SS34 今の二人と

「いやぁ、あれは締まりませんでしたねぇ」


 お姫様抱っこが保健室まで保たなかった過去の春輝を思い出し、貫奈はクスリと笑う。


「ははっ……」


 同じく当時を思い出しているのか、春輝も乾いた笑みを浮かべていた。


(今にして思えば)


 それを眺めながら、貫奈は何とは無しに思う。


(あの時に告白してたら、たぶん成功してたよねぇ)


 それが、現在の貫奈の見解だった。


(好感度は低くなかったはずだし……仮にそれが恋愛感情じゃなかったとしても、当時の先輩ならちょっと押せば絶対押し切れた)


 もちろんあくまで予想でしかないが、半ば以上確信している。


(大学以降はなんか腐れ縁感っていうか、付き合いが長くなるほどに先輩も私の存在に慣れていって……私は私でそれが心地よくて、結局ずっとタイミング逃してたのよねぇ……)


 先日の告白に至る、あの夜まで。


(ま、自業自得か)


 結局その言葉に落ち着いて、苦笑が漏れる。


(とはいえ、その積み重ねがあるからこそ今がある……と、思いましょう)


 それを、微笑に変えた。


「ま、いいです。協力しましょう」

「えっ、何が?」


 やや唐突だったせいか、春輝には意図が伝わらなかったようだ。


「何って、先輩の方から頼んできたんじゃないですか。大人のデート、とやらの件ですよ」


「あぁ、そっちの話か……えっ、マジで?」


 納得の表情を浮かべた後、目を瞬かせる春輝。


「なんか、完全に断られる流れじゃなかった……?」


 思わず、といった感じで問うてきた。


「言ったでしょう? 私は、チョロい女なんです」


 自らを手の平で指しながら、ウインク一つ。


「それにまぁ、思い出したついでにあの時のお礼でもと思いまして」

「あの時の礼ってことだと、何日か後にお菓子くれなかったっけ……? なんか、手作りの」

「いいじゃないですか、何度お礼したって」

「それはまぁそうかもしれんけど……」


 春輝は、微妙に納得出来ていない様子である。


(先輩が唯一相談出来る女友達……ってポジションは、割と美味しいところよね。今後の発展性を考えると、是非キープしたい。相手が白亜ちゃんだっていうなら……まぁ、大丈夫でしょう。たぶん……恐らく……)


 そんな貫奈の本音を伝えていないのだから、当然と言えば当然かもしれないが。


「それに、私にも益がある話ですしね」

「そう……なの?」

「とーぜん?」


 少し、イタズラっぽく笑って見せる。


「ここで学んだ知識を活かして……私のことも、大人のデートに誘ってくれるんですよね?」

「え? あ、う……」

「ふふっ」


 春輝が露骨に困った表情になったので、思わず笑ってしまった。


「冗談ですよ」


 そう続けると、春輝はホッと息を吐く。


「私の時は大人のデートとか肩肘張ったようなやつじゃなくて、適当で大丈夫ですので」

「どっか行くには行くのか……」

「何事にも、相応の対価は必要だと思いませんか?」

「さっき、昔のお礼って言ってなかったか……?」

「それはそれ、これはこれってやつです」

「えぇ……?」

「それより、やるなら早くやりましょう。昼休みも限られてるんですから」


 春輝はまだ微妙そうな表情を浮かべていたが、貫奈はパンと手を叩いて話を元に戻した。


「あぁ、うん……今更だけど、悪いな。せっかくの昼休みに」

「構いませんよ、別に。お弁当食べながらでいいですよね?」

「そりゃもちろん」


 二人、それぞれ持参した弁当箱を開ける。


「……相変わらず、とっても美味しそうなお弁当ですね?」


「ははっ……俺の料理の腕も大したもんだろ?」


 チクリと刺しておくと、春輝の頬がヒクついた。


(……ま、これに関してはいずれまた追及するとして)


 自分で言った通り、時間は有限だ。

 今は本題を優先しよう。


「そもそもの話なんですけど、別に大人のデートっていったって言うほど学生と変わるわけでもないと思うんですよね」

「そうなのか……? でも、経済力が全然違うだろ……?」

「選択肢が広がるのは事実ですけど、結局デートスポットなんて限られますから。旅行でもするなら別ですけど」

「今回は、旅行とかそういう感じではないかなぁ……」

「ですよね。なので、ポイントは実際に大人が行くかどうかというよりはいかに『大人っぽさ』を感じられるかだと思うんです」

「なるほどな?」



   ◆   ◆   ◆



 二人で相談すること、しばらく。


「一通り、まとまりましたね」

「だな……」


 ちょうど弁当を食べ終わった頃に、一つのデートプランが完成した。

 果たしてこれで白亜は満足してくれるのか……後は、春輝次第といったところだろう。


「マジで助かったよ、桃井。俺一人だと完全に迷走してるところだったわ」


 春輝が、微苦笑を浮かべながら礼を言ってくる。


「私へのデートのお誘いも、お待ちしてますからね?」

「ははっ……了解」


 貫奈がクスリと笑いながら言うと、同じ表情のまま肩をすくめた。


「お二人とも、よろしいですか?」


 とそこで、伊織が歩み寄ってくる。

 こちらの話が一段落つくのを見計らっていたのだろうか。


「あぁ、構わないよ」

「何かトラブルでもあった?」

「あっ、じゃなくて。ただの雑談です」


 貫奈の言葉に、伊織は少し慌てた様子で手を横に振った。


「なんだか、楽しそうなお話をされてるなって思いまして」


 そして、ニコッと笑う。


「なんでも……デートがどうとか?」


 ただ、貫奈からすればどう見ても思うところがあるのが丸わかりだ。


「いや、それは……」


 それを察しているのかいないのか、春輝は少し慌てて説明しようとしている様子。


 とそこで、ふと貫奈の内に小さなイタズラ心が湧いて出た。


「えぇ、そうなの」


 それに従い、春輝の言葉に肯定を被せる。


「先輩と、今度のデートについて話してて。ねぇ、先輩?」


「んんっ……! 何も間違ってはないんだけど、言い方ぁ……!」


 クスリと笑って水を向けると、春輝は何とも言えない微妙な表情となった。


 それがおかしくて、貫奈は笑みを深める。


「へぇ、そうなんですね?」


 他方、伊織もまた変わらず笑顔のままだった。


(……あら?)


 そこに揺らぎが感じられないことに、貫奈はふと違和感を覚える。


「私も、ご一緒してもいいですか?」


 続いて、落ち着いた様子でそう言ってくる伊織に対して。


(……へぇ)


 今度は、確信を抱く。


「小桜さん……貴女、少し変わったわね?」


 以前の伊織であれば、少なからず動揺を見せていたような場面のはず。

 というかそもそも、この状況で話しかけてくるようなこともなかったのではなかろうか。


「……はい」


 一瞬躊躇するような様子を見せた後、しかし伊織はハッキリと頷く。


「桃井さんも、変わられたようなので」


 それは恐らく……春輝に対して、踏み出したことを言っているのだろう。


「私も……負けないように、と思いまして」


 真っ直ぐ貫奈の目を見て、言い切る伊織。


「……そう」


 貫奈もまた、真っ直ぐ視線を返した。


「まっ、もちろんこっちとしても負けるつもりはないけれど?」

「は、はいっ」


 不敵に笑う貫奈に対して、伊織はやや緊張の面持ちでまた頷く。



   ◆   ◆   ◆



 一方。


(……二人共、何の話をしてんだ?)


 完全に蚊帳の外で、そんな光景をぼんやりと眺める春輝であった。






―――――――――――――――――――――

次回更新も1回分スキップし、次の日曜とさせてください。

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