SS3 白亜と運動、からの……?

 とある休日の昼下がり。


 伊織と露華は出掛け、残された二人は。


「完全勝利……!」

「ば、馬鹿な……! 全く勝てないだと……!?」


 誇らしげに天に向け手を掲げる白亜、息を切らせながら地に四肢を着く春輝、という光景を人見家のリビングにて展開していた。


 実際に身体を動かすタイプのゲームで、春輝が白亜にボロ負けを喫した結果である。


「ハル兄のテクは確かなものだと思う。でも、それに身体が付いていってない」

「ぐうの音も出ねぇ……!」


 まさしく自分でも考えていた原因を指摘され、呻くしかない。


 思わぬところで身体の衰えを実感した形であった。


「……にしても、だいぶ汗かいたな。白亜ちゃん、シャワー浴びてきなよ」


 額の汗を手で拭いながら、そう促す。


「わたしはそこまで汗かいてないし、先にハル兄が浴びるべきだと思う」

「あ、はい……」


 しかし白亜の返答に、今度も頷くしかなかった。

 彼女はほんのり汗ばんでいる程度なのに対して、春輝の汗はポタポタと先程から床に垂れているレベルなのだから。


「そんじゃ、サッと浴びてくるわ」


 素直に白亜の言葉に従い、風呂場へと向かう春輝であった。


   ◆   ◆   ◆


 数分後。


「ふぅ……お待たせ、白亜ちゃん」

「ん」


 タオルで髪を拭きながら戻った春輝と入れ替わりで、今度は白亜が風呂場の方へと向かっていく。

 なお、ゲーム類は既にキッチリと片付けられていた。


「これじゃ、どっちが子供がわかんねぇな……」


 ドライヤーで自身の髪を乾かしながら、思わず苦笑を漏らす。


 そのまま、しばし……ふと窓に何かが当たった気がして、目を向けると。


「……夕立か」


 先程まで晴れていたはずの空から、ポツポツと雨が降り注ぎ始めていた。


 ガチャバタン! ドタドタドタドタ!


 風呂場の方から、慌ただしい音が聞こえてくる。


「干してある布団を取り込むよう、イオ姉に頼まれてたのを忘れてた……!」


 それから、焦った声と共に白亜がリビングに飛び込んできた。


「そっか、そんじゃ早く取り込まないと……なっ!?」


 何気なく振り返って、春輝はギョッと顔を強張らせる。


「いや白亜ちゃん、服は!?」


 そこにいた白亜が、下着姿だったためである。


「布団はこっちで取り込んどくから、とりあえず服着てきな!?」

「ハル兄はわかっていない……! イオ姉は、怒ると結構怖い……! 怒鳴ったりはしないけど、笑顔で『圧』を放ってくる……!」

「今そういう話してないから! ほら、ここは任せて行って!」

「……わかった。それじゃハル兄、後は頼んだ……!」


 布団を取り入れるだけのことで、戦場でのようなやり取りが交わされた。


「さて、急がないとな……!」


 約束を果たすべく、足早に布団を干してある場所に向かう春輝。


「……よし、大丈夫そうだな」


 そして、取り入れた布団が濡れていないことに安堵する。


「ハル兄、ありがとう」


 そこに、再び白亜が戻ってきた。


 今度はちゃんと服を着ているが、まだ慌てていたのか若干乱れ気味である。


「白亜ちゃん、髪乾かしてあげるからこっちにおいで」


 その黒髪も湿っていることに気付き、春輝は小さく笑って手招きした。


「いい……自分でやるし……」


 どこか照れた調子なのは、髪が濡れたままなのに気付かなかった自分を恥じたのか、人に髪を乾かしてもらう行為が子供っぽいと思ったのか。


「いいからいいから。ゲームの勝者に送られる特権ってやつだよ」

「む……そういうことなら」


 けれど春輝の言葉に、一つ頷き歩み寄ってきた。


「それではこちらにお座りくださいませ、お嬢様」


 取り入れたばかりの布団の上で胡座をかき、冗談めかしてそこを指し示す。


「うむ」


 白亜は、しかつめらしい顔でチョコンと腰を下ろしてきた。


 ドライヤーのスイッチを入れる。


 そこからはお互い無言で、しばしドライヤーの駆動音だけがリビングに響いた。


「……うし、こんなもんかな」


 一通り乾いたのを確認し、スイッチを切る。


 すると、コテンと白亜がもたれかかってきた。


「……白亜ちゃん?」


 呼びかけながら、その顔を確認すると。


「すぅ……すぅ……」


 その目はすっかり閉じられており、寝息が聞こえてきた。


「ははっ、運動してシャワー浴びたら眠たくなるよな」


 と、微笑む春輝だったが。


「……ふわぁ」


 白亜の眠気が伝染してきたのか、あくびが漏れた。


「……確かに、これは」


 呟きながら、布団に横になる。


 先程まで陽の光を浴びていた布団は、未だ温かいもので。


「眠く……なる……」


 すぐに、春輝の意識も夢の国へと旅立った。


   ◆   ◆   ◆


「ただいま帰りました~」


 挨拶の声と共に玄関の扉を開けた伊織は、違和感に気付く。


 電気こそ付いているが、家の中が妙に静かなのだ。


「春輝さんと白亜も出掛けたのかな……?」


 そんな疑問を抱くも、すぐにそれは氷解された。


「……あら」


 布団の上で、重なり合って眠る春輝と白亜の姿を発見したためである。


 二人の寝顔は等しくあけすけで、幸せそうなもので。


「ふふっ……二人共、子供みたい」


 伊織は、クスリと微笑むのであった。







―――――――――――――――――――――

1巻の店舗購入特典公開、第3弾。

今回は、メロンブックス様特典です。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る