SS30 自供

 伊織とのアレコレがあった、翌日。


「あー、ウチもダイエットしないとだなー! 完全にこれはもうダイエットしかないわー! 究極ダイエット開始だわー! 究極すぎて餓死しかねないかもなー!」

「え……? 露華ちゃん、急にどうしたの……?」


 休日昼下がりのリビングにて、春輝が露華に向ける視線は珍妙な何かを見るものであった。


「どうしたもこうしたも、ダイエットの決意表明だけど?」

「いや、さっきまで全然そんな感じじゃなかったじゃん……昼ごはんも普通に食べてたし」

「女の子のダイエットは、いつだって突然始まるんですぅー」

「そうなの……? じゃあ、まぁ程々にな」

「はいぃ? マァホドホドニナー?」


 春輝の返しに、露華はわざとらしく耳に手を当て春輝の方へと向ける。


「あれれー? お姉の時は凄く心配そうだったのにー? なんかこう、態度が違いすぎませんかねー?」

「伊織ちゃんは、暴走気味になると割と極端な行動に走るようなとこあるからさ……その点、露華ちゃんはその辺のバランス感覚心得てるだろ? 信頼ゆえだよ」

「む……」


 春輝が軽く微笑むと、今度は口を引き結ぶ。


「その言い方はズルいよなぁ……」


 小声で言いながら視線を逸らす露華の頬は、少し赤くなっていた。


「でも!」


 再び、その目が春輝を射貫く。


「そんな言葉じゃ誤魔化されないんだからね!」

「別に何も誤魔化すつもりはないんだけど……」


 春輝からすれば、ただただ困惑するだけであった。


「……はぁっ」


 露華が、露骨にため息を吐く。


「オッケーオッケー。ここはウチの戦略ミスを認めよう。春輝クン相手に察して方向でいこうとしたのが間違いだった」

「何言ってんのかよくわかんないけど、なんか俺ディスられてる……?」


 やれやれとでも言いたげに首を横に振る露華に、春輝は胡乱げな視線を向けた。


「と、いうわけで」


 露華は、春輝に向けて両手を広げる。


「ウチも、お姫様にしてほしいなー?」


 そこまで言われれば、流石の春輝も察することが出来た。


「……伊織ちゃんが話したのか」


 間違いなく、露華は昨晩の件を知っている。


「あー……一応お姉の名誉のために言っておくと、ウチが聞き出しただけだからね? お姉から積極的に話してきたわけじゃないから」

「それはそうだろうとは思ってるけど……」

「ちなみに、どういう感じだったかというと……」


 と、露華はその時のことを語る。



   ◆   ◆   ◆



「あのさぁ、お姉。なんで今朝になって急にダイエットやめるって言い出したの?」

「え? それはそのぉ……ほ、ほら! やっぱり、食べる量を減らすのってあんまり良くないかなって思って!」

「でも、そんなん最初からわかってたことっしょ?」

「それはまぁそうなんだけど……えと、あっ、そうだ、食欲に負けて!」

「あっそうだ、って言っちゃってるじゃん……」

「いや、それはその……」

「ていうか、もうわかってんだけどさ……春輝クンでしょ?」

「ぷぇ!? ちちちちち、違うよ!?」

「とはいえ、今回のお姉は春輝クンといえど言葉で説得出来たとは思えない……そうなってくると、何かしらのアクションがあったと考えるべきかなー……?」

「違うの!」

「んあ? 何が?」

「春輝さんも、酔ってたから!」

「えっ……? えっ!? 酔った勢いでってこと!? どこまでいったの!? まさか、最後まで!? お姉の裸体を見た春輝クンの言葉に説得された的な!?」

「ちが、そんなわけないでしょ!? お姫様抱っこしてくれてそれで!」

「んんっ……!? お姫様抱っこ……!? ちょっと流れがよくわかんないんだけど……!?」

「春輝さん、とっても力強くって! 軽々と持ち上げられたら、なんかもう『俺のもの』みたいな感じじゃない!? それでね、密着感が凄くてね! 私もついつい、延長を申し出るみたいな発言しちゃって! そしたら春輝さん、『羽のような軽さだよ』って言ってくれて!」

「あー……全然詳細はわかんないけど、なんかコアの部分はわかったわ。春輝クンとお姉らしいっていうか……にしてもなるほど、お姫様抱っこね。ほーん? へー?」 

「だから、私も無理なダイエットやめますって言って! その、なんかちょっと見つめ合っちゃったりとかして! でも、それだけだから! 別にやましいことは何もしてないし! 歩き出すと揺れちゃうから、ギュッてしがみついちゃったりとかもしちゃったけど! それは不可抗力だもんね! 揺れるから仕方ないもんね! そのあと二人で食べたカップラーメンはとっても美味しかったけどそれはきっと罪の味だからであって春輝さんとの秘密めいたアレだからアレというわけでは決してなくて……! それでそれで……!」

「あのさ……ウチから聞いといてこう言うのも、申し訳ないところではあるんだけど。この話、ウチ最後まで聞かないと駄目?」



   ◆   ◆   ◆



「ってな感じだったよ」

「………………結構、積極的に話してない?」

「そこはまぁ、個人の見解によって分かれるということで?」


 再び胡乱げな目になる春輝に対して、露華は小首を傾げる。


「というわけで、はい」


 そして、改めて春輝に向けて両手を広げた。


「いや、どういうわけなんだよ……」

「だってほら、お姫様抱っこって女の子の憧れ的なものがあるじゃん?」

「それはそうなのかもしれないけど、そういうのってイケメンとか……好きな人とかにやってもらわないと、憧れは満たされものなんじゃないの?」

「………………はぁ~~~~っ」


 春輝の返しに、露華はめちゃくちゃ重い溜め息を吐く。


「えっ、何……?」

「いや、いいよいいよ。春輝クンは、そう・・だからこそ春輝クンだもんね。ウチは、全てを受け入れるよ」

「なんで俺、慈愛の笑み的なやつを向けられてるの……?」

「とにかく! 春輝クンは、ウチをお姫様抱っこすればいいの!」

「いやまぁ、してほしいって言うならするけども……」


 釈然としない思いを抱きながらも、春輝は露華へと歩み寄った。


「じゃあ……いいかな?」

「いつでもバッチ来いよ!」


 春輝と向き合い、露華は手をニギニギさせる。


 春輝はその肩と膝の裏へと、手を回し。


「そんじゃ、よっ……っと」


 ひょい、と持ち上げる。


「わっほ……!?」


 同時に、露華が謎の奇声を上げた。


「んあー……! な、なるほどね……! これはなかなか……! お姉が熱く語るのもわかる……!」


 ブツブツと、小声でそんなことを呟く。


「あっ、落ちちゃうと危ないから首に手ぇ回すね?」


 それから、そんなことを言いながら春輝の首に手を回した。


「……で、こっからどうすればいいんだ?」


 それを受け入れながら、春輝は根本的な疑問を呈する。


「どう、って?」

「いや、伊織ちゃんの時はダイエットを諦めさせるってゴールがあったけどさ。今回の場合は、どうなったら終了なのかなって」

「んーー、ていうかさー」


 なぜか、露華は不満げに眉根を寄せた。


「春輝クン……お姉の時と比べて、なんか動揺少なくない? 妙に冷静っていうか?」

「まるで、伊織ちゃんの時のを見てたかのように……」

「見てなくともわかる! お姉の時は、酒の勢いでやったもののやった後になってめちゃくちゃ動揺したと見たね!」

「ぐむ……」


 完全に図星で、春輝としては呻くしかない。


「まぁ……アレだよ。今回の場合、露華ちゃんの狙いは読めてるからね」


 どうにか、余裕の表情を取り繕った。


「ほーん? ウチの狙いって?」

「お姫様抱っこさせて、動揺する俺を見て楽しもうって魂胆だろ? 最初からそれがわかってれば、そうそう動揺もしないさ」


 嘘である。

 この男、かなりドキドキしているのを必死に隠している。


「……ふーん? そんな風に思ってたんだー?」


 他方、露華の目に宿る温度が氷点下にまで下がった……ような、気がした。


「つまり、今の春輝クンはウチが何をしても動揺しないってことなんだね?」

「まぁ、そうなるかな」


 精一杯に虚勢を張る。


「じゃあさ……」


 目を細める露華。


「ウチが、このまま──」

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