SS41 長い夜

 各々の想いが渦巻く夕食も終えて、しばらく。


「ふぅ……ありがとうございます、お風呂いただきました」


 タオル片手に汗を拭きながら、貫奈がリビングにやってきた。


「おぅ」


 春輝は、言葉少なにそれを迎える。


「すみません、先輩の寝間着までお借りしちゃって」

「いや……まぁ、気にすんな」


 今度も、短い返答。


 ちなみに、なぜこうなったのかと言えば──



   ◆   ◆   ◆



「春輝のシャツとかー、貫奈ちゃんに貸してあげてねー?」

「えっ……? なんでわざわざ……女物の方が良いだろ……?」

「私のでも伊織ちゃんのでもー、貫奈ちゃんにはちょっとサイズが小さいのよねー」

「あぁ、なるほど……」

「んふふー、そうなのよー。だからこれはー、仕方ないことなのよー」

「……まぁ、そうだな」



   ◆   ◆   ◆



 母との間に、そんなやり取りがあったためである。


 妙にニマニマと笑っている母について思うところがなかったと言えば嘘になるが、とはいえサイズ的に春輝のものが最も適しているのも事実だ。


 そんなことを思い出している春輝に対して。


「……先輩? さっきから、なぜ目を逸らしているんですか?」


 貫奈は、どこかイタズラっぽく笑う。


「それはその……」


 一瞬、言い訳を考えたものの。


「……風呂上がりのお前が俺の服を着てウチにいる、って状況は流石に色々と……な」


 結局、素直に心情を吐露することにした。


 なんとなく、そんな内心も見抜かれているだろうと思ったから。


「私のこと、女性としてちゃんと意識いただいているようで安心しました」

「……一応言っとくけど、そういう意味じゃ昔っからずっと意識はしてるからな?」

「あら、そんな風には思えませんでしたけど……特に、高校を卒業してからは」

「や、逆にだな。付き合いの長い友達からそんな風に見られてるってわかったらなんか嫌だろ?」

「私は普通に、そう見られたかったですけどねー」

「ぐむぅ……スマン」

「ふふっ、冗談ですよ」


 頭を下げる春輝に、貫奈はクスリと笑った。


「にしても……同棲と聞いた時は色々と想像してしまいましたけど、思ったより穏やかというか何事もない感じなんですね」

「当たり前だろ……同棲じゃなくて同居だし。つーか、何を想像してたんだよ?」

「姉妹を、毎日寝室に呼んで取っ替え引っ替えとか?」

「俺を何だと思ってんだ……」

「冗談ですって」


 貫奈が、またおかしそうに微笑む。


「まぁ、明日もあるしそろそろ寝ようぜ」

「そうですね」


 春輝は自室へ、貫奈は既に案内済みの客間へと向かうためリビングを出る。


「そんじゃ、おやす……」


 み、という春輝の言葉を被さるようにして。


「ロカ姉、ここから先は行かせるわけにはいかない……!」

「はーん? 何想像しちゃってんのかにゃー? 別に、十八禁なアレコレをしようとしてるわけじゃないんですけどー?」

「今日は、十八禁警察としてじゃなくわたし個人として言っている……!」

「ていうか、十八禁警察とやらとしての発言はアンタの個人的なのじゃなかったんだ……」

「ハル兄の部屋に入るのは、このわたし……!」

「こっからは大人の時間なんだから、お子様はもう寝なさいって」


 春輝の部屋の前で、露華と白亜がそんなやり取りを交わしていた。


「………………先輩?」


 引き続き、貫奈は笑顔である。


「先程おっしゃっていたことと、矛盾する光景に思われますが?」


 だが、先程までと全く印象が異なるのはなぜなんだろうか。


「や、ちょ、誤解だ!? 別に、日々こんなことやってるわけじゃないからな!?」


 慌てて春輝は首と手を横に振った。


「いや、ていうか二人共何やってんの!?」

「やー、まー……ちょっとね?」

「ハル兄の部屋への侵入を試みてた」

「めっちゃ素直に白状するじゃん……」


 愛想笑いを浮かべていた露華が、白亜の言葉にスンッと真顔となる。


「あー……一応春輝クンの名誉のために言っときますけど、ホントにいつもこんなことしてるわけじゃないんで。今日は、流石の強さにちょーっと焦りを覚えた結果と言いますか?」

「初犯です」

「……あっ、でもウチは二回目か」

「んんっ!? 露華ちゃん……!?」

「ロカ姉、聞き捨てならない。一回目はいつ……? いや、それよりそういうことなら尚更今日はわたしに譲るべき」

「あん時はお姉とセットだったし、実質ノーカンっしょ」

「露華ちゃん!?」


 次々と暴露されていく事実に、春輝の顔は完全に引きつっていた。


「先輩?」


 そんな春輝の隣で、貫奈は妙に優しい声で呼びかけてくる。


「夜はまだ長いですし……ゆーっくりお話聞かせていただけます、よね?」


 やはり、その笑顔から放たれる『圧』から逃れる術を春輝は知らないのだった。






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また、次回更新は1回分スキップして次の日曜とさせてください。

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