SS8 隠していたのは

 犬を飼いたいという話を無事に(?)伊織と露華へと伝えた後、夕食を終えて。


「露華ー、そろそろお風呂入れちゃってくれるー?」


 少し間延びした伊織の声は、洗い物をしながらのもの。


「はいはーい」


 返事する露華は、既に風呂場へと向かい始めていた。


「『はい』は一回でしょー?」

「はいはーい」

「もう……!」


 なんてやり取りを微苦笑と共に聞きながら、春輝は自室に戻る。


 そのまま、寛ぐことしばし。


 カチャン……。

 玄関の方から、そんな音が聞こえた気がした。


「……?」


 疑問符混じりに自室のドアを開けて玄関を確認してみるも、特に不審な点はない。

 ……と判断しかけて、ふと気付く。


(あれ……? 鍵、かけてたよな……?)


 玄関の鍵が、開いているのである。


 次いで春輝は、窓の外へと目を向けた。


(……白亜ちゃん? だよな? こんな時間にどこへ……?)


 人見家から遠ざかる小さな背中を見て、首を捻る。


(黙って出てったってことは、知られたくないことなんだろうけど……うーん……)


 迷ったのは、しかし数秒程度のことであった。


(とりあえず、追いかけてみるか)


 以前の件を教訓に、彼女たちのことで気になった点は早めに確認するよう心がけている春輝である。


「伊織ちゃん、ちょっとコンビニに行くけど何か買ってきてほしいものとかある?」


 一旦キッチンに顔を出し、外出することを告げがてら尋ねる。


「いえ、特には……お気をつけて、いってらっしゃい」

「ん、いってきます」


 そんな風に微笑み合った後、春輝も家を出た。



   ◆   ◆   ◆



「………………」


 周囲をキョロキョロと見回しながら、白亜は夜道を歩いていく。


 向かうは、近所の高架下。

 そこに、がいる。


「お待たせ」


 ダンボールで作った『家』に呼びかけると、『家主』が飛び出してきた。


「キャン!」


 まだ幼い子犬である。


 この子とは、少し前にここで出会った。

 お腹を空かせている様子だったので、たまたま持っていたパンをあげたところ……。


「キューンキューン!」


 こうして、懐かれた次第である。

 子犬は飛び跳ねながら、白亜の足にじゃれついてくる。


「今日のご飯、持ってきたよ」


 と、白亜は微笑みながら懐からビニール袋を取り出した。

 今日のおかずであったバンバンジー、その鶏肉部分が中に収納されている。


 白亜の好物でもあるのだが、グッと堪えてこの子のために大部分を残しておいたのであった。

 伊織はタレを別で用意するタイプなので、ほぼ純粋な鶏肉であるこれは犬が食べても大丈夫なはずだ。


「ほら、お食べ」

「キュン!」


 果たして、手に乗せて差し出すと子犬は猛烈な勢いでガツガツと食べ始めた。


「……ごめんね、こんなことしか出来なくて」


 もう片方の手で子犬を撫でる白亜の声は、少し震え気味である。


「本当は……ウチで飼えれば、一番良かったんだけど」


 白亜も、今の状態が良いと思っているわけでは決してなかった。

 どうにかしたい、という想いだけはあるものの。


「ハル兄に、これ以上迷惑かけるわけにはいかないし……」


 姉妹揃って家に転がり込んだことが色んな意味で春輝の負担になっていることは、十分に理解している。

 それに……。


「今日のハル兄の話で、本格的に無理ってわかっちゃった」


 ──新しい家族を、迎えてみないか?


 白亜が聞いたのは、そこまでだった。

 伊織がトンチキな解釈で暴れている隙に、そっと残ったおかずを手に退席したから。


 しかし、その後の流れは容易に想像出来る。

 恐らく春輝は、ペットとして迎えたい子と出会ったのだろう。


 姉二人が反対するとも思えないし、その子が新しい家族として迎えられるはずだ。

 白亜の我儘で、負担を倍増させることなど出来るはずもない。


「ごめん……私が、もっと早く勇気を出してれば変わってたかもしれないのに……」


 春輝にペットを飼う意思があったのなら、もっと早くに言い出していればこの子を飼える未来もあったかもしれない。

 だからこそ、白亜は不甲斐ない想いで一杯だった。


「せめて……責任を持って、わたしが君の飼い主を絶対探すから……!」


 涙で滲む視界に、自分の手をペロペロと舐める子犬の姿が映る。

 この子が苦しむ未来など、あってはならない。


 そう、決意を固める白亜……だったが。


「え? 普通に、ウチで飼えば良くない?」

「っ!?」


 後ろから聞こえた声に、ビクッとしながら振り返る。


「って、あー……ごめんね、つけてきちゃって」


 そこで少し気まずげな表情を浮かべているのは、もちろん人見春輝その人であった。



   ◆   ◆   ◆



 白亜を追いかけてきたところ、高架下で子犬に餌をあげていた。

 その時点で、ぶっちゃけ春輝としては棚ぼた的な感覚だったのだが。


 白亜が他で飼い主を探すような発言を口にしたため、思わず……。


「え? じゃあ、ウチで飼えば良くない?」


 と、思わず本心が口から飛び出た形であった。


「ウチで、って……いいの……?」


 なぜか、白亜は信じがたいといった表情を浮かべている。


「うん、もちろん。ちょうど、犬飼いたいって思ってたところだし」

「ハル兄、飼いたい子が見つかったからあの話をしたんじゃないの……?」


 どうやら、少なくともその話をしたところまでは食卓にいたらしい。


「いや? 単純に、犬を飼っているって事実が欲し……もとい、とにかく何でもいいから犬を飼いたいって思っただけだし」

「そんなことある……?」


 懐疑的な目を向けてくるのもさもありなんといったところであるが、事実なので仕方ない。


「あるんだよ、大人にはね……」

「むぅ、また子供扱いして……」


 と、白亜は頬を膨らませた。


「……でも」


 その表情が、また変化する。


「本当に、いいの?」


 期待と不安が入り混じったような顔。


「あぁ、構わないさ」

「っ……!」


 春輝が返すと、それが喜び一色に染まった。


「ありがとう、ハル兄!」

「おっとと」


 猛烈な勢いで抱きついてきた白亜に、若干よろめく。


「ありがとう……! ありがとう……!」


 涙声で、何度もお礼を言ってくる白亜に対して。


(……いや、なんか逆に申し訳ない気持ちになってくるな!?)


 ぶっちゃけ『ちょうどよかった』くらいの気持ちでいた春輝は、妙な罪悪感に苛まれた。


「むしろ、こっちこそありがとね……」

「……?」


 春輝としては本心からのお礼だったのだが、白亜は不思議そうに首を傾げるのみ。


 とにもかくにも、こうして人見家に新たな家族が加わったのだった。

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