「あの……夜分にすみません。桃井さん、まだ起きてらっしゃいますか……?」


 扉越しに聞こえる控えめな声は、伊織のものだ。


「えぇ、起きているけれど……とりあえず入ったら?」

「あ、はい。では、失礼します」


 貫奈の許可を受けて、伊織がドアを開け室内に入ってくる。


「それで、どうしたの?」

「えと……」


 尋ねると、伊織はもじもじと言葉を濁した。


「パジャマパーティーでもしようってお誘いかしら?」


 妙に緊張しているように見えて、和ませようと貫奈は冗句と共に微笑む。


「……ある意味、それに近いかもしれません」

「えっ……?」


 しかし、予想外の肯定が返ってきて思わず疑問の声を発してしまった。


「女同士の、腹を割った話ということで……」


 そう口にしている間に、顔から徐々に迷いが消えていく伊織。


「桃井さん」


 真剣な伊織の目が、真っ直ぐと貫奈を射貫く。


「私たちがこの家に住まわせていただいてるってこと……黙っていて、すみませんでした」


 そして、伊織は深く頭を下げた。


「いえ……事情を考えれば仕方ないことだし、もう気にしてないけれど……」


 最初に聞いた時は驚いたものの、貫奈も納得はしているのだ。

 流石に、こんなことを吹聴して回るわけにはいくまい。


 今更、改めて謝罪される意味がよくわからなかった。


「それでも……桃井さんには、謝っておかないといけないと思ったんです」

「……そう」


 なるほど、と思う。


 例えば仮にこれが、他の同僚に対してだったなら。

 きっと伊織も、こんな風に言うことはなかったのだろう。


 貫奈だから。

 伊織から貫奈への・・・・・・・・謝罪だから意味があるのだ。


「それと」


 引き続き貫奈を真っ直ぐに見ながら、伊織はそう続ける。


「この機会なので、もう隠し事は無しにしようと思っています」

「えぇ、わかったわ」


 なんとなく話の内容を察しつつ、貫奈は小さく頷いた。


「まだ、先輩とのピンクなエピソードが沢山あると言うことね?」

「えぇっ!?」


 だからこそあえて冗談めかすと、伊織は覿面に動揺を見せる。


「いえ、その、違います! そうじゃなくて……!」

「ふふっ、冗談よ」


 貫奈は軽く笑って、手を振る。


「ただ、私たちだって知らない仲でもないでしょう? そんなに緊張しないで、気楽に話してちょうだい」

「……はい、ありがとうございます」


 伊織も、小さく笑った。


「それで、お話したいことっていうのはですね」


 表情を引き締め直し……けれど、先程よりも幾分肩の力が抜けた様子の伊織。


「私は」


 そこで一旦言葉を切って、何かを噛みしめるかのように目を瞑る。


「春輝さんのことが好き、です」


 そして、再び目を開きながらハッキリとそう口にした。


 二人の間に流れる、一瞬の沈黙。


「……まぁ、知っているけれど」

「で、ですよね……!」


 それを破って苦笑すると、伊織も似たような表情となった。

 流石の伊織も、そこを隠せているとは思っていなかったらしい。


 特に最近は露骨に貫奈に対抗するような態度も見せているのだし、当然と言えよう。


「でも……桃井さんには、こうして直接言っておきたくて」


 そう言いながら、伊織は笑みを微苦笑に少し変化させる。


(……そういえば、何かきっかけでもあったのかしら?)


 そんな顔を見て、ふと思った。

 一年以上も控えめだった伊織を積極的にさせる何かが、最近あったということか。


(あら……? 考えてみれば、時期的には……)


 一つ、気になる点に気付く。


「えと、それともう一つありまして」


 伊織が、再び表情を引き締めた。


「すみません」


 かと思えば、再びの謝罪。


「何のこと……?」


 心当たりが全くなくて、貫奈は眉根を寄せる。


「あの日……私たち、見てたんです」


 けれど、その断片的な情報だけでピンと来た。

 先程気付いた点と繋がったから。


「桃井さんの告白と、その結果を」


 果たして、伊織が口にしたのは予想した通りの内容だった。


 ゆえに、さしたる驚きもない。


「まぁあの日はずっと私たちの様子を監視していたみたいだし、最後だけ見ていないというのも不自然だものね」

「う……そ、そうなんです。すみません」


 苦笑気味に言うと、伊織が再び頭を下げる。


「別に、気にしてないわよ。逆の立場だったら、私も気になっていたでしょうし」


 軽い調子で、再び手を振る貫奈。


「それにね」


 口元に、小さく微笑みを浮かべた。


「貴女たちには、むしろ感謝しているの」

「えっ……?」


 貫奈の言葉がよほど意外だったのか、伊織はポカンとした表情を浮かべている。


「私は、正直」


 目を細め、脳裏に思い描くのはここ十年間の日々。


「現状に、満足している部分もあったから」


 それは、安寧と……ある種の妥協によって、構築されていたものだった


「春輝先輩の傍にいられれば、それでいいんじゃないかって。いつの間にか、そんな風に考えるようになってた」


 告白の機会を逃した後悔さえ、日々の中で薄れていた。


「もしかしたら……貴女たちが現れなければ、あのままお婆ちゃんになっちゃっていたかもね」


 割と本気でその可能性は高かったような気がする。


「だから……こんなことを言われても、きっと貴女は困るでしょうけれど」


 微笑んで、伊織を見つめる。


「ありがとう。私の、十年も積み重なってしまった片思いを終わらせるのに……背中を押してくれて」


 本当に自己満足の言葉でしかないが、伝えておきたかった。


「……いえ」


 思ったより動揺も見られず、伊織はゆっくりと首を横に振る。


「それを言うなら、私だって。桃井さんの告白を見て……桃井さんの強さを見て。正直、最初は落ち込みました。桃井さんに比べて私は、って」


 言葉がまとまっていないのか、少し散漫な話し方。


「それでも」


 ただ、表情に迷いはない。


「私の気持ちだって、負けてないって……負けられないって、そう思って」


 二人の視線が、真っ直ぐに交錯し合う。


「背中を、押されたんです。だから……」


 そう言いながら、少し恥ずかしそうに伊織は微笑んだ。


「ありがとうございます」


 先程と逆の構図。


「なら、お互い様ということね」

「そうですね」


 お互い、微笑み合う。


「そうだ」


 そこでふと、貫奈の頭に閃いたことがあった。


「せっかくだし、このままホントにパジャマパーティーと洒落込まない?」

「え……? えぇっ!?」


 伊織の顔が、驚きに満ちる。


「いいじゃない。ライバル同士、情報交換しましょうよ」

「え? え? でも……」

「先輩の家での様子を教えてもらう代わりに、私が先輩の昔のエピソードについて教えてあげる。どう?」

「っ……!」


 戸惑いに満ちていた伊織の表情が、貫奈の言葉を受けて覚悟が決まったようなものとなった。


「そ、そういうことでしたら是非とも……!」


 そして、ゴクリと喉を鳴らした後に頷く。


 人見家での夜は、まだ長そうだ。



 ◆   ◆   ◆



 翌朝。


「おはよう、桃……じゃない、貫奈。よく眠れたか?」


 リビングに顔を出した貫奈に尋ねるが。


「ふぁい、おかげさまで……ふぁ……」


 言葉とは裏腹に、返事はあくび混じりのものだった。


「よく眠れた奴の顔には見えないが……」

「いえ、ホントにお気になさらず……ふぁ」


 そう返しながらも、貫奈は眠そうに目を擦っている。


「ふぁ……おふぁようございましゅ……」


 とそこで、やはりあくび混じりの伊織が顔を出した。


「おはよう。伊織ちゃんも寝不足なの……? 珍しいね」


 普段の、朝から快活な姿を見せる彼女からは程遠い。


「えぇ、まぁ、ちょっと」


 と、なぜか伊織は貫奈へと視線を送った。


「ね?」


 貫奈も、視線を返してどこかイタズラっぽく笑う。


「……? 二人共、何かあったのか……?」


 何かしらの意思が交換されたように思えて、春輝は疑問符を浮かべた。


「ふふっ……先輩には秘密よね、伊織ちゃん」

「そうですね、貫奈さん」


 微笑み合う二人。


(んんっ……? この二人、いつの間にこんな仲良くなったんだ……?)


 そんな姿が、ますます春輝を困惑させるのだった。






―――――――――――――――――――――

次回更新も1回分スキップし、次の日曜とさせてください。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る