SS12 思わぬ邂逅

 白亜とハルの散歩デビューの最中、貫奈との思わぬ邂逅を果たし。


「あー! これは、アレなんだよな!」


 二人が何か言い出す前に、春輝はとりあえず叫んだ。


「ハルの散歩をしてたらちょうど白亜ちゃんに会って! 散歩を手伝ってもらってたんだよ!」


 咄嗟に出てきたにしては、悪くない言い訳だったと言えよう。


「なっ、白亜ちゃんっ?」


 引きつり気味の笑顔で、白亜に水を向ける。


(余計なことは言わないでくれよ~!)


 そう、祈りながら。


「……うん、そう」


 幸い、白亜もコクリと素直に頷いてくれた。


「そういえば、小桜さんのお宅は先輩のお宅の近所でしたね」

「そうそう、だから時々バッタリ出くわすんだよな!」


 これまでに取り繕ってきた言い訳も、上手いこと作用してくれているようだ。


「……にしても」


 貫奈が足元に視線を落としたので、春輝も釣られて下方に目を向ける。


 ゴールデンレトリバーの匂いを不思議そうに嗅いだり、ちょんちょんと前足で触ってみたり。

 かと思えば身を翻して白亜の足にじゃれついたりと、ハルが楽しそうに駆け回っていた。


「ハルちゃん、随分と白亜ちゃんに懐いているようですね?」


 実際、ハルは白亜に一番懐いている。

 以前から世話をしていたのが白亜なのだから、当然と言えよう。


 が、しかし。


(確かにこの状況、俺んちの犬・・・・・だとすれば明らかに不自然……!)


 貫奈の目に疑わしげな色が宿って見えるのは、春輝の気のせいではないだろう。


 春輝が頭をフル回転させ、言い訳を捻り出そうとする中。


「わたしは、ハルの一番だから」


 今度は、春輝が何か言う前に白亜がドヤ顔を披露してしまった。


(おぉい!? だから余計なこと言わないで!?)


 思わず叫びそうになったのを、グッと堪える。


「へぇ……?」


 貫奈の目に宿る疑わしさは明らかに増しており、春輝の背中を変な汗が流れた。


「その、実は、ハルは元々白亜ちゃんが拾ってきた子でな! でも白亜ちゃんちじゃ飼えないっていうんで、俺の家で引き取ったんだ! だから白亜ちゃんによく懐いてるんだよ!」


 今回も、咄嗟にしてはよく出来た設定ではなかろうか。

 ほとんど事実であるだけに、隙も少ないだろう。


「なるほど、そういうことでしたか」


 果たして、今度こそ貫奈も納得の表情を浮かべてくれた。


「ちなみに、ハルって名付けたのもわたし」

「……なるほど? そういうことでしたか」


 かと思えば、引き続きドヤ顔の白亜の言葉に対してはなぜか含みのある物言いだ。

 真顔でジッと見てくるのは、正直ちょっと怖いのでやめていただきたいところであった。


「流石にこの年頃は圏外かと思ってたけど……いえ、この年頃だからということもあるか……」

「……?」


 何やら思案顔でブツブツ呟いているが、春輝には意味がわからない。


「桃井さん、この子はなんて名前なの?」


 と、ここで白亜がナイスアシスト。

 貫奈の傍に控えるゴールデンレトリバーを見つめながらの質問に、貫奈は微笑みを浮かべる。


「レンテって言うの。よろしくね」

「うん。よろしく、レンテ」


 白亜も小さく微笑み、ゴールデンレトリバー……レンテの頭を撫でた。

 レンテは、ゆったりと尻尾を揺らしながらそれを受け入れている。


「ねぇ桃井さん、レンテと一緒に遊んでもいい? ハルも、仲良くなりたそうだから」

「えぇ、もちろん。レンテ、行っておいで」


 貫奈がポンと押し出すように背中を叩くと、レンテはゆったりと駆け出した。

 貫奈の手元から、伸縮式のロングリードがシュルシュルと伸びていく。


 そして、レンテを追いかけてハルも元気に駆け出した。


「ありがとう桃井さんっ」


 少し早口で言ってから、更に白亜がそれを追いかけていく。


 二匹と一人がじゃれ合う光景を、黙って眺めることしばし。


「お前んち、今は犬飼ってないんじゃなかったっけ?」


 隣に腰掛けた貫奈に、春輝は先程浮かんだ疑問を投げかけた。


「あぁはい、レンテは実家で飼ってる子でして。ハルちゃんの写真を見てたら久々に顔を見たくなって、今週末帰省してるんですよ」

「へぇ、そうなんだ?」


 貫奈は社会人になったタイミングで会社の近くに部屋を借りて一人暮らしをしているはずだが、そういえば実家はこの近くだと春輝も昔聞いた気がする。


「代償として、いい加減そろそろ恋人の一人でもいないのかって話を親からされましたけどね……」

「ははっ、あるあるだな」


 げんなりとした表情を浮かべる貫奈に同意を示すと、なぜかジト目を向けられた。


「私がこれまで恋人の一人も作れなかったのは、誰かさんのせいなんですけどねぇ?」

「ぐむ……そ、それについては大変申し訳なく……」

「ふふっ、冗談ですよ」


 頬をヒクつかせながら謝る春輝を見て、貫奈は破顔する。


「……つーか、実家で犬飼ってるなんて話聞くのも初めてだな」


 話を変えがてら、春輝はふと思ったことを口にした。


「えぇ、まぁ。私が高校生の時に迎えたんですけどね」


 貫奈は春輝の方ではなく、前方に目を向けたまま頷く。


「レンテ、って名前は私が付けたものなので」

「うん?」


 言っている意味がよくわからず、春輝は首を捻った。


「自分の付けた名前を言うのが恥ずかしかったってことか?」

「ある意味では、そうですね。ハルってほどストレートではありませんでしたが……いや、ほとんど同レベルか」

「……?」


 やはり意味がわからず、春輝は疑問符を浮かべる。


「まぁいいじゃないですか、昔のことは」

「俺にとっては今生じてる疑問なんだが……」

「それより、この平和な光景を見守りましょう」

「いいけどさ……」


 気にはなったが、言いたくないというならば仕方ない。


 春輝は、若干釈然としない思いを抱えつつ再びコーヒーを口にして──


「おんやぁ? そこにいるのは、桃井くんと人見くぅん?」

「ぶっふぉぁっ!?」


 今度も、噴き出した。

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