SS36 家族 or ?

 結局なんだかんだとオタク的デートを楽しんで、もうすっかり夜の帳も降りた頃。


「わぁっ……!」


 席に案内された白亜は、華やいだ声を上げた。


 ホテルの最上階、窓際の席である。


「夜景の見えるレストランでディナー……ベタだけど、どうかな?」

「うん、凄く素敵っ!」


 これは琴線に触れたのか、白亜はキラキラとした目で頷いた。


「あっ、でも……」


 一瞬の後、それが申し訳無さそうに曇る。


「ここまでしてもらうつもりはなかったっていうか……こんな、高級そうなとこ……」

「ははっ、そんなこと気にすんなって」


 この反応もまた想定通りで、春輝は軽く笑い飛ばしてみせた。


「白状するとさ。実はここ、そこまで高いってわけでもないんだよ。ロケーション重視で、食事内容は程々っていうか?」

「そう、なの……?」

「うん、だから申し訳なく思ったり遠慮したりなんてしないで大丈夫」

「ん……わかった」


 これは、半分嘘である。


 実際、この手の店としてはリーズナブルな部類ではあった。

 とはいえ、間違っても安いと言えない。


 春輝としても本日のデートコース、白亜が本来望んでいたものとは異なることは承知していた。

 ゆえに、最後くらいは頑張らせていただいた次第である。


「白亜ちゃん、コースでいいかな?」

「あっ、うん。よくわからないから、お任せで」

「オッケー」


 と、そこでちょうど店員さんが通りがかったので声をかけた。


「このコースで……ワインは、これ。あと、彼女にはノンアルコールカクテルを……白亜ちゃん、アレルギーとか嫌いな味とかある?」

「ん、特には」

「わかった。じゃあ、コースに合うオススメで何か選んでもらっていいですか?」


 と、注文を通す春輝に対して。


「おぉ……!」


 白亜の、キラキラとした目が向けられていた。


「スマートな注文……今のは、とっても大人のデートっぽかった……!」


 店員さんが立ち去ったところで、そんなコメントを口にする。


「ははっ、これくらいは普通だよ」


 軽く笑う春輝ではあるが、ここも少し見栄を張っていた。

 あらかじめ『予習』していたがゆえに、スムーズにこなせた形である。


 その後は、しばらく雑談しているうちにドリンクが運ばれてきて。


「それじゃ……乾杯」

「ん、乾杯」


 少し頬を紅潮させた白亜と、グラスを軽く持ち上げ合った。



   ◆   ◆   ◆



「これも、凄く美味しい……!」


 新たな料理が運ばれてくる度、白亜は同じ言葉を繰り返す。


(なんか……もっと、ちゃんと食レポみたいなの言えたらいいんだけど)


 内心ではそう思ってはいるものの、残念ながらこの味を適切に表現出来そうな語彙力を有していないことは自覚していた。


「それは良かった」


 単調な白亜の感想にも、春輝はいちいち微笑んで頷いてくれる。


 そんな春輝を見るにつけ……胸に湧いてくるのは、恥ずかしさと申し訳無さだった。


 そもそもの発端が、自分の子供じみたわがままであると白亜は自認している。

 にも拘らず春輝は、こうして全力で応えてくれた。


 今日のデートコースが考え抜かれたものであることくらい、白亜にだってわかる。

 きっと、白亜のことを想って一生懸命に考えてくれたんだろう。


 そう思うと、温かい気持ちになれて……同時に。


「……ねぇ、ハル兄」


 少し、胸がざわついた。


「ハル兄は……どうして、ここまでしてくれるの?」


 そう、問いかけずにはいられないくらいに。


「なんでってそりゃ、白亜ちゃんのことをちゃんと大人だと思ってるから……」

「ん、その件はもう許したから大丈夫。」


 微苦笑から出てくる建前を遮る。


「ハル兄の、本音を話して」

「本音、っつってもなぁ……」


 真っ直ぐ見つめると、春輝は困ったように笑った。


「うーん……あえて言葉にするなら……」


 言葉を探すように、左右に一度ずつ視線を彷徨わせる春輝。


「家族サービス、なのかな?」


 そして、そう言いながら笑う。


「今にして思えば、父さんは仕事も忙しい中で俺を色んなとこに連れてってくれたよなぁ……なんつーか、俺もまだまだだよね」


 懐かしそうに言いながら、それをまた微苦笑に変化させた。


「わたしは……」


 白亜は、半ば以上反射的に口を開いて。


 家族じゃ嫌。


 喉元まで出かけた言葉を、ギリギリで飲み込んだ。

 春輝が家族だと思ってくれていること自体は、心から嬉しく思っているのだから。


 家族じゃ嫌だなんて、口が裂けても言えない。


 それでも。


(家族……だけじゃ、嫌)


 そう思ってしまっている自分の気持ちにまでは、嘘はつけなかった。


「ん? どうかした?」


 途中で言葉を止めたからだろう、春輝が小さく首を傾ける。


「わたし、は……」


 どう続けるのか、迷ったのは一瞬。


「わたしばっかり、ズルいなって思って。今度は、イオ姉とロカ姉も一緒に来たい」


 笑みも言葉も、取り繕ったものだった。


「流石、お姉さん思いだね。そうだな、今度はみんなで来よう」


 そんな白亜を見る春輝は、微笑ましげな表情だ。


 それがまた、白亜の胸をざわつかせる。


(イオ姉やロカ姉が相手だったら……きっと、もっと違った風に反応するんだろうな)


 これは、今日一日通して思っていたこと。


 白亜が想像していた形とは少し違ったけれど、なるほど今日は『大人のデート』だったのだと白亜も理解している。


 そして、春輝は終始『大人』として白亜をリードしてくれた。


 それ自体はとても嬉しくて、ドキドキもしたのだけれど。


 同時に、実感する。

 やっぱり、春輝にとって自分は『子供』でしかないんだと。


 それは当たり前のことなんだろうけれど、当たり前であるがゆえに胸が締め付けられて。


「うん、次はみんなで」


 そんな気持ちを押し込めて、どうにか笑顔で返した。


 こうして。

 白亜にとって、初めての『大人のデート』……というか、初めての『デート』。


 それは、楽しくて、嬉しくて、ドキドキして……それから。


 ほんの少しだけ苦い気持ちと共に、思い出として胸に刻まれたのだった。

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