SS11 散歩デビュー

「ハル兄、行くよ……!」

「あぁ、いつでもいいよ」


 緊張した面持ちの白亜と共に、春輝は自宅の敷地から足を踏み出す。

 傍らには、こちらも緊張……しているのかは不明だが、物珍しげにあちこちの匂いを嗅ぐハルの姿があった。


 本日は、白亜とハルの散歩デビューの日なのである。

 各種ワクチン摂取も済ませ、獣医からのお墨付きも貰っている。


「ハル……ほら、こっちだよ」


 新品のリードを恐る恐るといった感じで握り、先んじて歩き始める白亜。


「キャン!」


 白亜によく懐いているハルは、迷いのない様子で白亜と同じ方向へと駆け出した。


「おっと……わっとと……こ、こら、ハル、あんまり引っ張らないで……!」


 とはいえ子犬の好奇心は留まるところを知らないようで、あっちへこっちへと白亜を振り回しているようだ。


「ははっ、そういえば俺も最初はこんなだっけ」


 少し後ろからその姿を見守りながら、春輝は微笑を浮かべる。

 思い出すのは子供時代、父と共に初めて飼い犬を散歩に連れて行った時のことだった。


 今は亡き愛犬の姿を思い出すと、少しだけノスタルジックな気分になる。


「は、ハル兄……! この後、どうすればいい……!」


 そんな気分も、眉をハの字して振り返ってきた白亜によって掻き消された。


「まずは、向こうの公園に行こうか。あそこならほとんど人も来ないし、ハルの興味を引くものも沢山あるはずだから」


 かつて親から受けたアドバイスと同じものを、今度は自分が送る。


「ん、わかった……!」


 むんっ、と気合いを入れた表情で、白亜も進路を定めた様子だ。


「ほーらハル、こっちだよー! こっちこっち!」

「キャンキャン!」


 自ら軽やかな足取りで先行して見せることで、ハルを先導する。

 ハルも、尻尾を全力で振りながら楽しげに白亜のことを追いかけていた。


 程なくして、目的地に到着する。

 忘れられたかのように、街の隅にポツンと存在する公園。


 元々大した遊具もなかったのに加え、碌に整備もされておらず雑草も生え放題だ。

 しかしだからこそ、ほとんど人が訪れることもなく初めての散歩コースには向いている。


「ハル兄、ここからは……?」


 また緊張の面持ちとなって、白亜。


「公園から出なければ、基本的にはなんでもいいよ。ただし、リードは絶対に離さないように。あと、おしっことうんちの処理は確実にすること」

「はい……!」


 ビシッと直立して、白亜は了解の意を示す。


「それじゃ、行っておいで」

「うん……!」


 少し頬を紅潮させながら頷いて、駆け出した。


「ほらハル、こっちこっちー!」

「キャンキャン!」


 公園内を縦横無尽に駆け巡りながら、二者は戯れる。

 白亜は満面の笑顔だったし、ハルの尻尾の振りもこれまで以上だ。


「転ばないように気ぃつけてねー」


 そんな声を送りながら、春輝は近くにあった自販機で缶コーヒーを購入してベンチに腰掛けた。


(あぁ……)


 ふと、思い出す。

 かつて自分の父も、こうしてこの位置で同じように自分たちを見守ってくれていたことを。


(子供が出来るって、こういう感じなのかなぁ……)


 どこか感慨深く、そう思いながらコーヒーを口にして。


「あれ? 先輩?」

「ぶっふぉ!?」


 噴き出した。


「ゲホッ、ゲホッ……!」

「ちょっ……大丈夫ですか……?」

「ゲホッ、おま……」


 咳き込みながら振り返ると、果たしてそこにいたのは桃井貫奈その人である。


「なんでここに……!?」


 とりあえず、疑問が口を衝いて出た。


「私は、犬の散歩ですけど……」


 チラリと貫奈が足元に視線を向ける。

 春輝もその先を追うと、確かにそこには大きなゴールデンレトリバーの姿が。

 賢そうな顔立ちで、貫奈に寄り添うように佇んでいた。


(あれ……? 桃井、今は犬飼ってないんじゃなかったっけ……? てか、家この辺じゃないよな……?)


 一瞬、そんな疑問が浮かんで。


(って、やべぇ!?)


 即座に、危機感で塗りつぶされた。

 白亜という爆弾がすぐ傍にいる現状を思い出したためである。


(どうにか、白亜ちゃんに気付く前に……)


 貫奈の気をどう逸らすか、必死に考えを巡らせる春輝。


「わわっ……ハル、どうしたの……?」


 しかしそれも虚しく、爆弾の方からこちらに来てしまった。


「って、あれ……?」

「あら……?」


 白亜と貫奈、お互いの疑問の視線が交錯し──

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