SS40 人見家の食卓にて

 貫奈の人見家宿泊が決定し、一同は場をダイニングへと移していた。


「はいっ、桃井さん」

「ありがとう、小桜さん」


 伊織の手から、カレーの盛られた皿を受け取る。


「ごめんなさいね、ご相伴にまで預かっちゃって」


 勢いで宿泊を決めたものの、急に食事の人数が増えるのは迷惑だろうと今更ながらに反省する貫奈。


「いえ、全然大丈夫です! ちょうど今日はカレーなので、沢山作ってありますし!」


 とはいえ、言葉通り伊織に気にした様子は全くなかった。

 笑顔で、張り切ったようにむんっと拳を握っている。


「……ちなみに、食事の用意はいつも小桜さんが?」

「あっ、はい、基本的には。お義母様に手伝ってもらうこともありますけど」

「そう……」


 他意のなさそうな伊織の返答に、貫奈は口元に少し力を込める。


(胃袋は攻略済み、ということね……)


 危うく、苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべてしまいそうになったためである。


「それじゃ」


 春輝の声に合わせて、一同手を合わせる。


『いただきます』


 続いて、声も揃えた。


 貫奈もそれに倣った後、スプーンを手にする。


「んっ……凄く美味しいわ、小桜さん」


 一口食べて、本心からそんな感想を述べた。


「お口に合ったのなら良かったです」


 伊織は、嬉しそうにニコニコと笑っている。


「最近はお義母様にも教えていただいてまして、今日のカレーも人見家スタイルの味付けにしてみたんですよ」

「伊織ちゃんはー、覚えが良くて教え甲斐があるわー」

「いえ、そんな……恐縮です」


 やはり、他意はなさそうに笑う伊織だが。


(あれ……? 私、これもしかして煽られてるの……?)


 貫奈は、内心でそんな疑惑を覚えていた。


 けれど、すぐに小さく首を横に振る。


(いえ、小桜さんはそういうのが出来る子じゃないし……天然でしょうね。まぁ、その方が余計厄介な気もするけれど……)


 思わず苦笑が漏れかけた。


「春輝クン、福神漬け取ってー」

「あいよ。白亜ちゃんも使うかな?」

「ん、ありがと」

「この福神漬けもー、伊織ちゃんの手作りなのよー」

「へぇ、そうなんだ? 流石だね、伊織ちゃん」

「いえ、実は結構簡単に出来ちゃいますので」

「それじゃ、俺もいただこうかな」

「どう……ですかね? 春輝さん」

「うん、美味いよ!」

「なら良かったです」


 目の前では、そんなやり取りが交わされる。


(もう結構長いみたいだし、当たり前なんだろうけど……完全に、馴染んでるのね)


 初めて見る貫奈も、それが『いつもの光景』であることが容易に理解出来た。


(艶っぽさはないようだけれど……逆にそれが同棲に慣れたカップルっぽいと見るべきか、兄妹っぽいと見るべきか……少なくとも先輩の認識としては後者なんだろうけど、たぶん彼女たちは違うわよね……)


 食事を進めながら、同時にそんな分析も進めていく。


(あと、気になるのは……)


 チラリ、と視線を向ける先は談笑する春輝と伊織。


「……やっぱり、小桜さんともお互い名前呼びなんですね」


 流石にもうそこを隠す気はないようで、先程から自然にそう呼び合っている。


「はい、えと……はい」

「まぁ、同じ家に住んでるのに苗字呼びってのも他人行儀だしさ」


 少し頬を赤くした伊織がおずおずと頷き、春輝が苦笑気味に頬を掻いた。


「ウチらとの区別も付きませんしねー」

「妥当な帰結、です」


 露華が肩をすくめて、白亜がしたり顔で頷く。


「まぁ……名前呼びしていること自体は、前々からわかってたことですけど」

「えっ……!?」


 貫奈の言葉に、伊織は大きく目を見開いた。

 どうやら想定外だったらしい。


「逆に、あれだけ漏れ出ていたのに隠せていると思っていたのが驚きだわ……」

「そ、そんなに漏れ出てましたか……?」

「ははっ……」


 伊織は驚いている様子だが、春輝は苦笑を深めるのみ。


(まぁこれに関しては……実は二人が密かに付き合っているって可能性が一番高いと考えていたから、朗報と言えるんでしょうね)


 そう思いつつも、モヤッとした気持ちが生まれるのまでは抑えられない。


「……他人行儀、という意味では」


 そんな想いが、再び貫奈の口を開かせた。


「十年の付き合いになるというのに、お互い苗字呼びというのもなかなか他人行儀だとは思いませんか?」


 随分と露骨な物言いになってしまったこともあり、頬が少し熱を持っていくのを自覚する。


「あー……まぁ、そうかもな」


 春輝の表情が、今度は微苦笑に変化した。


 以前の春輝であれば、こう言ったところで響くことはなかったはずだ。

 やはり、例の『告白』が影響しているのだろう。


 春輝なりに、距離感を気遣ってくれているというところか。


「とはいえ、会社じゃ今まで通りで頼むぜ?」

「もちろん、オフの時だけで構いません」


 その辺りは、貫奈も当然心得ている。


「そんじゃ、ま……なんか、改めて言うのも照れるな……」

「そこはビシッと言ってやってくださいよ」

「わかったよ……その……」


 一瞬の躊躇を見せた後。


「貫奈」


 春輝は、照れ気味ながらも真っ直ぐ貫奈の目を見てそう呼んだ。


「はい」


 気恥ずかしさと嬉しさが、胸に同居する中。


「春輝先輩」


 貫奈は、微笑んでそう返した。



   ◆   ◆   ◆


 そんな光景を。


「やっぱ強ぇわこの人……!」

「まさかの、アウェーでこんなアドを取ってくるとは思わなかった……」


 露華と白亜は、ヒソヒソと会話を交わしながら驚愕と共に眺めるのだった。



   ◆   ◆   ◆


 一方で。


「もうちょーっと早くこうしてれば、色々変わってたかもなのにねー」


 母の小さな小さな呟きは、誰の耳にも届かない。



   ◆   ◆   ◆



 そして。


(名前を呼び捨て……! 一気に距離が縮まった感じになっちゃった……! ……ていうか、いいなー。私も、春輝さんに………………あれ? なんでだろう、春輝さんが私を呼び捨てする声が鮮明に……? どうして、『自業自得』って言葉が頭の中に乱舞しているの……!?)


 伊織は、頭の中に浮かんでくる謎の記憶と戦っていた。







―――――――――――――――――――――

新作の『幼馴染をフッたら180度キャラがズレた』が、明日11/20(金)にファンタジア文庫より発売されます。

https://fantasiabunko.jp/special/202011charazure/


内気で引っ込み思案な幼馴染からの告白を断ってから、3年。

再会した幼馴染はなぜか正反対な性格になっていて、「今度こそは、私に惚れさせてみせますからねっ?」なんて言い放ち……!?

ってな感じの、両片思いのハイテンションラブコメでございます。

楽しんでいただけるものに仕上げたつもりですので、こちらもどうぞよろしくお願い致します。

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