第94話 現在と出立と

 貫奈との『デート』の翌日、月曜日。


 制服姿の小桜姉妹と、スーツ姿の春輝は一緒に家を出た……その、直後であった。


「……あ」


 白亜が、小さく声を上げる。


「今日、体育あるの忘れてた……」

「えっ、そうなの?」


 白亜の言葉に、伊織が若干焦った表情になった。


「それじゃ、体操服持っていかないとだよね……ほら、用意するから来てっ!」

「ん……」


 踵を返す伊織に、頷いて白亜も続く。


「あっ、すみません春輝さん、先に行っていただいても……」

「ははっ、いいよそれくらい。待ってるから、ゆっくり行ってきな」

「す、すぐに戻りますのでっ!」


 春輝に一礼してから、伊織は慌ただしく家の中へと戻っていった。


「別に遅刻ギリってわけじゃないんだし、お姉もあんなに焦ることないのにね?」

「だな……」


 呆れ顔の露華の隣で、春輝は苦笑を浮かべる。


 そのまま特に何をするでもなく、待つことしばし。


「……っ」


 ふと、露華の表情が固まった。


 その視線の先は、春輝の後ろ側にあるようだ。


「……?」


 不思議に思って、春輝も振り返る。


 するとそこには、露華と同じ制服を着た二人の少女がいた。

 それ自体は、別に珍しいことでもない。

 露華たちの高校に通う子はこの辺りにもいるはずだし、ここは駅への経路の一つだ。


 ただ……二人の視線は、明らかに春輝と露華に向けられており。


 その表情が興味半分気まずさ半分といった感じである点は、気になった。


「もしかして、あの人が小桜さんの……?」

「そうかも……」


 風に乗って、ひそめき合う声が僅かに届いてくる。


(……んんっ?)


 その段に至り、春輝もようやくハッとした。


(もしかして、あの子たちって露華ちゃんのクラスメイトか……!?)


 であるならば、この状況は非常にマズいと言えよう。


(これ、完全に誤解が強固になるやつじゃねぇか……!)


 援助交際で知り合った男性の家に転がり込んだ、という噂。

 今まさに春輝の頭を悩ませている問題が更に拗れるのだけは、絶対に避けねばならない。


「あの……!」

「春輝クン」


 彼女たちの方へと歩き出そうとした春輝の手を、露華が後ろから握ってきた。


「えっ……?」


 疑問の声と共に、足を止めて振り向く春輝。


「やっぱり、あの二人……」

「だよね……?」


 その間に、件の少女たちは気まずさが勝った表情でそそくさと立ち去っていった。


「露華ちゃん、ちゃんとあの子たちに誤解だって説明しないと……」


 焦り混じりに、春輝は露華の顔と手を交互に見る。


「あのさぁ、春輝クン。説明するっつっても、どう言うつもりなのさ? この状況、どう言い繕ったところで誤魔化してるとしか思われなくない?」

「う……」


 確かに、言われてみればそんな気がした。


「だ・か・らぁ?」


 露華がニンマリと笑う。


「むしろ、噂を事実にしちゃった方が早いじゃーん?」


 そして、春輝の腕をギュッと掻き抱いた。


「それに何の意味があるんだよ……」


 冗談の類だと判断し、苦笑する。


「意味は、あるよ?」


 春輝を見上げながら、露華は小首を傾げた。


 その顔から、ふと笑みが消えて。


「ウチが、幸せになれる」


 真摯に見える、その表情。


「……ははっ、何言ってんだか」


 一瞬ドキリしてしてしまったが、今回も春輝は苦笑を返した。


「もう、本気なのにぃ」


 子供っぽく頬を膨らませる様は今度こそ冗談めかした調子で、ホッとした気分となる。


「ま、ともかく。ウチのことはウチがちゃんとやるから、春輝クンは気にしないでよ。つーかこれ、春輝クンが出張ると余計ややこくなるやつでしょ?」


 軽い調子で言って、露華は肩をすくめた。


「それは……まぁ、そうかもな」


 一理ある、と思って春輝も小さく頷く。

 実際、学校でのこととなると春輝に取れる選択肢は限られる。

 まさか、自ら教室に乗り込んで説明するわけにもいくまい。

 それこそ、余計に事態を悪化させるだけだろう。


 それに、露華は春輝などより余程コミュニケーション能力が優れている。

 自分で言っている通り、彼女ならそう遠くないうちに自力で解決するに違いない。


「すみません、お待たせしましたぁ……!」

「今度こそ忘れ物はない……はず」


 春輝がそんなことを考えていた中、玄関の扉を開けて伊織と白亜が駆けてきた。


「ほんじゃ、行こっか。ほら、春輝クンも」

「あぁ、うん……」


 先頭に立って歩き出した露華に促され、春輝も足を踏み出す。


「まったくもう……前日に忘れ物のチェックしなさいって、いつも言ってるでしょ?」

「うっかりうっかり」

「ははっ……」


 伊織と白亜のやり取りに、春輝は微苦笑を浮かべながら目を向ける……その、直前。


「っ……!」


 視界の端に映った光景に、息を呑んだ。


 僅かに見えた、露華の顔。

 春輝の視線が外れようかという瞬間、その表情に少しだけ変化が現れていたように思う。

 ほんの僅かな違いでしかなかったけれど……春輝の目には。


 痛みを堪えているような表情に、見えた。


「露華ちゃんっ」


 そう考えた瞬間には、彼女の手を取っていた。


「へ? なに?」


 露華が目をパチクリと瞬かせる。


「行こう」

「はい?」


 わけがわからない、といった表情の露華。

 それはそうだろうと思いつつも、春輝はその手を引いて歩き始めた。

 いつもとは……職場や学校に向かうのとは逆の方向に、である。


「ごめん、伊織ちゃん! 今日俺、緊急で有給取るって会社のみんなに言っといて! どうしても外せない急用が出来たから!」

「はい……? え、えぇっ!?」


 伊織の戸惑いの声を背に、ズンズンと歩いていく。


「ちょちょっ、春輝クン!? どこに行く気……!?」


 こちらも戸惑いを全面に表しながら、露華が尋ねてきた。


「どっか、知らないとこ」

「はいぃ!?」


 春輝の短い説明に、ますます戸惑いが加速した様子である。


 春輝としても今ので説明出来たとは思っていないので、当然と言えよう。


「とりあえず、足の確保か」


 呟いて、目についたレンタカーショップへと進路を変える。


「あー……もしかして」


 その辺りで、露華がピンときたような表情を浮かべた。


「ウチを気分転換させようとしてくれてる……とか?」

「ま、そんなことだよ」


 とりあえず、頷いておく。


「もー、ウチは大丈夫だって言ってんのにさー」


 苦笑を浮かべる露華であったが、そこに少なからず嬉しさが混じって見える気がするのは……春輝の、願望によるものなのだろうか。


「でも……ありがとね」


 彼女なら、今直面している問題もそう遠くないうちに自力で解決するのだろう。

 それ自体は、間違っていないと思う。


 けれど。


 だからといって……、辛くないわけはないのだ。


 で、あるならば。


(せめて……俺に出来ることを)


 そんな思いが、春輝を突き動かしていた。











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