SS(第3章)

SS5 家で待っているのは?

※今回より、特に注釈がない限り本編終了後の時系列とお考えください。

―――――――――――――――――――――






 とある平日の、定時後のこと。


「人見ぃ、今度の歓送迎会の出欠今日までなんだけど。お前、どっち?」

「あっ、すみません。出席でお願いします」


 帰り支度を整えていたところに先輩社員から声をかけられ、春輝は軽く頭を下げながらそう返した。


「あいよー、出席ね」


 幹事を務めてくれている先輩社員は、手元のメモにチェックを入れながら去っていく。


「先輩、珍しいですね? 最近はあまり飲み会に顔を出されないのに」


 たまたま通りがかったらしい貫奈が、立ち止まって小さく首を傾けた。


「まぁ、流石に歓送迎会はな」

「……と、いうか」


 キラン、と貫奈のメガネが光った……ような、気がする。


「私としては、むしろ飲み会にあまり参加されなくなった先輩の方に違和感なんですけどね? 昔から、よほどのことがない限り飲み会を断ることはなかったですよね?」


 貫奈の指摘に、ギクリと顔が強ばるのを自覚した。


「いや、ほら、アレだよ。こないだの健康診断で、肝臓がちょっとアレでな? 流石に自重してんだよ」

「そうでしたか」


 頷きつつも、貫奈の表情に納得の色は薄く見える。


「私はてっきり、家に早く帰りたい理由でも出来たのかと思っていたのですけれど」


 ギクリ。

 顔がまたも強ばる。


「は、ははっ……一人暮らしの男が家に早く帰りたい理由なんて何があるってんだよ?」


 どうにか笑いながら誤魔化そうと試みた。


「そうですねぇ……学生時代と違って、最近はゲームにハマってらっしゃるような様子もないですし……」


 顎に指を当て、思案顔で呟く貫奈。


「……一人暮らしじゃなくなった、とか?」


 ギクギクッ!

 顔が非常に強ばる。


 まさか彼女は、全てを見透かしているのではないか……そんな嫌な想像が、頭の中を駆け巡った。


「な、なな、何を言って……」

「おや、図星でしたか」


 咄嗟にはぐらかそうとしたものの、動揺しすぎて逆に確信を抱かせてしまったらしい。


「別に、隠さなくてもいいじゃないですか」


 貫奈は微苦笑を浮かべる。


(いや、隠さないとやべぇに決まってるだろ……! バレたら社会的に死ぬんだぞ……!?)


 というか、なぜ貫奈はこんなにもフラットな態度なのか。


「ペットを飼い始めるくらい、一人暮らしでも普通でしょう?」


 と思っていたら、どうやらそう勘違いしていたらしい。


(ま、まぁそれはそうか……普通に考えて、女子中高生と暮らしてるとは思わないもんな……それも、三人も……)


 内心で安堵を懐きつつ。


「あぁ、まぁ、そうなんだよ。ペットを、ちょっとな」


 この方向で誤魔化すべく、話を合わせることにした。


 が、直後にそれが失策であったと悟る。


「それでそれで、何ですか? 何を飼い始めたんですかっ?」


 貫奈が、めちゃくちゃ前のめりに食いついてきたためである。


(げ、しまった……そういやこいつ、動物好きなんだったな……)


 今更ながらにそれを思い出したが、時既に遅しであった。


「何でもいいだろ……」

「よくないですよー! 凄く気になるじゃないですか! 犬ですか? 猫ですか? それとも、爬虫類とかっ?」

「お前、爬虫類もイケる口なの……?」

「はいっ! 自分で飼うのは大変そうなので控えてますけど、よく画像検索とかしますよ! それで、爬虫類なんですかっ?」


 貫奈は明らかにテンションを上げており、このままなぁなぁで誤魔化しきるのは難しそうだ。


「あー……その、犬だよ」


 とりあえず、無難そうな回答を返しておく。

 実際子供の頃に飼っていた経験もあるので、的外れなことを言ってしまう可能性も低いだろう。


「そうなんですねー。写真、見せてくださいよ」

「写真はないかな……」

「えっ!? 写真、ないんですか!?」


 信じられない、とばかりに貫奈は目を見開く。


「そんな驚くようなことか……?」

「えー? だって、ペットの姿を残しておきたいと思いません? 特に飼い始めだと、ついつい撮りたくなる仕草とか多いじゃないですか」


 確かに、一枚も写真に収めていないというのも不自然な気がしてきた。


「えーと、ほら、俺、普段からあんま写真とか撮らない派じゃん?」


 とはいえ無いものは無いので、苦しい言い訳を口にする。


「あー……そういえば先輩、スマホの画像フォルダとかソシャゲのスクショくらいしかありませんもんね……」


 すると、貫奈はあっさりと納得してくれた様子であった。


「それはほっとけよ……」


 思わず苦笑が浮かぶが、普段からほとんど写真を撮らない生活を送っている自分に感謝。


「……じゃあ」


 そこで貫奈は言葉を切り、なぜか何かを決意するかのように口を引き結ぶ。


「今度、先輩のお宅まで見に行ってもいいですか?」

「絶対に駄目!」


 否定の言葉は、反射的に出たものであった。


 そもそもペットが実在しないのに加え、今の人見家は小桜姉妹の生活の痕跡が残りすぎている。

 一時的にせよ、全てを消し去るのはかなり難しいと言えよう。


「そんな力強く否定しなくても……」


 シュン、と貫奈が項垂れる。


「あ、いや、悪い、そういうつもりじゃなくて……」


 今更ながらに貫奈の意図・・を悟り、春輝は慌ててワタワタと手を振った。


 犬を見たいという気持ちも本心ではあろうが、想い人との距離を縮めたいという気持ちもあったのだろう。


「今、家が壊滅的に散らかっててな! とても人に見せられる状態じゃねぇんだよ! だから、その、写真な! よし、今度写真撮って見せるわ!」


 引き続き特に意味もなく慌ただしく手を動かしながら、そう言い繕う。


「……はい。では、お願いしますね」


 貫奈も微笑んでくれた。


(やっべぇ、咄嗟に言っちまったけど……どうしよう、ネットに転がってる写真とかで誤魔化せるか……?)


 代償として、春輝は一つ問題を抱えることになったわけだが。


「にしても……最近は飲み会に参加された時でもセーブされていることが多い印象でしたが、それもワンちゃんのためだったんですね」

「ん、あぁ、そうだな。あんま酔っ払って帰って変なことしちゃうわけにもいかんしさ」


 その言葉に嘘はない。

 実際のところは、対象が犬ではなく伊織たちであるというだけで。


「それですよねー。私もペット飼おうか迷うことがあるんですけど、お酒を飲みにくくなるのがネックで」

「お前は別に変な酔い方したりはしないだろ?」

「言ったでしょう? 先輩の前では下手な酔い方しないようにしてるだけですよ」


 それは確かに、例の『告白』の夜にも口にしていたことだ。

 春輝としては一旦決着を付けたつもりとはいえ、あの時のことを思い出すと妙にソワソワした気持ちになってしまう。


「一人飲みや女友達との飲み会なんかでは、ちょいちょいやらかしたりしてます」


 そんな春輝の内心を知ってか知らずが、貫奈は微苦笑を浮かべていた。


「先輩の前でも……一度だけやらかしましたし、ね」


 それから、それをどこか意味深に変化させる。


「そんなこと、あったっけ……?」

「ほら、杉田先輩が一人暮らしを始めたからって皆で押しかけて宅飲みやったことあったじゃないですか」

「あー、そういやあったなそんなこと」


 杉田とは春輝の同級生で、貫奈との共通の友人でもあった。


「ただ俺、あの時の記憶途中から全くねぇんだよなぁ……」

「ふふっ、そう言ってましたね」

「俺が覚えてないだけで、実は痴態を演じてたってことか?」

「痴態って言わないでくださいよ……まぁ、否定は出来ませんけど」



   ◆   ◆   ◆



 クスリと微笑みながら、貫奈は思い出す。


(というか、あの時のことがあったから先輩と飲む時は自重するようになったんだよなぁ……)


 当時、大学生。


 成人になったばかりでまだお酒も飲み慣れていなかった、とある夜のことを。







―――――――――――――――――――――

長くなりましたので、一旦ここで切ります。

今回より、完全書き下ろしでお送りしております。

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