SS9 犬の名は。
白亜の暗躍(?)により、新たな家族を迎えた翌朝。
「さぁ、とくと見ろ桃井! これが我が家の新しい家族だ!」
出社早々、春輝は子犬の写真を収めたスマホの画面を貫奈へと向けた。
「おっ、ようやく撮ってきていただけましたか」
貫奈もすぐに食いつき、画面を覗き込む。
「わっ、可愛いですねぇ。柴犬……ちょっとシェパードの血も入ってるんですか。たぶん、男の子ですかね?」
「……一目でわかるのか」
昨晩、まだ開いている動物病院に行って予防接種などを受けてきたのだが。
その時に獣医が言っていたことと、同じであった。
「伊達に犬好きは自称しておりませんので」
そう言いながらも貫奈は画面から目を離さず、写真をゆっくりとスライドさせていた。
「ちなみにこの子、なんていう名前なんですか?」
その質問に、春輝の顔がギクリと強張る。
引き続き貫奈は写真に夢中で、気付いていないようだったが。
「名前……名前なぁ」
「……なんです? まさか、まだ決めてないんですか?」
「いや、決まってはいるんだけど……言わなきゃ駄目か?」
「そりゃ別に、無理にとは言いませんけど……逆に、なんで言いたくないんですか? ご自分で付けた名前でしょう?」
「あー……まぁ……」
これが自分で付けた名前だったら、春輝とて口にするのを躊躇したりはしない。
つまりは、
◆ ◆ ◆
昨晩。
「わぁっ、可愛いねぇ!」
「おりこうそうな顔つきじゃーん」
白亜と共に連れて帰った子犬は、伊織と露華にも好意的に迎え入れられた。
「あの……イオ姉、ロカ姉……」
一方で、白亜はどこか気まずげな表情を浮かべている。
既に、二人にも大体の事情は話してあるのだが。
「ごめんなさい、勝手なことして……」
謝罪する白亜に、姉二人はキョトンとした顔を見合わせる。
それから、ほとんど同時に破顔した。
「確かに言ってくれてたら、もっと早くに協力出来たとは思うけど……白亜の気持ちもわかるし、別に怒ったりはしてないよ」
「ま、結果良ければ全て良しっしょ。なんかよくわかんないけど、春輝クン的にもタイミング良かったっぽいし」
言葉通り、二人共白亜の行動を肯定的に捉えているようだ。
「ん……ありがとう」
白亜の顔にも、ようやく笑みが浮かんだ。
「それより、この子のベッドを用意してあげないと……! とりあえず今日のとこは、ダンボールにタオルとかでどうにかするしかないよね……!」
「てか、お腹すいてんじゃないの?」
「あっ、ご飯はさっきわたしがあげたから大丈夫だと思う」
三人で子犬を囲み、あれやこれやと話し始める。
それを微笑ましく見守っていた春輝だったが、ふと気付いた。
「そういや、その子の名前も決めてやらないとな」
いつまでも、『この子』『その子』などと呼んでいるわけにもいくまい。
「そうですね……それじゃ、皆で案を出し合おっか」
『おー』
伊織の提案に、露華と白亜も同調の声を上げる。
「あっ、でもお姉は……」
「ん? 私が、どうかした?」
「……まぁいっか」
「……?」
露華の曖昧な態度に、伊織は首を捻った。
「ほら、お姉から言っていきなよ」
「えっ、うん……」
けれど、そう促されて頭を切り替えたようだ。
「そうだなぁ、じゃあ……」
顎に指を当て、視線を上向ける。
「カーマデーヴァ、とかどうでしょう!」
それから、名案を思いついたとばかりに春輝の方を見た。
「インドの、愛の神様なんですよ!」
「んんっ……ちょっとその名前は、子犬に背負わせるには重すぎないかな……?」
春輝は、苦笑気味にやんわりと苦言を呈す。
「そうですか? じゃあ……」
今度は、左右に一度ずつ視線を彷徨わせ。
「エロース、はどうでしょう! ギリシャの愛の神様です!」
「愛の神様縛りなの……?」
代案を出す伊織だが、根本が改善されていなかった。
「お姉、こういうとこあるんだよなぁ」
「ど、どういう意味かなっ?」
露華はこうなることを予期していたらしく、呆れ気味に肩をすくめる。
「というかイオ姉は、自分がその名前を呼ぶ姿を客観的に想像した方がいい。イオ姉がエロースエロースって叫んでたら、それはもう完全に事案」
「どういう意味かなっ!?」
半目を向ける白亜に、伊織が叫んだ。
「てか、もっとシンプルなのがいいって。ポチとかコロとかさ」
「それじゃあメッセージ性がなくない?」
「そもそも、なんで犬の名前にメッセージ性を持たせようとしてんのさ……」
なんて、伊織と露華が話す中。
「……ハル」
ポツリと、白亜が呟いた。
呼ばれたのかと思って白亜の方を見る春輝だが、彼女の視線は子犬の方に注がれたままだ。
「ハル、って名前がいいと思う」
どうやら、それが白亜の提案だったらしい。
「いや、それは……」
ちょっとどうかと思う、と言いかけた春輝だったが。
「……うん、いいんじゃん?」
「……私も、それならいいと思うなっ」
ニマッと笑いながらの露華、チラリと春輝に視線を向けた後の伊織、二人の声が被さってきた。
「ちょっ……」
どうにかストップをかけようとするも。
「ハ……ハル、今日はここで寝てくださいねぇ」
「ハルぅ、これからたぁくさん遊んであげるからねぇ」
「ハル、君を見つけたのはわたしというのを忘れちゃだめ。わたしがハルの一番だから」
どうやら、既に彼女たちの間では決定事項となってしまったようだ。
「お、おぅ……」
ハル、ハル、と連呼される中、春輝は妙な気分で半笑いを浮かべるのであった。
◆ ◆ ◆
と、いう出来事を思い出しながら。
「……ハル」
「はい?」
子犬の名前を口にしたわけだが、貫奈には伝わらなかったようである。
「ハルっていう名前なんだよ、この子」
「……ほぅ?」
付け加えると、貫奈は興味深そうに片眉を上げた。
「良い名前ですね。先輩んちの子らしくて」
「そりゃどうも……」
貫奈からすれば春輝が名付けたと認識しているはずで、自分に酷似した名を付けたことをどう思われているのか若干気になる。
が、それはそれとして。
「いやぁ、それにしても可愛いですねぇハルちゃんは。ハルちゃん可愛い。本当に可愛いなぁハルちゃん。ハールちゃぁん、かーわいぃ」
今後も春輝は定期的に貫奈からハルの写真を見せることをせがまれ、その度に「ハルちゃん可愛い」と連呼されるプレイを食らうことになるのであった。
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