SS4 人見春輝の日常
※今回のSSは、1巻中盤頃(第37話以前)の時系列とお考えください。
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「あー……今日も疲れた……」
中小IT企業に勤める社畜、人見春輝はそんな風にぼやきながら帰路を歩いていた。
もうすっかり夜も更けており、後は真っ暗な家に帰って死んだように眠るだけ。
それが、春輝の数年来の日常であった。
そう……つい、先日までは。
けれど、今は帰る先である自宅に明かりが灯っていて。
「ただいまー」
「おかりなさい、春輝さんっ!」
「春輝クン、おつかれー」
「おかえり、ハル兄」
玄関を開けると、制服姿の三姉妹に迎えられる。
それが、春輝にとっての新たな日常となっていた。
三人が神待ち──いわゆる家出少女が、泊めてくれる人を掲示板などで探すこと──をしていたところを酔った勢いで拾った結果、彼女たちと同棲状態となっているのだ。
「もうご飯、出来てますのでっ!」
「あぁ、ありがとう」
ニコリと笑う長女・伊織に礼を言う。
高校二年生にしてやたらと発育の良い『一部』に目がいかないよう、気をつけながら。
「今日も美味しそうな匂いだ」
「お口に合えばいいんですけど」
「合うに決まってるさ」
一緒に住むようになって以来、伊織はこうして毎度食事を用意してくれている。
おかげで、壊滅的だった春輝の食生活は大幅に改善されていた。
「お風呂の掃除も終わってるから、いつでも入れる」
「おっ、気が利くねぇ。流石は白亜ちゃんだ」
次いで報告してきた三女・白亜の頭に手を乗せ、撫でる。
こちらは中学三年生としても若干小柄で、春輝としても自然に接することが出来た。
「わたしは大人の女性だから、気が利くのも当然」
「あぁ、そうだね」
ムフーと満足げな表情を浮かべる白亜に、笑ってしまいそうになるのをどうにか堪える。
姉たちから子供扱いされることが多いせいか彼女は大人ぶろうとする場面が多いのだが、そんな様は殊更子供っぽく見えた。
「と、いうわけでぇ……春輝クン?」
「……何かな、露華ちゃん?」
ススッと身を寄せてきた次女・露華には、若干警戒態勢となる。
高校一年生ながら十分に女性らしい彼女だが、現在その顔に浮かぶのはイタズラっ子のような笑みであった。
「ご飯にする? お風呂にする? そ・れ・と・もぉ? ウチにするぅ?」
露華がこんな風に絡んでくるのも、割といつものことだ。
「うん、ご飯かな」
「ウチをオカズにするって意味で?」
「普通の意味で」
いつものことなので、春輝の対応も割と雑いものである。
「あっ、さては……そういうこと? ウチ、わかっちゃったなー」
だが、露華のニンマリとした笑みは崩れなかった。
「今はウチよりぃ……お姉をご所望の気分、ってこと? だよねぇ?」
「ふ、ふえぇっ!?」
露華の流し目を受けて、伊織が露骨に狼狽する。
「今日はおっきい方の気分だったかー、だったら仕方ないなー」
ちなみに、露華の体型はスレンダーなのに対して、伊織はだいぶ『大きめ』である。
「そ、そうなんですか!?」
「いや……」
目を丸くする伊織へと、春輝は苦笑気味に否定の言葉を口にしようとするが。
「あの、その、春輝さんがお望みなのでしたら私としては吝かではないと申しますか! むしろ、望むところと申しますか! 準備は出来てます!」
「……え?」
グルグルお目々となった伊織がそう叫んだので、代わりに疑問の声を発することとなった。
「……あれ?」
一瞬の後、伊織がコテンと首を傾ける。
「ま、間違えましたっ!」
そして、顔を真っ赤にしながら慌てた様子で手を振った。
どうやら、今更ながらに先の自分の発言の意味を理解したらしい。
「今のは、えっと、アレです! ご飯の準備が出来ているという意味です!」
「イオ姉、それはさっきも聞いた」
「そ、そうだったかにゃ!?」
白亜のツッコミに、伊織がにゃっと吠えた。
「ははっ……別にそういう意味はないのはわかってるから、落ち着いて」
「は、はい……」
苦笑気味に春輝が取りなすと、ようやく伊織も冷静さを取り戻してきたようだ。
「それより、ご飯にしよう。せっかく作ってくれたのが冷めちゃ勿体ない」
話題を変えて、キッチンの方へと歩き出す春輝。
伊織がテンパるのもよくあることなので、既に慣れたものである。
(今日も我が家は、随分と騒がしいことだ)
なんて思って、クスリと笑う。
長らく一人で暮らしていたこの家には存在しなかった騒がしさ。
彼女たちと暮らし始めた当初こそ戸惑ったものだが、今では春輝もこの騒がしさがあってこそ『帰ってきた』と感じるようになっていた
そんな風に、考え事をしていたからだろうか。
「……そういう意味、だったんだけどな」
春輝に続いて歩きながら小さく紡がれた伊織の声は、春輝の耳には届かなかった。
◆ ◆ ◆
なんだかんだと、これまた騒がしい夕食を終えて。
「むぅ……ハル兄、今のはハメ技では?」
「いや、ちゃんと抜け方があるんだ。ほら、こうやって」
「……なるほど」
食後に白亜とゲームに興じるのも、割と日常的なこととなっていた。
ただこの時、いつもと異なったのは。
「どーん!」
「うおっ!?」
背後から、露華が抱きついてきたという点だ。
「な、なんだよ急に……?」
「だってー。春輝クン、白亜にばっかり構ってズルいんだもーん」
動揺混じりに振り返ると、唇を尖らせる露華の顔が目に入る。
「君、そんなキャラじゃないだろ……」
「んふふー、ウチは常に春輝クンへの新たなアプローチを考えているのだ」
そう言いながら、露華はギュッと腕に込める力を強めた。
(ぐむ……かなり、圧迫されてる感触が……!? お、落ち着け……相手は一回り近く年下の子供なんだぞ……!)
伊織に比べれば小さいとはいえ、露華も十分に『ある』。
「ふっ……今日は随分と甘えんぼな設定なんだな?」
そこに意識がいっていないように振る舞うのに気力を費やす必要があった。
「むぅ……ロカ姉の方こそ、ズルい」
そんな春輝の内心を知ってか知らずが、今度は白亜が頬を膨らませる。
「それなら、わたしも……どーん」
「おっと」
そして、春輝の胸元へとダイブしてきた。
「白亜ちゃんも、甘えんぼさんになっちゃったのかな?」
こちらは起伏に乏しい体型だということもあり、幾分余裕を持って対応出来る。
「それは違う。大人の女性は、ボディタッチを重要視する。ゆえにこれは、大人の女性としての行動」
「ははっ、そっか」
笑って春輝が頷いた後、少しだけ沈黙の時間が生まれて。
「……春輝クンの背中、おっきいね」
「ハル兄、あったかい……」
どこかしみじみとした調子で、二人が呟いた。
「……そっか」
もう一度、今度は曖昧に頷く。
(親が恋しい年頃……だよ、なぁ……)
春輝は、彼女たちの事情について何も知らない。
なぜ、三人で『神待ち』をしていたのか。
両親はどうしているのか。面倒を嫌って、踏み込まずにいる。
それでも。
(少しは、親代わりになれてるのかな……)
彼女たちの安心したような顔を見て、そんな風に思った。
そうであればいいと、願った。
「露華ー? 白亜ー? そろそろお風呂に入る準備を……」
とそこに、伊織が顔を出す。
「また、そうやって甘えて……春輝さん、すみません……」
そして、恐縮した様子で頭を下げてきた。
「ははっ、構わないよこれくらい」
実際、こんなことで寂しさが紛れるならいくらでも付き合うつもりになっていた。
いきなり──特に露華に──やられると先程のように動揺してしまう可能性が高いので、出来れば事前に断ってほしいところではあったが。
「伊織ちゃんも来てくれていいんだぜ? 二人みたいに、『どーん!』ってさ」
冗談めかして、肩をすくめて見せる。
そう……春輝としては、冗談のつもりだった。
「は、はいっ! よろしくお願いします!」
けれど、どうやら伊織は本気にしてしまったらしい。
何やら両拳をグッと握って、気合いを入れている様子である。
(……まぁ、伊織ちゃんだって寂しさを感じてるんだろうしな。父親代わりとして、ここはこの子もどーんと受け止めてやろうじゃないか)
内心にて、春輝は余裕たっぷりで頷いた。
「それでは、失礼します……!」
若干緊張した面持ちで、伊織が歩み寄ってくる。
(……ところで、伊織ちゃんはどこに抱きついてくる気なんだ?)
そんな中、ふと春輝は疑問に思った。
既に後ろは露華、前は白亜によって埋まっている。
「ど、どーん……!」
おずおずと言いながら、伊織が選択したのは……横合いから抱きつくという行動であった。前後が駄目なら、横。それ自体は、なるほど納得出来る。
だが、しかし。
(なんで頭に抱きついてくるんだよ!?)
頭部を掻き抱かれるというのは、流石に予想外であった。
「……ふふっ。なんだか、少し不思議な気分です。ドキドキするのに、落ち着くような」
「そ、そう……」
どこか安らいだような伊織の声も、半分くらいしか耳に入ってこない。
(や、柔らかい感触が……! えーい、考えるな……! 父親代わりとして、しっかりと受け止めてやらないと……! 俺は父親……俺は父親……俺は父親……!)
何度も心中で繰り返し、自分に言い聞かせるも。
(いや、父親でこんな状況になることある!?)
残念ながら、自分を誤魔化しきることは出来そうになかった。
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1巻の店舗購入特典公開、第4弾。
今回はアニメイト様特典で、他作品との合同特典冊子に収録されたものです。
なので、他のSSと違って作品紹介的な内容になっております。
1巻の購入特典については、これでラストです。
次回からは、書き下ろしのSSをお届けして参ります。
2巻の購入特典SSにつきましては、またいずれ。
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