SS19 誰が嫁
誰が春輝のお嫁さんになるのか。
母が、唐突にそんな質問をぶっ込んできて。
「いや母さん、何の話をどう聞いたらそんな疑問が出てくるんだよ!?」
一通り咳き込んだ後、春輝はツッコミ入れる。
チラリと視線を向けると、伊織はブンブンと激しく首を横に振っていた。
そんなことは言っていない、という意味だろう。
「てか、息子を信じてくれてたんじゃなかったのか!?」
「信じてるけどー、お嫁さんの話はまた別でしょー?」
「めちゃくちゃシームレスに繋がってるわ!」
「でもー、そろそろ春輝もいい歳だしー?」
「この子たちの方がまだそういう歳じゃないんだっての! いやそれ以前の問題だけど!」
絶妙に噛み合わない親子の会話である。
「ん゛んっ」
そんな中、咳払いしたのは白亜だ。
「申し遅れました、お義母さん」
どこかキリッとした表情。
「ハル兄……春輝さんの嫁の、白亜です」
「あらまー、白亜ちゃんがお嫁さんなのねー」
「いや白亜ちゃん、今そういうややこしい冗談言うのやめてくれる!?」
流石に真に受けることはないと信じたいところではあったが、この母なので油断は出来なかった。
「そーそー、今のはもちろん冗談でぇす!」
と、露華が会話に割り込んでくる。
春輝としては、既に嫌な予感しかしなかった。
「ウチが春輝クンのお嫁さんの、露華でっす! ねっ、ダーリン?」
果たして、露華はそんなセリフと共に春輝の腕に抱きついてくる。
「あらー、露華ちゃんがそうだったのー?」
「露華ちゃん、ここぞとばかりにそういうのぶっこんでくるよね……!」
正直、これについては春輝も若干予想していた。
「……別に、いつもみたいにノリで言ってるわけじゃないよ?」
「えっ……?」
けれど急に露華が真剣な表情になるものだから、ドキリと心臓が跳ねる。
「ひっ……!」
とそこで、伊織がしゃっくりのような声を上げた。
『……?』
一同の疑問の視線が集まる中。
「人見伊織と申します!」
「何言い出してんの!?」
謎の自己紹介に、春輝は全力でツッコミを入れる。
「なんだー、もう籍まで入れてるのねー」
「入れてるわけないだろ!?」
「どうしてー? 確か十七歳って言ってたし、親の同意があればもう婚姻届だって出せるでしょー?」
「いや、そういう問題じゃなくて……」
「はい、もういつでもいけます!」
「伊織ちゃん、今法律的な話はしてないから!」
「私も法律的な話はしてませんっ!」
「じゃあ何の話してんの!?」
場の混沌感が一気に増してきた。
「ところでー」
と、この混沌をもたらした一番の原因が再び口を開く。
「みんなー、おしゃべりばっかりじゃなくてちゃんと食べなきゃだめよー? せっかく伊織ちゃんが作ってくれたご飯が冷めちゃうじゃなーい」
「誰のせいだと思ってんの!?」
この母、あまりにマイペースである。
「誰のせいかって言えばー、春輝が鈍感なせいじゃないかなー」
「なんで俺のせいになってるんだよ!?」
濡れ衣にも程があると思う春輝だった。
「いえ」
だがここで、先程までテンパっていた伊織がスッと真顔に戻る。
「お義母様のおっしゃることにも一理あると思います」
「だねー」
「同意」
伊織の言葉に、露華と白亜がうんうんと頷いた。
「嘘だろ、俺の味方はいないのか……!?」
ここに来て春輝、四面楚歌である。
「まー、冗談はともかくとしてー」
ぽむ、手を合わせる母。
「どこからどこまでが冗談だったんだ……」
春輝としては、半笑いを浮かべざるを得ない。
両親は、春輝が社会人になった年に父の転勤でこの家を出た。
つまりそれまでの二十二年間を共に過ごしたわけだが、未だに春輝にはこの人の考えが読めなかった。
「三人共、ありがとうねー」
『……?』
今回もこの場面で礼を伝える意味がわからず、首を捻る。
もっとも、疑問符を浮かべているのは三人も同じだが。
「この子、寂しがり屋だからー。きっと、貴女たちがいてくれて凄く嬉しいと思うのー」
「あんまそういうこと人に言うのやめてくれる……?」
否定はしないが、三人の前で言われるのは流石に恥ずかしい。
「それにー、どうせご飯とかちゃんと食べてなかったんでしょー?」
「ぐむ……」
流石というべきか、完璧に見抜かれていた。
もっとも、両親も年に何回はこの家に帰ってきている。
恐らく、家の状況から色々と察するものがあったのだろう。
「だからねー、今は貴女たちがいるってわかって安心出来たわー」
そう言って、母はニコリと微笑んだ。
「そんな、私たちの方こそ春輝さんにはお世話になりっぱなしで……!」
「ま、お世話してるってのも事実かもですけど? 色んな意味で?」
「ロカ姉、流石にこのタイミングでの下ネタは自重すべき」
伊織が恐縮した様子であわあわと手を動かし、ウインクする露華へと白亜がジト目を向ける。
「これからも、春輝のことをよろしくねー」
けれど、母のその言葉に三人は顔を見合わせ。
『はいっ』
今度は、声を揃えて頷いた。
「さて、とー。話しておきたかったことは話せたしー、そろそろー」
表情を改め、母が席を立つ。
「なんだ……慌ただしいな、もう行っちゃうのか? てっきり泊まってくもんだと思ってたのに」
苦笑気味に、春輝。
色々とツッコミは入れたが、春輝とて母が嫌いなわけではない。
この短い再会には、寂しさを覚えるところであった。
「えー? 泊まるし、しばらくはこっちにいるけどー?」
「行くんじゃないのかよ!? じゃあ今の流れなんだったんだよ!?」
が、目をパチクリと瞬かせる母にやっぱりツッコミは入れる。
「流れってー?」
「いや息子をこれからもよろしくって、完全に発つ間際に言うやつじゃん! それで立ち上がったら、もう完全に戻る流れだと思うじゃん!」
「そうなのー?」
「てか、戻るわけじゃないならなんで立ったの!?」
「春輝、そろそろお茶のおかわりいるかなーと思ってー」
「紛らわしすぎる!?」
そんな、親子の温かい(?)会話に。
『……ふふっ』
三人は、また顔を見合わせた後にクスリと笑う。
「なんだか今日の春輝さん、いつもとちょっと違って見えるね」
「だねー。いつもよりちょっと子供っぽい? みたいな?」
「新鮮な感じ」
少し小声で、そんな会話を交わして。
「お茶のおかわり、いらないのー?」
「いるけど! それに関してはありがとうだけども!」
母相手に翻弄される春輝を、微笑ましげに見守るのであった。
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