SS7 新しい家族の話
(マズいことになったよなぁ……)
ここ最近、春輝の頭を悩ませていることがあった。
「先ぱーい。ワンちゃんの写真、まだですかー?」
犬を飼っているという──ことにした──話をして以来、毎日の如く貫奈がそう催促してくるのである。
「あー、悪い。また忘れてたわ」
「もう、何回忘れれば気が済むんですか?」
「ほら、実際に目の前にいるとな? 写真を撮るより、実物を構ってやりたくなっちゃってさ……」
「まぁ、その気持ちもわかりますけど……」
こんな風に誤魔化してはいるが、それもそろそろ限界と言えよう。
「……ところで、ちょっと話は変わるんだけどさ」
この状況をどうにかすべく、探りを入れる。
「桃井は、ネットで犬の画像探したりするのか?」
もしそういう習慣がないならば、ネットで拾った画像で誤魔化すことも可能かもしれない。
「はい、結構やりますよ。飼い主さんのアカウントも沢山フォローしてますし。ブログを追ってる人もまぁまぁいます」
しかし、やはりと言うべきかそんなに上手くはいかないようだ。
「……先輩、そんなことを聞いてくるってことはもしかして」
僅かに目を細くした貫奈に、春輝の頬がギクリと強張る。
(やべっ、雑に探り入れすぎたか……!?)
本当は犬など飼っていないことがバレたのだろうか。
そう思って、内心で焦る春輝だったが。
「先輩も、ネットに写真をアップしようと思ってるってことですかっ?」
どうやら、杞憂だったらしい。
「もしそうなら、絶対アカウントとか教えてくださいね! 私、フォローしますから!」
「まぁ、うん、その時が来たらな……」
目を輝かせながら前のめりに主張してくる貫奈に対して、苦笑気味に返す。
(さて……そろそろマジで、根本的な解決を図らないとな……)
実のところ、ある意味で最も簡単な解決方法は誰にでも思いつくものである。
実際に、犬を飼い始めれば良い。
一人暮らしの時であれば──その場合、そもそものこの問題は発生しなかったという点はさておき──春輝も真っ先にそれを検討しただろう。
ただ、今の春輝は一人でそれを決めるわけにもいかない。
◆ ◆ ◆
というわけで。
「そういえばさ」
その日の夕食の席にて、話題が途切れたタイミングで春輝はなるべなくさり気ない風を装ってそう切り出した。
「伊織ちゃんと露華ちゃんは、動物って好き?」
白亜の名前を入れなかったのは、以前に動物園で邂逅したことを鑑みてである。
配信用の動画撮影のためとのことだったが、流石に動物嫌いがわざわざ撮影場所に動物園を選びはしないだろう。
「私は、好きですよ。あ、爬虫類とかはちょっと苦手かもですけど」
軽い調子で、伊織がそう返してくる。
「昔、犬を飼いたいってお父さんにおねだりして……ダメって言われて、泣いちゃったこともあります。お父さんは忙しくてあんまり家にいないし、私も当時はまだ小さくてたぶんお世話とか出来なかったと思うんで、今にして思えば当然の判断なんですけどね」
少しだけ照れくさそうに、伊織は自身の頬を掻いた。
「あっ、それお姉もやったんだ。ウチもちっちゃい頃に、全く同じ流れやったよねー」
「ふふっ、あの時はやっぱり姉妹なんだなーって子供心に思ったよ」
露華と伊織、お互い懐かしそうに笑い合う。
「ってか、確か白亜もやったよね? ははっ、ホントに似た者姉妹だわー」
「っ……」
楽しげに笑う露華の言葉に、白亜がピクリと肩を揺らして反応した。
「………………」
次いで、何かを言いたげに口を開き……結局、何も言わないままにまた閉じる。
「ん? なにその反応?」
これには、露華も疑問を覚えたようである。
「……別に」
白亜は、プイッと顔を背けた。
「はっはーん?」
そんな姿は、露華はピンときた表情に。
「さては、春輝クンの前で恥ずかしい過去をバラされて拗ねてんでしょ? 別にいいじゃーん、ウチとお姉も一緒だったって言ってんだからさー」
ニマニマと笑う露華に頬を突かれても、白亜は無反応であった。
そんな二人を、伊織が微苦笑と共に眺めている。
(よし……悪くない話の流れだ)
春輝は、この場の雰囲気をそう判断した。
言うまでもなく、この話題を出したのは犬を飼うことを相談するためだ。
この話題の延長で「じゃあ、今度こそ犬を飼ってみないか?」と提案するのは、さほど不自然ではないだろう。
「あのさ、もし君たちがよければなんだけど」
若干の緊張感を、胸に抱きつつ。
「新しい家族を、迎えてみないか?」
春輝は、本題を口にした。
その結果。
カランカランカラン……!
真っ先に食卓に響いたのは、箸が転がり落ちる音であった。
今しがたまで、伊織の手に握られていたものだ。
「新しい家族って……! は、春輝さん……まさか……!?」
なぜか伊織は目を大きく見開き、震える唇から辛うじてといった調子で声を出す。
(えぇ……? ペット、そんなに駄目だったの……? いやそれならそれで構わないんだけど、なんでこんなショックを受けたようなリアクションなんだ……?)
想定外の反応に、春輝は戸惑うばかりであった。
「お子さんが産まれるということですか!?」
「……はい?」
かと思えば更に想定外の言葉が飛び出てきて、今度は春輝の方が固まってしまう。
「お、お相手は誰なんでしょう……!? あっあっすみません、もしかして私が聞いていいことじゃなかったりしますか!? 結婚を飛ばしてお子さんの話が出たってことは、そういうこと……!? でもでも、あぁ、私、どうすれば……!?」
伊織は一人でどんどん話題を転がし、一人でどんどん動揺を大きくしていた。
「伊織ちゃん、とりあえず落ち着いて……?」
とにかくどうにかせねばと、春輝は恐る恐る話しかける。
「そ、そうですよね……! 落ち着いて……! 出産日のご予定はいつなのでしょうか!?」
「出産日の予定とかないから!」
「もう産まれているということですか!?」
「じゃなくて、そもそも子供が出来る予定なんてないんだって! もちろん、現段階でもいない!」
「………………え?」
ここに来て、ようやく伊織に話が通じた感触。
「そ、そうなんですね……よかったぁ……」
ホッとした様子で、伊織はへにゃっとした笑みを浮かべる。
(よかった……?)
その発言の意味が一瞬わからなかった春輝だが、すぐに理解した。
(あぁまぁ確かに、俺が結婚したり子供作ったりしたらこの家での暮らしどうなるんだって話だもんな)
なお、本当に理解したとは言っていない。
「えと、それじゃあ『新しい家族』というのは……?」
「うん、犬を飼いたいと思ってね」
「あ、なるほどそういうことでしたか」
だいぶ迂回したが、ようやく本来の意味が伝わったらしい。
「ていうか、さっきの話の流れでなんで俺の子供って発想が浮かぶんだ……?」
苦笑気味に、ついそう漏らしてしまう。
「ま、お姉はムッツリだからね」
「ちょっ、春輝さんの前でなんてこと言うの!? ていうか、ムッツリじゃないよ!?」
呆れた調子で肩をすくめる露華に、伊織が抗議の声を上げた。
「仮にそれが事実だとしても、そうはならなくないか……?」
「春輝さん!? 事実じゃないですよ!?」
疑問を重ねる春輝に、伊織が抗議の声を上げた。
「と、ともかく! 私としては!」
誤魔化すように、パンと手を打つ。
「ワンちゃん、賛成ですよ。というか、大歓迎ですっ」
次いで、ニコリと笑った。
「ウチも、もちろん歓迎よ? どうせ白亜も……って、あれ?」
賛同を示した後に横に視線を向けた露華が、疑問の声を上げる。
「白亜、いつの間にごちそうさましたんだろ……?」
そこに、白亜の姿がなかったためであろう。
春輝も、いつ彼女が出ていったのか全く気付かなかった。
主に、伊織への対応に気を取られていたためだが。
「白亜、まだ結構おかず残ってたと思うんだけど……急いで食べたのかな……?」
もちろん、当の伊織も気付いていなかったようだ。
空になった白亜の皿に目を向けながら、少し不思議そうな表情を浮かべている。
確かに、白亜は春輝たちが騒いでいる間にもマイペースで食べ続けることに定評があるのだが。
上手く言えないが、春輝も少しだけ妙な引っかかりを覚えた。
―――――――――――――――――――――
前回より1週間空いてしまいまして、申し訳ございません。
また、重ねて申し訳ございませんが、次回更新も1週間後、来週日曜とさせてください(曜日は多少前後する可能性もございます)。
7月に入りましたら、また週2更新を基本としたいと思っております。
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