SS23 エクストリーム言い訳タイム

 ハルが咥えてきたブツで、貫奈が現在手にしているもの。


 それは、紛れもなく『ブラジャー』であった。


(うぉぉぉぉぉぉぉぉぉいハルくぅぅぅぅぅぅぅん!? お前、なんつータイミングでなんつーもんを持ってきちゃってんだよ!? ていうか二階の私室から引っ張り出してくるにしても、なんでよりにもよってそれなの!? マジで18禁的な存在に反応でもしてんのか!?)


 春輝は、意識して脳をフル稼働させる。


(活性化せよ俺の脳細胞! どうにかこの場を乗り切れる言い訳を取り繕うんだ! あのブラジャー……サイズ的にたぶん伊織ちゃんの、いやそんなことはどうでもいいんだよ! マジでっか、いや滅べ煩悩! 実際、あのサイズだと母さんのだって言い張るのは厳しい……! 他に何か言い訳出来ることは……! えーとえーと……!)


 この間、約一秒のことであった。


「あー、それはねー」


 そして、その一秒の間に母が口を開く。


(母さんを信用してないわけじゃないけど、何を言い出すかわからん! ここはもう、俺が先に何か適当に……!)


 オーバーヒートしそうな程に回転した脳から、絞り出された第一声は。


「俺の趣味で!」


 で、あった。


「………………趣味、とは?」


 静かに問い返してくる貫奈。

 引き続き妙な角度で光がメガネに反射しており、その目を伺い見ることは出来ない。


「俺、実は二次元キャラと同じサイズのブラを集めるのが趣味なんだよ!」


 春輝としては、辛うじて閃いた一手をとりあえず口にするしかなかった。


「ほら、結構キャラのスリーサイズって公開されてたりするだろ!? それと同じサイズのを買ってみてさ! ほー、なるほどこんな大きさなんだなーって……考えたり……したりして……」


 ただ、徐々に言葉尻が小さくなっていく。


(いやこれ……客観的に見ると俺、だいぶキモいな?)


 話しているうちにちょっと冷静になってきたためである。


(流石の桃井も、これで愛想が尽きただろうなぁ……)


 正直なところ、テンションはガタ落ちであった。


(それでも……ここまで来たら、もうこの設定で突っ走るしかない……! 伊織ちゃんの名誉ブラを守るためにも……!)


 己を、どうにか奮い立たせる。


「まぁそんなわけで、そのブラは俺のなんだよ!」


 そして、最後まで言い切った。


(さぁ、軽蔑するなり何なりするがいいさ!)


 気分は、絞首台に向かう死刑囚のそれである。


「……そうなんですね」


 貫奈は俯いており、その表情は春輝からは窺えない。


 かと思えば、勢いよく顔を上げて。


「わかります!」


 再び見えるようになったその目は、妙に輝いて見えた。


「………………えっ?」


 言っている意味がわからず、春輝はパチクリと瞬きする。


「推しキャラのポスター貼る時とか、絶対公式で出てる身長と同じ高さになるようにしたりしますもんね! それで、なるほど私との身長差はこれくらいかって比べてみたりして!」

「お、おぅ……」


 ちなみに春輝は、そんなことをした経験はない。


「私には下着という発想はなかったですが……なるほど考えてみれば、リアルで最も再現させやすい要素の一つですよね。流石のご慧眼です」


 どうやら、貫奈の中で春輝の株が下がるところかむしろ上がっているらしい。


(ちょいちょい垣間見えるコイツのオタク強度の高さ、何なの……?)


 逆に、春輝の方がちょっと引き気味であった。


「というか、なぜ今まで気づかなかったのでしょう……? もしかして、コス界隈では常識だったりします?」

「え……? さぁ……? コス界隈の人じゃないからわからんけど……」

「あれ、そうなんですか? このブラ、割と使われてる感じがしたんでてっきり……」

「ん゛んっ! そうだねぇ! コスでこそないけど、まぁちょいちょい自分で付けたりはしてるけどねぇ!」


 誤魔化すために、春輝の性癖がどんどんヤバい感じになっていく。


「やっぱりそうなんですねぇ」

「あの……俺が言うのもアレなんだけど、なんで引いてないわけ……?」

「はぁ、まぁ、別に男性がブラするくらいでそんなに引くこともなくないです?」

「そうなの……?」

「私的に、先輩の女装なら全然いけますし」

「そうなの!?」


 だんだん、春輝の方も素のリアクションになってきた。


「えっ、なに、そういうのが好みな感じってこと……?」

「好み、というか……」


 貫奈は、顎に指を当て思案顔に。


「好きな人の色んな姿を見てみたいと思うのは、自然なことじゃないですか?」

「っ……!」


 なんでもないことのように紡がれた言葉に、春輝はカッと頬が熱を持ったのを自覚する。


「おま、そういう……不意打ち的なのやめろよ……」


 手で口元を覆いながら、どうにかそう返すのが精一杯だった。


「ふふっ……不意打ちになってくれたのなら良かったです」


 一方の貫奈は、イタズラっぽく微笑む。


「ところで、まだブラだけに留まってるということでしたら今度本格的に女装コスしてみませんか? 私、カメラ役やりますよ?」

「なんでそんな乗り気なんだよ……」

「なんか、話してるうちに俄然見たくなってきまして」

「勘弁してくれ……」

「私をこんな色に染めたのは先輩なんですから……責任取ってくださいよ?」

「いや待て、百歩譲ってお前がオタク界隈に興味を持ったきっかけが俺だとしてもそんな沼にまで引きずり込んだ覚えはねぇよ。そこはお前に元々秘められてた才覚だよ」

「まー責任って意味では確かにー、春輝は責任取った方がいいかもだけどー。十年も待たせちゃったんだもんねー」

「母さんは今ちょっと黙っててくれる!?」

「ちなみに私もー、お父さんには散々待たされたからー。そういう良心の呵責みたいなー? やつをー、最初の取っ掛かりにしてー」

「父さんとの馴れ初めこんなとこで聞きたくないんだけど!」

「……その話、詳しく窺えますか?」

「おい!? 変なとこに食いつくな!?」


 という感じで、徐々に話はズレていき。


 どうにか、ブラの件は誤魔化しきれたのであった。



   ◆   ◆   ◆



 その後は、母も交えた雑談で比較的穏やかに時は過ぎ。


「お邪魔しました。今日、とっても楽しかったです」

「私もー、楽しかったわー」


 夕刻の玄関にて、満足げな表情で頭を下げる貫奈に対して母はニコニコと微笑んでいた。


「先輩、女装コス楽しみにしてますからね」


 次いで、貫奈は春輝を見てニンマリと笑う。


「んー……まぁ、うん、そのうちなー……」


 ブラの件がある手前あまり強く否定することも出来ず、春輝は曖昧に言葉を濁した。


「それでは、失礼しますね」

「またいつでも来てねー」

「また明日な」


 頭を下げて踵を返す貫奈に、母がひらひらと手を振り、春輝も軽く手を上げる。


 もう一度頭を下げてから、貫奈は玄関の外へ。

 パタン、と静かに扉が閉まった。


「良かったわねー、伊織ちゃんたちのことがバレずに済んでー」

「代償として、桃井の中での俺のキャラがえらいことになっちまったけどな……」


 ほわんと笑う母に対して、春輝はヤケグソ気味に半笑いを浮かべる。


「女の子の秘密を守った勲章だと思えばー、誇っていいんじゃなーい?」

「流石にこの勲章は恥ずかしすぎて誇れねぇよ……」

「うーん、まー、ていうかねー」


 と、母はどこか意味ありげな目で春輝を見上げた。


「お母さんに任せておけばー、サイズ間違えて買っちゃったやつだよーとかって誤魔化してあげたのにー。使用感があるのだってー、いくらでも言い訳出来るしー」

「………………お、おぅ」


 今更ながらに提示された穏便な解決手段に、春輝は呻くことしか出来ない。


 結局一人で空回りした結果、一人で無駄にダメージを受けただけの春輝であった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る