SS35 大人のデート
「ごめんハル兄、待たせちゃった?」
「いや、俺も今来たところだよ」
駅前に存在する謎のオブジェの前で、春輝は白亜とそんな会話を交わす。
本日、日曜日。
白亜との『大人のデート』当日である。
ちなみに、一緒に家を出るのではなくわざわざ別々に出て待ち合わせたのは春輝からの提案だ。
──いいですか? ポイントは、大人『っぽさ』、デート『っぽさ』です
という、貫奈からのアドバイスを受けた結果である。
「今のは、一度やってみたかったやり取り」
実際、白亜はムフーと満足げな表情だった。
まず、スタートは及第点といったところだろう。
「それで、今日はどこに行くの?」
と、白亜が見上げてくる。
「あぁ、まずは……」
答えながら、春輝は進行方向を指した。
◆ ◆ ◆
そうして、場所を移して。
「おぉ……美術館デート、確かに大人っぽいかも」
美術館の前で、白亜は期待に満ちた目を軽く見開いていた。
「それじゃ、入ろっか」
「んっ」
それを微笑ましく見ながら、春輝が先導して入館する。
そして、しばらく。
「なるほど、この絵は……なんか、こう……なるほど……?」
順路の通りに絵を眺めながら、白亜は眉根を寄せていた。
何やら小難しげな表情で頷いているが、頭の上に疑問符が飛んでいるのが幻視される。
(まぁ、わかんねーよな……ぶっちゃけ、俺だってイマイチが何がどう良いのかわかってないし)
傍らを歩きながら、春輝は密かに苦笑した。
「あっ、特別展示室だってさ白亜ちゃん。ちょっと行ってみない?」
「ん……」
ややテンション下がり気味に見える白亜を、さりげなく誘導する。
「あっ……!」
特別展示室での展示内容を確認した瞬間、白亜の表情がパッと輝いた。
「ハル兄、『キスマホ』原画展だって……!」
小声ではあったが、見上げてくる頬は少し紅潮しており興奮している様が見て取れる。
「ホントだ、良いタイミングだったね」
春輝は、微笑んでそう返した。
なお、『キスマホ』とは『キスから始める魔法少女』という漫画原作アニメの略称である。
白亜が好きだと公言している作品の一つでもあった。
「白亜ちゃん、原作も好きって言ってたもんね」
「うん、連載でずっと追ってる……!」
そう言いながらも、白亜は小走りで展示室に足を踏み入れる。
「ふわぁ……!」
そして、本日最大の目の輝きを見せた。
「わわっ……! このシーン、原画で見るとこんな感じなんだ……! 凄い書き込み量……!」
吸い寄せられるように展示の前まで行って、ジィッと見つめる。
「ねぇハル兄、見て? これ、凄くない?」
「だねー。俺も原画って初めて見たけど、やっぱ印刷されたのとは全然印象が違うんだなぁ」
原画から目を離さないまま手招きする白亜の隣に立って、そう返しながら。
(まずは順調な滑り出し、でいいかな?)
密かに、ホッと胸を撫で下ろしていた。
◆ ◆ ◆
「あのホワイトとブラックが向き合うシーン、雑誌で読んだ時よりずっと迫力があってビックリした」
「そうだねぇ、つーか全体的にめっちゃ綺麗だったね」
「うんうんっ」
美術館……というか特別展示室を後にしてからしばらく、白亜は未だ興奮冷めやらぬ様子で熱く語っていた。
それだけ作品のことが好きなんだろうな、というのが察せられる。
「あとあと……!」
と、そんな中。
くぅぅぅぅっ、という音が鳴った。
「あぅ……」
音の発生源、自分のお腹を押さえて白亜は頬を赤くする。
「イオ姉みたいな失態を演じてしまった……」
「ははっ……それ、伊織ちゃん本人には言わないようにね……?」
苦笑する春輝であったが、実績があるだけに否定することは出来なかった。
「それじゃ、そろそろお昼にしようか」
「……うん」
春輝の提案に、白亜は未だ恥ずかしそうにしながらもコクンと頷く。
「そうだな……あそこのカフェとか、どう?」
「うん、いいと思う」
少し先のカフェを指しながら言う春輝に、再びコクン。
白亜の同意も得たところで、そちらに向かった。
「オシャレなカフェ……大人のデート的」
先程の恥ずかしさも薄れてきたのは、白亜の表情はワクワクとしたものに変わっている。
「……あれっ?」
それが、店内に足を踏み入れた途端に不思議そうな様子に変化した。
「これ……『福岡阿修羅ブ・ストーリー』の?」
恐らく、アニメ調で描かれたキャラの等身大パネルに出迎えられたためだろう。
「いらっしゃいませぇ! お二人様ですね? こちらへどうぞっ」
とそこで、笑顔の女性店員さんが席へと案内してくれる。
「ただいま当店、『福岡阿修羅ブ・ストーリー』という作品とのコラボを行っております。よろしければ、こちらのメニューもどうぞ」
通常メニューとは別にもう一枚メニューを置いて、店員さんは去っていった。
「各キャラをイメージしたメニュー、だってさ。せっかくだし、頼んでみる?」
商品の写真と共にキャラが描かれたメニューを指し、春輝は首を傾ける。
「ん……じゃあ」
少し迷った素振りを見せた後、白亜はコラボのメニュー表を手にとった。
「わたしはこの、菩薩崎カマデヴァ太郎くんの手作りオムライスにする」
「オッケー。俺は……そうだな。阿修羅井シヴァ子、怒りのカツカレー……ってやつにしようかな」
「ん、いずれ自分がコスするキャラの心情を理解するためのチョイスとは良い心がけ」
「いや別にそういう心がけで選んだわけじゃねぇわ」
したり顔で頷く白亜に対して、半笑いを漏らす春輝だった。
◆ ◆ ◆
そんな一幕もありつつ、ゆったり食事を終えて。
「そんじゃ、次はウインドウショッピングと洒落込もうか」
春輝がそう提案し、二人はショッピングモールを訪れていた。
「これは……大人の、デート……?」
白亜の中では、疑惑の判定らしい。
「下手にあちこち行ってはしゃぎ回ったりせず、こうしてゆったりとした時間を過ごすのが大人のデートってやつなのさ」
「なるほど……?」
とはいえ、春輝の言葉で一応納得はしてくれたようだ。
「ん……?」
それから、ふと眉根を寄せる。
「なんか、聞き覚えのある声が聞こえたうような……?」
周囲をキョロキョロと見回した後、白亜は首を捻った。
「ステージでイベントやってみたいだし、そこからの声じゃないかな」
「ふーん……?」
「興味があるなら、行ってみる?」
「……ん、行ってみる」
どこか含みのある様子ではあったが、春輝の問いに小さく頷く。
「オッケー、確かこっちだ」
春輝が先導して、イベントステージの方へ。
そうして、視界が開けると。
「あっ、小枝ちゃんだ!」
ステージ上でマイクを握っている女性を目にした途端、白亜の声が弾んだ。
「あぁ、なるほど。今日は小枝ちゃんが司会やってるのか。流石白亜ちゃん、あの距離からよく聞き分けられたね」
「………………んっ」
小さく頷いてステージを見つめる白亜だったが、明らかに何か思うところがある表情だった。
◆ ◆ ◆
ステージ上の小枝ちゃんの声を堪能すること、しばらく。
「……ねぇ、ハル兄」
一通りイベントが終わったところで、白亜がジト目で春輝を見上げてきた。
「今日の色々、最初から全部知ってたでしょ?」
流石に、偶然遭遇したにしては出来すぎていると気付いたらしい。
「ははっ、バレたか」
そもそも、春輝としてもここまで来れば隠す気はあまりなかった。
「今日は、大人のデートだって言ったのに」
白亜は、プクッと頬を膨らませる。
「んー……これが、俺なりに考えた大人のデートってやつなんだよ」
正確には、貫奈の知恵も借りて……だが。
「変に格好つけて背伸びしちゃうのが子供、肩肘張らずにお互いの趣味に合わせて楽しめるのが大人……そう思わない?」
「むぅ……?」
春輝の言葉に、白亜は納得出来るような出来ないような微妙そうな表情となる。
「だから今日は、白亜ちゃんが一番喜んでくれそうな……それから、俺自身も楽しめるようなプランにしたんだ」
──いいですか? 『大人』の部分にこだわって、白亜ちゃんを楽しませられなければ本末転倒です。
これも、貫奈に言われたことだ。
「どうだろう? 白亜ちゃんは、楽しめてない?」
「むぅ……正直に言えば、とても楽しい……」
やはり納得はしかねているのか、言葉とは裏腹に白亜はまだ微妙そうな表情だった。
「なら、良かった。それじゃ、この後は映画でも行ってさ」
「……それも、アニメ映画?」
「お互い、それが一番楽しめるだろ?」
「そうだけど……」
実のところ、白亜のこの反応の想定の範囲内だった。
「それでさ」
ゆえに。
「ディナーは、ちょっと期待しといてくれよ?」
イタズラっぽく笑ってみせる。
「……?」
白亜は、よくわからないといった表情だ。
「だから、とりあえず今は目一杯楽しもうぜ?」
それでも、春輝がそう言うと。
「……ん。せっかくハル兄が考えてくれたプランなんだし、そうする」
最後には、しっかりと笑顔を浮かべてくれた。
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すみません、次回更新も1回分スキップして次の日曜とさせてください。
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