第91話 痛痒と残懐と

 そうして次の休日、一緒に出かけた春輝と貫奈。

 貫奈に問うても特に行き先の希望は出てこなかったので、春輝主導で決めることになったわけだが。


 学生は割引があって、安く済むので……という理由で、動物園。

 お昼はオシャレなカフェ的なところで……と思って入ったのに、実はそれがメイド喫茶で。

 他に遊ぶ場所をあまり知らなかったため、自分の趣味全開でゲームセンターに行き。

 ゲームセンターを出た時にたまたま目に入ってきたので、夕食は近くのファミレスにて。


 後に振り返ってみれば全てが黒歴史レベルの、酷いプランニングであった。


 それでも、当時の春輝としては一生懸命に考えてのことだったのだ。


 貫奈も、楽しそうにしてくれていたと思う。

 もしかすると、春輝の気持ちを汲んで気を使ってくれていただけなのかもしれないが。


 ただ、いずれにせよ。

 春輝の胸の内のムズムズは、この日もずっと晴れていなかった。


「……なぁ、桃井」


 ファミレスでの食事もほとんど終えた頃、そのムズムズが押さえきれずに春輝はそう呼びかける。


「はい、なんでしょう?」


 貫奈は、特に思うところもなさそうに首を傾けた。


「あのさ……その……」


 言い淀みながら、視線を左右に彷徨わせる。


 胸の内に、何か伝えたいことがある気はするのだ。

 しかし、それを表す言葉がどこにも見当たらなかった。


「なんて、言えばいいのかな……」


 それが、とてもとても歯痒い気分。


「……友達って、そんなに必要か?」


 結局、最終的に己の口から出てきたのはそんな言葉だった。


 言いたいことの一端は、表せたような気がする。


 けれど、何かが致命的に足りていないような。

 そんな、感覚を覚える。


「えっ……?」


 春輝の言葉を受けて、貫奈はパチクリと目を瞬かせた。


「……そういう風に考えたことは、なかったです」


 それから顎に指を当て、顔を少し俯ける。


 垣間見える表情は、春輝が口にした言葉を噛み締めているかのように見えた。


「……先輩」


 しばしの間を挟んだ後、再び顔を上げた貫奈が春輝と目を合わせる。


「先日言った通り、私にとってあそこは……図書室のあの場所は、ただの逃避先だったんです。あんまり人のいないところなら、どこでも良くて」

「……?」


 脈絡のない話が始まったように思えて、春輝は顔に疑問を浮かべた。


「先輩がそこに現れた時は、正直……マジかよ空気読んでくださいよ、とか思っちゃいました。逃避先、ミスっちゃったかなーって」

「お、おぅ……」


 貫奈の立場からすれば、確かにそうなのかもしれないが。

 あまりに率直な物言いに、春輝は何と返せば良いのかわからなかった。


「でも」


 そんな春輝を真っ直ぐに見つめながら、貫奈が微笑む。


「あそこに行くことにして良かったと、今では思ってます」


 それは彼女と出会ってからこっち、初めて見るあけすけな笑みに思えた。


「えっ、と……なんで、そう思ったんだ?」


 密かにドギマギしつつも、問いを返す。


「先輩に、会えましたから」

「えっ……?」


 すると貫奈が笑みを深めるものだから、更に大きく心臓が跳ね回ることとなった。


(まさか……)


 こういった場面で続くのは、『告白』というのが定番である。


 もっとも、これまたソースはアニメや漫画やライトノベルだが。


「今の先輩の言葉で、なんだか少し気が楽になった気がしますので……お気遣い、ありがとうございます」

「あ、あぁ、そういう意味か……」


 拍子抜けした気分と共に、納得も抱く。


(まぁ、そりゃそうだよな……図書室でだけ会う女の子と恋に落ちる、なんて展開がリアルあるわけねぇだろ……まして、俺なんだし……)


 春輝が浮かべるのは、自嘲を込めた半笑いで。


「? そういう意味、とは?」

「い、いや別に!」


 先日とは、逆の構図であった。



   ◆   ◆   ◆



 その後は、特にどうということもない雑談をしばらく交わした後に解散したのだが。


 それからも、春輝は貫奈の状況をどうにか出来ないかと頭を悩ませた。


 けれど、結局。

 貫奈を助けたいという春輝の願いが叶うことは、なかった。


 ただし、それは貫奈に終ぞ友人が出来なかったという意味ではなく……春輝が何もせずとも、貫奈自身が解決に向けて踏み出したのだ。

 勇気を出してクラスの子に話しかけた、そしたら向こうからも話しかけてくれるようになった、一緒に休み時間を過ごしてくれるようになった。

 図書室の例の席──一緒に過ごす友人が出来てからも、貫奈は昼休みになるとそこに現れ続けた──で顔を合わせる度に、貫奈は嬉しそうに報告してくれた。


 貫奈に友達が出来たことで、春輝もホッとしたのは事実。


 それを喜んだ気持ちに、嘘偽りはない。


 けれど自分の無力さを痛感したこの出来事は、小さく刺さった棘のように。


 春輝の胸に、ずっと残り続けることとなった。

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