SS6 彼女の中にだけある記憶
春輝も貫奈も、学生時代から今に至るまで友達が多い方ではない。
が、全くいなかったかと言えばそんなことはなく、それなりに付き合いの深い友人は何名かいた。
また、大学時代の二人は一緒にいることが多かったため──というより、主に貫奈が春輝を追いかけていた形だが──その交友関係は重なる部分も多かった。
杉田も、そんな共通の友人の一人。
というかこの時の飲み会には、そんなメンバーばかりが集まっていた。
ゆえに、会場である杉田宅に流れていたのは非常に気安い空気で。
「うぇーい人見ぃ、次ウォッカいっちゃうー?」
「おっ、いいねぇ。くれくれ」
「人見! お前が持ってきた缶詰空けんぞぉ!」
「遠慮せず、全部開けろっての! わはは、奮発して一個千円の高級品買ってきたんだぜー!」
陽気に笑いながら、春輝はパカパカとグラスを空けていく。
この頃の春輝は自重の『じ』の字も知らず、延々ハイペースで飲むことが多かった。
そして翌日、二日酔いによる酷い顔でキャンパスに顔を出すまでがセットである。
「貫奈、このお酒甘くて美味しいよー!」
「へぇ……? ……本当だ! もう一杯ちょうだい!」
「桃井ちゃん、そろそろ日本酒デビューしてみない? これ、フルーティーで凄い飲みやすいと思うよ」
「あっ、じゃあいただきます!」
貫奈もまた、自重することなく……というよりも当時は自分の許容量をまだ把握出来ていなかったため、勧められるがままに全部飲んでいた。
適当で、騒がしく。
けれど身内特有の楽しさに溢れた、大学生らしい飲み会である。
飲んで話して、話して飲んで。
そうこうしているうちに、時刻はもう深夜と言って差し支えない時間帯となっていた。
「うぇす……俺、トイレぇ……」
怪しい呂律で言いながら立ち上がり、春輝は千鳥足でトイレへと向かっていく。
「桃井ちゃん、桃井ちゃん」
「ふぁい……?」
そのタイミングで杉田が小声で手招きしてきたので、貫奈は虚ろな目をそちらに向けた。
「俺ら、これからちょっとコンビニ行ってくるから」
「あっ、はぁい。じゃあ、しぇんぱいが出てくるのを待って……」
「いや、そうじゃなくてさ」
財布を手にしようとする貫奈を、杉田が押し止める。
「しばらく、二人きりにしてあげるって意味だよ」
「ふぇ……?」
ニッと笑う杉田が何を言っているのかわからず、貫奈は首を捻った。
「俺が見る限り、脈アリっつーか人見もたぶん桃井ちゃんのこと好きだと思うぜ? 他の女の子と話す時と全然表情違うしさ。だから……そろそろ、キメちゃえば?」
「………………ふぇっ!?」
酔いでだいぶボヤけている頭でも、ようやく理解する。
つまり、「告白せよ」と言われているのだと。
「とはいえ、俺らが帰ってきた時に部屋に入れないような状況にまで一気に発展するのは出来ればやめてくれよー?」
「ちょ、もう、何言ってんですか!?」
酔いとは別の理由で赤くなかった貫奈の顔を見て楽しそうに笑ってから、杉田を始め他のメンバーは玄関を出ていく。
「うぃー……あれ……?」
少しだけ間が空いた後、春輝がトイレから戻ってきた。
「皆は……?」
不思議そうに、室内をキョロキョロと見回す。
「その、コンビニに行きました……」
「えっ、そうなの? なんだよー、そんなら俺も行くし待っててくれりゃいいのにー」
不満を顔に表しながら、春輝は貫奈のすぐ隣に腰を下ろした。
先程までだって変わらない距離感だったはずなのに、思わず貫奈はビクッと身体を震わせてしまう。
「んで? 桃井はアレか? 置いてかれた俺を哀れに思って残ってくれたわけ?」
「いえ、その……」
流石に、「先輩と二人きりになれるよう私も置いていかれました」と言うわけにはいくまい。
「せ、先輩はだいぶ酔ってらっしゃるようなので、変なことをしないようにと」
「ははっ、お目付け役かよー」
咄嗟に思いついた言い訳を口にすると、ケタケタと春輝は楽しそうに笑う。
「まぁいいや。ほんじゃあ、しばらくは二人で飲んでようぜ」
「あ、はい……」
この状況を不審に思った様子もなく、春輝は再びグラスを傾けた。
「……あっ!?」
何とは無しにそれを眺めていた貫奈だったが、とある事実に気付いて思わず声を上げる。
「せ、先輩、それ……! 私のグラスです……!」
「んあ? マジで?」
己の手にあるグラスに視線を向け、春輝は目をパチクリと瞬かせた。
「あ、ホントだ。俺の、こっちか。いやー、悪ぃ悪ぃ」
特に思うところもなさそうに、持っていたグラスを貫奈の前に置く。
普段の春輝であればまず間違いなく動揺ポイントだったろうが、どうやらアルコールで色々と麻痺っているらしい。
「そ、その、先輩は……!」
「ん?」
「嫌じゃ、なかったですか……?」
「何が?」
「…………私のグラス、使うの」
もっとも色々と麻痺っているのは貫奈も同様であり、素面なら絶対に口に出さないような言葉が転び出た。
「ははっ、嫌なわけないじゃん」
心臓がうるさいくらいに高鳴っているのもまた、酔いのせいなのか。
あるいは、目の前の笑顔のせいなのか。
(あわわわ……!? 嫌じゃないってつまり、私を好きってこと!?)
少なくとも、この思考の飛躍っぷりが酒のせいであることは間違いないと言えよう。
(杉田先輩も、絶対そうだって言ってたし……!)
なお、杉田も「絶対」とまでは言っていない。
(そうだよ、杉田先輩に告白しろって言われちゃったし……! 皆にも気を使ってもらっちゃったし……! 告白、しないとだよね……!)
判断力の低下が結果的に思い切りの良さを招いたらしく、五年近くもヘタレていたのが嘘だったかのように決意が定まった。
「先輩!」
そして。
「私、先輩のこと! ずっと前から!」
決定的な言葉を。
「好……」
ほとんど、口に出しかけた瞬間であった。
「ももい……」
春輝が、貫奈の方に迫ってきたのは。
「……って、えぇっ!? ちょっ、先輩、私まだそこまでの覚悟は……!」
両者の顔の距離が、徐々に縮まっていき──
「すー……」
そのまま春輝は貫奈の横を通り過ぎ、床に倒れ込んだ。
「………………は?」
たっぷり数秒は空いた後に、貫奈は呆けた声を上げる。
「すぅ……すぅ……」
隣に目を向ければ、寝息を立てている春輝の姿が。
「……いや、よりにもよってこのタイミングで!?」
今まさに告白せんとした瞬間での寝落ちであった。
「ちょっと先輩、せっかく絞り出した私の勇気返してくださいよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
酒の力を多分に借りていたとは、勇気は勇気。
貫奈のこの叫びは、さもありなんといったところであろう。
こうして、結局告白は未遂で終わったのであった。
◆ ◆ ◆
(まぁ、というか……仮にあのタイミングで告白出来ていたとしても絶対先輩翌朝になったら覚えてなかっただろうし、その方がダメージ大きかったかもね)
そう考えると、あれはあれで良かったのかもしれないと思う。
「桃井……? なんだよ、急に黙り込んで」
「……いえ、当時のことを少し思い出していまして」
「ははっ、自分の痴態をか? 結局、何やらかしたんだよ?」
ただ、目の前の男に対して思うところが全くないでもない。
「……あの時、私は先輩に酷いことをされました」
「!? ちょ、待て、なぜ急に俺の話に……!?」
ちょっとした仕返しくらいは、許されても良いだろう。
「はぁっ、どれだけ乙女心が踏みにじられたことか」
「マジで……!? えっ、なんか、ごめん……?」
あの時望んだ未来には、結局至れていないけれど。
「なぁおい桃井、俺は何をやらかしたんだ……!?」
「ふふっ、秘密です」
「なんでだよ!?」
「間の悪い先輩への罰、ですかね」
「意味がわからん……!」
この関係も悪くはないと、貫奈は思うのであった。
今は、まだ。
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