SS25 過去一番

 春輝の女装コス包囲網が、着々と狭まっていく中。


「よし……このキャラがハル兄には最適」


 スマホとにらめっこしていた白亜が、どこかスッキリとした表情で顔を上げた。


「福岡阿修羅ブストーリーの、阿修羅井シヴァ子……この子なら比較的現実的な体型に描かれてるし、アニメ版は小枝ちゃんが声を担当してるからハル兄が選んだとしても自然」

「いや、あの、まず俺が女装コスをするという点への不自然さがですね……」

「うん、いいんじゃない? 露出少なめで、詰め物もしやすそうだし。ただまー結構複雑な構造っぽい服だから、しばらく時間はかかっちゃうかなー。春輝クン、ごめんね?」

「謝ってもらう必要は一つもないっていうか、なんなら永久に完成しなくてもいいっていうか……」

「わぁ、胸の大きいキャラだねぇ……」

「数字上は伊織ちゃんも同じっていうか、むしろ見た目は伊織ちゃんの方が……んん゛っ! な、なんでもない……」


 白亜が手にしたスマホを覗き込んでワイワイ話す三人に、ごにょごにょ呟く春輝の言葉は届いていない様子である。


「決まったみたいねー」


 ぽむ、と輪から外れたところで母が手を叩いた。


「それじゃー、今日はまだ時間もあるしー」


 チラリと壁の時計を見上げる母につられて春輝もそちらに目を向けると、まだ夕方とも呼べない程度の時刻だ。


「お買い物に行きたいと思うんだけどー、いーい?」


 と、母は首を傾ける。


「別にいいけど、何買いに行くの?」

「まーていうかー、春輝は別に来ても来なくてもどっちでも良くてー」

「ん、そうなの……?」


 てっきり荷物持ちでも頼まれるのかと思っていた春輝は、疑問符を浮かべた。


「今回ー、あちこち掃除して改めて思ったんだけどー」


 母は、伊織たちの顔を順に眺める。


「色々足りてないものー、あるよねー?」

『えっ……?』


 春輝と三人の声が重なった。


「今ウチにあるのじゃー、ヘアケアもスキンケアも不十分だしー。あとー、シャンプーも春輝と同じのじゃ髪が傷んじゃうでしょー? それにー、遮光カーテンも欲しいわねー。着替える時ー、外が気になるものねー。下着の数も足りてないんじゃなーい? あー、ついでに掃除機も買い替えたいわねー。もー全然吸わなくなってるじゃなーい」

「そ、そうなの?」


 指折り数える母の言葉を受けて、春輝は思わず伊織へと目を向ける。


「あ、いえ……」


 即座に否定の言葉が出てこなかった時点で、肯定を示しているも同然だろう。


「やー、その、お義母さん? 流石にそこまで気を使ってもらわなくても大丈夫ですっていうか?」


 以前の買い出しでは割とノリノリだった露華だが、今回は少し焦った様子で手を振っていた。


「今のままでも十分です……!」


 白亜が、大きく頷く。


「ダメよー? 女の子はー、ワガママでなくっちゃー」


 チッチッチッ、と母は指を振った。


「ねー? 春輝もー、頼られた方が嬉しいでしょー?」

「え……? あぁ、まぁ、うん」


 水を向けられ、春輝は曖昧に頷く。

 別段、反対意見を抱いているとかそういったわけではなく。


(全然、気付けてなかったな……)


 そんな想いが、胸を占めていたからだった。



   ◆   ◆   ◆



 結局、母が押し切る形で一同ショッピングモールへ。


「それじゃー、張り切って色々買っちゃおー」


 と、母が拳を振り上げる。


「あれ……? 先輩?」


 からの、二秒でトラブルが発生した。


(げぇっ、桃井!? いや、ていうか桃井との遭遇率妙に高くね!?)


 真っ先に、そんな考えが浮かぶ。


「それに、おばさまと……小桜さんたちまで?」


 春輝が余計なことを考えている間に、貫奈の状況把握が完了してしまったらしい。


「……どういう状況です?」


 キラン、と貫奈のメガネが不気味に光った……ような、気がする。


「あー、これはねー」


 と、母がのんびりと口を開いた。


(どうする!? 今回こそ母さんを信じるか!? いやでも、下手なこと言われたら致命傷になりかねないし……けど、この状況を誤魔化せる言い訳ってなんだ!? たまたま会ったにしては、ガッツリ一緒にいる感が出ちゃってる気がするし……!)


 迷う春輝の傍ら、母は言葉を続ける。


「さっきそこでバッタリ会ったんだけどー。伊織ちゃんはー、春輝の同僚だっていうじゃなーい? 白亜ちゃんはー、ハルとよく遊んでくれてるっていうしー。露華ちゃんとも仲良くしてるらしいからー。せっかくだしー、一緒に行こっかーって私が誘ったのよー」


 咄嗟に出てきたにしては、貫奈視点での各々の関係性を完璧に反映した言い訳であった。

 雑談の中で、一回か二回くらい話題に上ったかという程度のはずなのだが。


「は、はぁ、そうなんですか……?」


 とはいえ、貫奈の表情からは未だ不審げな色が消えていなかった。


「息子と二人よりー、女の子と一緒の方が華やかでいいじゃなーい?」

「あぁ、なるほど」


 しかし、いかにもこの母が言いそうな物言いに納得したようだ。

 恐らくは、春輝との信頼度の差というのも関係しているのだろう。


「貫奈ちゃんもー、一緒に来るー?」

「あぁいえ、私はちょっとついでに寄っただけですので。これで失礼しますね」

「そっかー、残念ねー」

「またの機会に、是非」

「そうねー、楽しみにしてるわー」


 なんて会話を交わし。


「それでは先輩、小桜さんも、また」

「あぁ、うん」

「は、はいっ」


 一礼する貫奈に春輝は曖昧に頷き、伊織がやや大げさに首を縦に振った。


 そのまま、特に何事もなく貫奈は去っていく。


(なんか……過去イチで穏便に済んだな……)


 伊織が言い訳した時はもちろん、春輝の言い訳でもわっちゃわっちゃとなりがちな貫奈との遭遇イベントが、初めて何事もなく過ぎ去った形であった。


「それじゃー今度こそー、しゅっぱーつ」


 当の母は、何事もなかったかのように仕切り直している。


「あっ、お義母さん。ウチ、衣装用の布も買いたいんですけどでいいですか? 全然、後でもいいんで」

「細かい造形の確認のために、ちょっとフィギュアを確認した方がいいかも……」

「もう、二人共。今回は必要なものを買いに来たんだから……」

「いいのよー、それも必要なものだもんねー」

「そ、そうですか……?」


 なんて、ワイワイ話す女性陣の傍ら。


(あの時も、母さんに任せとけばこんなことになってなかったのかなぁ……)


 改めてそう思い、半笑いを浮かべる春輝であった。

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