SS32 挽回のために

「いやホントごめん、白亜ちゃん! 悪かったって!」


「………………」


 パンッと手を合わせて頭を下げる春輝から、白亜は頬を膨らませてプイッと顔を逸らす。


 しばらくお姫様抱っこした後、下ろしてからずっとこの調子であった。


 なお、露華はいつの間にかリビングから姿を消している。


「……そもそも、ハル兄は何が悪かったのか本当にわかってる?」


 横目で睨んでくる白亜。


「えーと、勝手にお姫様抱っこしたことかな……?」

「違う」


 お伺いを立てる春輝、短く断罪される。


「お姫様抱っこ自体は別にいい。というか、本来ならむしろかなりいい」

「そ、そうなの……?」

「問題は、凄く雑にお姫様抱っこされたこと」

「いや、その、俺なりに丁寧に扱ったつもりではいるんだけど……」

「初めてだったのに……」

「も、申し訳ない……!」


 別の何かのように聞こえてきて、春輝の罪悪感がグッと増した。


「大体、普段からハル兄はわたしの扱いがぞんざい過ぎる」

「あ、はい……すみません……」


 気が付けば、春輝は自然と正座の姿勢となっていた。


「あっ、そうだ! お詫びのしるしに、今度小枝ちゃんのライブのチケットを……」

「その、モノで釣ろうとする姿勢がもう駄目」

「あ、はい……すみません……」

「わたしは、もう子供じゃない。ハル兄にはその認識が足りない」

「そうは言っても、十代前半っていうのはまだ……」

「わたしはもう子供じゃない。はい、復唱」

「あ、はい……白亜ちゃんはもう子供じゃない……です……」


 ある意味では伊織以上の『圧』に、春輝はあっさり負ける。


「えーと……どうすれば機嫌を直してくれるかな……?」


 そして、諦めて素直に尋ねることにした。


「………………」


 それもまた、白亜は不満そうだったが。


「それなら……」


 やがて、口を開き──



   ◆   ◆   ◆



 翌日。


「桃井、恥を忍んで頼みがある……!」


 昼休み、会社の休憩スペースには貫奈に向けて頭を下げる春輝の姿があった。


「はぁ、なんですか? そんなに改まって」


 貫奈は、不思議そうな表情で首を傾ける。


「その……言いにくいんだけどな……」


 内容が内容だけに、口にするのを躊躇うこと数秒。


「大人のデートプランってやつを、一緒に考えてくれ……!」


 意を決して、そう伝えた。


「………………は?」


 瞬間、なぜか貫奈のメガネに妙な角度で光が当たってその目が窺い見れなくなる。


「……あのですね、先輩」


 声からは、完全に抑揚が消えていた。


「自分で言うのもアレですが、私はかなりチョロい女なんですよ。先輩のお願いなら、大抵のことはきいてあげようと思ってしまうくらいに」


 内容自体は春輝にとって実に都合の良いものだが、春輝としては有罪の判決文を聞いているような心境である。


「そんな私が……舐めてんですか? と返さざるをえないのがその『お願い』であること、自覚してます?」

「いや、流石にそこは俺もわかってるんだけどさぁ……!」


 いかな春輝とて、そこまで無神経ではない。

 もっとも、例の『告白』前であれば普通にしれっと頼んでいた可能性が高いが。


「ちょっと、止むに止まれぬ事情があって……相談出来るの、お前くらいしかいないんだよ……」


 情けないことを言っていることも無論自覚していたが、言葉通りの状況なのである。


「ちなみに、確認なんですけど。仮に私が協力して、その大人のデートプランとやらを作ったとして……それって、小桜さんとのデートに使われるんですか?」


 貫奈の声に宿る温度が、また一段と下がった。


「んんっ……まぁ、小桜さんとのデートではある……かな……?」

「……あー」


 しかし、春輝の返しを受けて一気に空気が弛緩する。


 メガネに当たる光の角度も変わったらしく、目もちゃんとレンズの向こうに見えるようになった。


「その言い方から察するに、相手は白亜ちゃんですか」

「……いつからエスパー技能を取得したんだ?」


 そう……今回の件。

 白亜から出された条件が『大人のデートをエスコートすること』だったため、こういうことになっている次第なのである。


 流石にここを変に妥協すると本格的に口をきいてくれなくなりそうなので、春輝としても手段を選んでいられないのだった。


「小桜さんちの長女か次女なら、わざわざ『大人のデート』を指定するようには思えませんからね……先輩には無理なのもわかってそうですし」

「ぐむ……」


 前半はともかく、後半はその通りすぎて呻くことしか出来ない春輝である。


「まー、あの年頃の子がそういうのに憧れるのもわかります……けど」


 貫奈は、小さく苦笑する。


「一体、どういう流れでそんなことになったんです?」


 それから、首を捻った。


「ちょっと、お姫様抱っこにしくじったというか何というか……」

「いや、ホントに何をやらかしたんですか……? どういう状況なのかもわからなければ、それがどうここに繋がってくるのかもさっぱりなんですけど……」

「あまり詳細については聞かないでいただけると……」

「ほぅ……協力を仰いでおきながら、随分と隠し事が多いものですね?」

「一ミリの反論もございません……」


 まったくもってその通り過ぎる。


「……にしても、お姫様抱っこでしくじりですか」


 そこでふと、貫奈が何かを思い出したような表情となった。


「先輩、高校生の頃から成長していないようですね」


 そして、クスリと笑う。


「……あー」


 言われて、春輝も思い出した。


「かも、しれないな」


 知らず、苦笑が漏れる。


 脳裏には、高校時代の記憶が蘇ってきていた。

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