SS39 二度目の
「あっ……」
ガチャリと玄関の扉が開く音を聞きつけて、伊織は顔を上げる。
そして、足早に玄関へと向かった。
いつものルーティン。
(なんか……私、ご主人さまを出迎えるワンちゃんみたいだな)
ふとそんなことを思って、クスリと一人笑う。
実際、足元ではハルも一緒に玄関に向けて駆けていた。
妹たちも集まってきて、玄関で合流。
『おかえりなさ……』
声を揃えて、言いかけて。
『い?』
語尾は、これまた揃って疑問形になった。
なぜならば。
「……本当に、いるんですね」
そこには春輝だけでなく、苦笑を浮かべる貫奈の姿もあったからだ。
「……えっ?」
途端に、伊織の頭は混乱していく。
「ちっ……違うんです!」
とりあえずそう叫ぶのは、もはや癖のようなものだった。
「これはあの、春輝さ、じゃない、人見さんのお宅じゃなくて、でもなくて、えーとえーと……!」
混乱する頭で言い訳を捻り出そうとするも、何も思い浮かばない。
「あー……ごめん。先に連絡しとくべきだったな。俺もまだちょっとテンパってたみたいだ」
そんな中、春輝が苦笑しながら頬を掻いた。
「いいんだよ、伊織ちゃん」
その表情のまま。
「もう、
「……へ?」
告げられた抽象的な言葉は、何のことなのか伊織の脳内では処理しきれない。
そんな中。
「あらー、やっぱりこうなったのねー」
顔を覗かせた母が、呑気な声でそう言った。
◆ ◆ ◆
会社にて、貫奈に『現状』を説明した春輝。
だが俄には信じがたい状況であるのに加えて、小桜家の事情までは自分の口からは話せないということで、こうして立証がてら貫奈を自宅に招いた次第である。
そして。
「だからその、春輝さんは本当に私たちのために凄くご尽力いただきまして! 私たち、凄く凄く感謝してるんです!」
「……なるほど、そういうこと」
伊織の口から彼女たちの家のことも聞いて、貫奈は小さく頷いた。
「つまり」
やや鋭くなった目が、伊織を射抜く。
「やましいことは、何もないということね?」
「はい!」
問いかけに対して、力強く言い切る伊織。
「……あっ、いえ、その」
かと思えば、なぜか少し恥ずかしそうに俯いて。
「そんなには、ありません!」
顔を上げた後に、再び力強く言い放った
(おぉい!? なんでわざわざ言い直したんだよ!?)
おかげで、めちゃくちゃ『ある』感じになってしまっている。
(まぁ、俺も母さん相手に断言は出来なかったんだけども……!)
とはいえ、若干気持ちはわからないでもない春輝だった。
「……ほーぅ?」
キラン、と貫奈のメガネが冷たく輝いた……気がする。
「えと、ベッドを共にしたりとかそれくらいで!」
「ほーぅ?」
(いや間違ってはないけど言い方ぁ! 一緒にベッドの上に乗っただけぇ!)
「やー、ホントにウチらそういう感じじゃないんで。ちょっと一緒にお風呂したくらい? みたいな? いやぁ、あれは恥ずかしかったなー」
「ほーぅ?」
(それは君が勝手に突っ込んできて勝手に自爆しただけだろ!? ていうかなんでちょっと得意げなんだよ!?)
「あとは……猫耳でお出迎えしたり、です」
「ほーぅ?」
(白亜ちゃんに関してはそれ何の報告なの!?)
逐次ツッコミを入れたいところだったが、下手に否定すると余計に怪しく思えてしまうような気がして春輝としては何も言えなかった。
「ほーーーーーーーーーーぅ?」
貫奈が、妙にゆっくりとした仕草で春輝の方を振り返ってくる。
「随分と……楽しそうな同棲生活を送られてきたようですね?」
ニコリと笑って……いるようだが、メガネに光が反射してその目を窺い見ることは出来なかった。
「そうねー、いつも賑やかで楽しいわよー」
とそこで、母がまたのんびりとそんな感想を述べる。
「な、なるほど、そうなんですね……」
これには、貫奈も多少毒気を抜かれた様子だった。
(サンキュー母さん、ナイスアシスト! このままどうにか誤魔化す方向で頼む!)
心中で礼を言いながら、母へと視線を送る。
「……あー、そうねー」
視線に込めた意思が伝わったのか、母がコクンと頷いた。
「せっかくだしー、今日は貫奈ちゃんもウチに泊まってくー?」
「いやなんでだよ!?」
全く意思が伝わっていなかったようで、思わずツッコミを入れてしまう。
「えー? 実際に見てもらった方が早いかなーって思ってー」
「んぐっ……!」
下手に正論とも取れるだけに、なかなか反論がしづらいところだった。
「や、つーか、桃井も困るだろ? こんな急に泊まりとかさ……なぁ?」
なんとなく嫌な予感はしつつも、他に方法も思いつかず貫奈へと水を向ける。
「そうですね……」
貫奈は思案するように顎に指を当てるが、それも数秒のこと。
「せっかくなので、泊まらせていただきましょうか」
ニコリと、笑顔で頷く。
「何も問題……ないですよね?」
「あ、はい……」
その笑みから放たれる『圧』に抗う術を、春輝は持っていなかった。
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