SS38 事件は会議室で起こっている

「先輩、今日この後空いていますか?」


 ある日の定時過ぎ、春輝は貫奈にそう話しかけられた。


「んあ? まぁ空いてるけど……また、飲みか?」

「いえ、少しお話がありまして」


 春輝の問いに、貫奈は真剣な表情で首を横に振る。


「……どうした?」


 どうにもただならぬ雰囲気を感じ取って、春輝も表情を改めた。


「ここではちょっと……会議室を取ってあるので、そちらで」

「あぁ、うん、わかった」


 立ち上がって、貫奈に導かれるまま会議室へと移動する。


(わざわざ会議室まで取るとは……他の人には聞かれたくない話ってことか)


 心中でそう考えながら、気を引き締めた。


(ヤバいミスでもやらかしたか……? いや、桃井はその手のことは真っ先にエスカレーションするしな……となると、私生活に関する悩みとか……? 俺が相談に乗れることだったらいいんだけど……)


 様々なケースを想定し、心構えを整えておく。


「さて」


 会議室に二人で着席し。


「先輩、私に隠していることがありますよね?」


 貫奈は、そう切り出してきた。


(んんっ……? 隠し事? 俺の?)


 自分のこととは考えておらず、事前の想定が全て崩れ去る。


「そりゃまぁお互い大人なんだし、隠し事の一つや二つ……」

「今そういうのいいんで」


 とりあえず冗談めかして肩をすくめようとしたところ、ピシャリと遮られた。


「……はぁっ」


 貫奈は、重い溜め息を吐く。


「すみません、確かに回りくどかったですね」


 それから、小さく頭を下げた。


「最初に、証拠・・を提示します」


 そう言いながら、スマホを取り出す。


(証拠……?)


 まだ、何の情報も提示されてはいない。


 にも拘らず、春輝の胸にはなぜか猛烈に嫌な予感が湧き上がってきていた。


「昨日、ウチのタイムラインにこんな動画が流れてきまして」


 スッスッと、貫奈は軽快にスマホを操作していく。


「これ」


 向けられた画面を見てみると、動画再生画面のようだ。


 動画タイトルは、『ホワイトレディの生配信・3』。


(んんっ……!?)


 嫌な予感、大爆発。


 そんな中、貫奈が再生アイコンをタップする。


『はいどーもー、ホワイトレディでーす』


(んんんっ……!?)


 めちゃくちゃ見覚えのある部屋でめちゃくちゃ見覚えのある少女のマスク顔とめちゃくちゃ聞き覚えのある声が再生され、思わず叫びそうになってしまったのをギリギリで堪える。


「こ……この子が、どうかしたのかにゃっ?」


 どうにか平静を保って問いかけようとしたが、だいぶ保てていなかった。


「これ、白亜ちゃんですよね?」


 停止アイコンをタップしながら、貫奈は平坦な声で尋ねてくる。


「んんっ、どうだろうねぇ……!? 確かに似てるけど、似てるって程度じゃないかなぁ……!?」


 とりあえず、そう誤魔化しながら。


(……よく考えたら、別にここを否定する必要はないんじゃないか?)


 確かに、これは間違いなく白亜だ。

 そして、間違いなく人見家の白亜に割り当てられた部屋で撮影されたものだ。


 だが、人見家を訪問した際にも貫奈はそんなところまでは見ていない。


(十分、白を切れる!)


 春輝は、そう判断した。


「あー……そういや確かに? 白亜ちゃん、配信者みたいなことやるって言ってたかもなー? いや、たまたま会った時にそんな話になってな? 気になるようだったら、今度会った時に確かめておこうか?」

「……ほーぅ?」


 早口で言葉を並べる春輝に対して、返ってきた言葉はそれだけ。


 貫奈が春輝を見る目に宿る温度は、氷点下に達していた。

 その表情がまるで「逃げ切れるとでも?」とでも語っているように思えて、春輝は思わずゴクリと息を呑む。


 そんな春輝から目を離すことなく、貫奈は無言で再び再生アイコンをタップした。


『はい、こんにちは。チャンネルも登録ありがとう。えー……』


 そんな白亜の言葉と共に、コメントが流れていく。


『この配信にゲスト制度はありません。今回は、ピーッの人も馬の人も……』


 そして。


『白亜ちゃーん? いるかなー?』

「ぶっふぉっ!?」


 めちゃくちゃ言った覚えのある台詞が再生されたところで、春輝は思わず噴き出してしまった。


(あの時、動画配信中だったのか!? しまった……!)


 迂闊にノックしてしまった自分を呪うも、時既に遅し。


「この声、先輩ですよね?」


 また停止アイコンをタップしながら、貫奈が静かに尋ねくてる。


「い、い、いや、そりゃ勘違いってやつだろ。そんなに俺の声に似てるかなー?」

「この後、白亜ちゃんが声の人に対して『ハル兄』と呼んでいるのですが?」

「そ、そうなのかー。白亜ちゃん、俺以外にも『ハル兄』って呼んでる人がいるんだなぁ。ははっ」


 最後は笑ったつもりだったが、口元がヒクと動いた程度だった。


「ほーぅ?」


 再び、貫奈はそう返すのみ。


 春輝の心臓は、痛い程にバクバク脈打っている。


「それでは続きまして、こちらをご覧ください」


 スッスと、貫奈はスマホを操作し。


「同じ、白亜ちゃんのチャンネルの動画で……余談ですが、一番再生されているのがこれのようですね」


 再生アイコンを、タップした。


『それでは、これよりハルの成果発表会を開催します』

『おー!』

『ぱちぱちぱちー』


 これもまた、めちゃくちゃ聞き覚えのあるくだりである。


(しまった、これもあったか……!)


 ここまで再生された時点で、既に貫奈の意図は十分に察せられる。


「これ、ハルちゃんで……撮影場所、先輩のお宅のリビングですよね?」


 果たして、その質問は想定した通りのものだった。


 ゆえに。


(まだ……誤魔化せる!)


 一瞬だけ先に心構えが出来ていた分、春輝の目はまだ死んでいない。


「あぁ、うん、そうだよ。ほら、ハルって白亜ちゃんにも懐いてるだろ? だから、たまーに白亜ちゃんがウチに遊びにくることがあってさ。この時は、確かアレだな。お姉さんたちも付いてきたんだ」


 早口で、言い切った。


「先輩のお宅にお邪魔した時の、ブラ」


 春輝の言い訳を聞いているのかいないのか、続いた貫奈の言葉に春輝の頬がギクリと強張る。


「今にして思えば、ちょうど小桜さんくらいのサイズでしたね?」

「へ、へぇ! そうなんだ! たまたま俺が持ってたやつと同じくらいだなんて、偶然だな! つーか桃井、そういう情報を漏らすのは良くないぞ! 小桜さんが可哀そうじゃないか、セクハラだぞ!」


 どうにか別の話に持っていけないか画策してみた。


「………………」


 だが、貫奈は乗ってこない。


 それどころか、なぜか口を閉ざし黙すのみ。


「………………」


 春輝も自分から下手なことを言うわけにもいかず、両者の間に重い沈黙が満ちる。


『おt『ピーッ』!』

『ぶっふぉ!?』


 再生しっぱなしの動画の音声だけが、どこか空々しく室内に響いていた。


「……ふぅ」


 沈黙を破ったのは、貫奈の溜め息。


「先輩」


 動画の停止アイコンをタップしながら、ふっと笑う。


「いい加減、引導を渡してやってください」


 けれど、それは決して明るいものではなくて。


「先輩と小桜さんはお互いの家に頻繁に宿泊するような間柄、ということなんでしょう?」


 今にも泣き出す直前のような、儚い笑みだった。


(そ、そういう解釈になるのか……!)


 確かに、普通『一緒に住んでいる』という発想にはなるまい。


 最初の動画の中で、春輝は『お風呂掃除当番』と発言している。

 これは小桜家の白亜自室で撮影されたものであり、宿泊中の春輝の声が入り込んだ。

 掃除当番にまで言及するとなると、相当頻繁に出入りしていると見做すのが妥当だろう。


 また、伊織がいかにうっかり屋とはいえ流石にそうそうブラを置き忘れるとも思えない。

 それだけ頻繁に人見家に宿泊している証左か。


 恐らく、貫奈の中ではそのような推測が行われたのだろう。


「それがきっかけで、妹さんたちも先輩のお宅に出入りするようになった……といったところですか」


 己の出した結論を、貫奈は少しも疑っている様子はなかった。


(これは……桃井のためにも、伊織ちゃんの名誉のためにも)


 春輝は、グッと拳を握る。


「桃井」


 今までとは一転して、落ち着いた声で呼びかけた。


「今から言うことは……信じがたいこともあるかもしれないけど」


 既に、腹は決めている。


「嘘や誤魔化しは一切無しの、全部真実だ」


 そして、話し始めた。






―――――――――――――――――――――

次回更新は1回分スキップし、次の日曜とさせてください。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る