SS22 桃井貫奈の人見家訪問

 無駄にドタバタしたものの、どうにか大掃除も終えて。

 翌、日曜日。


 ピンポーン。


「……来たか」


 インターホンの音に、春輝は緊張の面持ちで腰を上げた。


 伊織たちには、朝から出掛けてもらっている。

 その後、(母の指示により)もう一度念入りにコロコロもした。


 しかし何か見落としはないかと、既にちょっと胃が痛かった。


「はーい、いらっしゃーい」


 そんな春輝とは対照的に気楽げな表情の母が、玄関の扉を開ける。


「ご無沙汰しております」


 扉の向こうで、貫奈が丁寧に頭を下げた。


「久しぶりー。あらまー、もうすっかり出来る大人のオンナって感じねー」

「いえ、そんな……今日は、お招きいただきありがとうございます。これ、つまらないものですが……」

「あらあらー、そんなお気遣いいただかなくてもいいのにー」


 紙袋の受け渡しをする、そんな実に社会人らしいやり取り。


「それじゃ、遠慮なくあがってねー」

「はい、お邪魔します」


 これまた丁寧に脱いだ靴を揃えた後、貫奈が家に上がる。


「……ま、ゆっくりしてってくれ」


 何と言っていいものやら迷った末、春輝はそんな無難な言葉を送った。



   ◆   ◆   ◆



「はー、これが先輩のお住まいなんですねー」


 リビングに通された貫奈は、ソファに座って物珍しげに周囲を眺める。


「別に、普通の家だろ?」


 対面に座った春輝は軽く苦笑した。


 なお、貫奈が視線を走らせる度にその先を追っては何か見られてはいけないものがないかを確認しているため既に若干疲弊気味だ。


「ふふっ……なんだか、自分が先輩のお宅にいるというのも不思議な感じがします」

「あー……それは、俺もそうかもな」


 学校にせよ会社にせよ、貫奈とはずっと外で会う間柄だった。

 付き合いが長いだけに、自宅のリビングに彼女の姿があるというはちょっと違和感のようなものがあった。


「もー、二人共ー。そんなことでどうするのー」


 と、お茶をお盆に乗せて運んできてくれた母が会話に入ってくる。


「いずれー、ここで一緒に暮らすことになるかもしれないっていうのにねー」

『ごふっ!?』


 突如ぶっ込まれた発言に、二人同時に咳き込んだ。


「ちょっ、急に何言い出してんだ!?」

「あー、ごめんねー。そうよねー」


 春輝の抗議に、母は頬に手を当て小さく眉根を寄せる。


「やっぱりー、新婚さんには新居の方がいいわよねー」

「そんな話は一ミリもしてねぇ!」


 うんうんと一人納得の表情を浮かべる母に、春輝の言いたいことは全く伝わっていない様子であった。


「私としてもねー、なんだかんだでー。第一候補は貫奈ちゃんかしらーって思ってるのよねー。なにしろー、十年だものねー」

「おい、本人の前でそういうこと言うのやめろ!?」


 慌てて母の口を塞ぎにかかる。


「つーか、桃井からすると急にそんなこと言われても何の話かわかるわけ……」

「あぁ、先輩のお嫁さん候補のお話ですか?」

「なんで察せてるんだよ」


 呆れ気味だった春輝の表情が、貫奈の言葉で真顔となった。


「いやぁ、十年前からそういう話題は定期的に出ていましたので」

「母さん、高校生相手に何話してんの!?」

「それで私も、ノリノリで立候補したりして」

「なんでお前も満更でもない感じなんだよ!?」

「えっ? それ理由説明する必要あります?」

「必要ないですごめんなさい!」


 貫奈の気持ちを既に知っている以上、愚問と言えよう。


「……ところで」


 キラン、と貫奈のメガネが光った……ような、気がした。


「先程のおばさまの口ぶり……まるで、第二以降の候補もいるように聞こえましたが?」


 鋭い指摘に、春輝の頬がギクリと強ばる。


「あー、それはねー」

「いやそんなわけないだろ!? 俺に、お前以外にそういう・・・・相手なんているわけないんだしさ!」


 ポロッと漏らしかねない母の言葉を、早口でインターセプト。


「……私としては、そうも思いませんけれど」


 貫奈は、ジト目で春輝を見つめる。


「ま、『俺にはお前しかいない』という言葉はちょっと気持ちよかったので良しとします」


 それから、少しイタズラっぽく微笑んだ。


「なんか微妙にニュアンス違うくね……?」


 春輝は軽く苦笑を浮かべる。


「んふふー」


 そんな二人のやり取りを、母はニコニコと楽しそうに眺めていた。


「良かったわねー、貫奈ちゃーん」


 かなり抽象的な、母の言葉。


「……はい」


 しかし貫奈には伝わったらしく、少しはにかむ。


「……何が?」


 春輝は一人、わけがわからず首を捻った。


「告白ー、出来たのねーってー」

「……なんでそんなことまでわかるんだよ」

「だってどう見てもー、春輝も貫奈ちゃんの気持ちに気付いてるじゃなーい?」

「いや、それだけなら俺が察したって可能性も……」

「「それはない」ー」


 母と貫奈の声が重なった。


「………………」


 実際、貫奈から告白を受けるまで微塵も気付いていなかった身としては黙るしかない春輝である。


「あっ、ところで」


 とそこで、何かを思い出したかのような表情で貫奈がポンと手を打った。


「ハルちゃんは今日、どこにいるんですか? 私、ハルちゃんに会うのも楽しみだったんですよー」

「あいつ、結構気まぐれだからなー。どっかで寝てるのかも」


 そういえば先程から見かけないなと思って、春輝は苦笑する。


「ハルー? ハル、おいでー」


 適当な方向に向かって呼びかけると、すぐに反応があった。


 二階から、トトトトッと階段を駆け下りる音。

 程なく、開けっ放しだった扉からハルが飛び込んでくる。


「おー、二階にいたのかー。って、何を咥えてんだ……?」


 自分に向かって一直線に駆けてくるハルが布らしき何かを咥えているのを見て、春輝は疑問符を浮かべた。


「キャンキャン!」


 春輝に突撃しながら嬉しそうにハルが鳴き、咥えていた『何か』がハラリと宙を舞う。


「おっと」


 咄嗟にという感じで、それを貫奈がキャッチ。


 その正体が、明らかになり。


『っ!?』


 春輝と貫奈、同時にその顔が驚愕に満ちた。


「……あららー」


 一人、母だけはどこか冷静に「やっちまったなー」とばかりの表情を浮かべている。


「………………先輩?」


 その『布』を手に、貫奈はヒクヒクと頬を震わせた。


これ・・……おばさまのものにしては、随分と大きいようですけれど」


 妙な角度でメガネに光が反射し、彼女の目を窺い見ることが出来ない。


「どなたのなんですか?」


 春輝に向けて、突きつけられたそれは。


「この、ブラジャー・・・・・


 で、あった。

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