第87話 移動と接触と

 思わぬ遭遇はあったものの、その後は普通に食事を終えて。


「確かに美味かったな、焼肉定食……メイド喫茶なのに……」

「お肉の仕入先からこだわっていますので」

「メイド喫茶なのにか……」


 満腹感と共に謎の敗北感のようなものも覚えながら、春輝はメイド喫茶を出た。


「さて、お腹も膨れたところで今日のメインイベントといきましょうか」


 こちらはフラットな表情で、貫奈が歩き出す。

 行き先が不明なことにも既に慣れてきたので、春輝も特に尋ねることもなくそれに続いた。


「そういや桃井、さっきのメイド喫茶でバイトしてたのっていつ頃の話なんだ?」

「大学一年の途中から、三年の終わりまでですね」

「結構長ぇな……」

「先輩が来店されるのをお待ちしていましたので」

「言ってくれれば、一回くらいなら行ったぞ?」

「そういうんじゃないんですよねぇ……偶然性が必要というか、運命的なのが良かったんですよ」

「お、おぅ……」


 そんな雑談を交わしながら、歩くことしばらく。


「っと、ここです」


 貫奈が足を止めたのは、とあるゲームセンターの前であった。

 春輝が高校生の頃から存在している店で、学生時代はそれなりに通ったものである。


「桃井、ゲーセンとか来るんだ?」

「まぁ、嗜む程度には」

「地味にオタク強度が高ぇな……」

「全部先輩の影響なんですが?」

「人を悪影響の大元みたいに言うなよ」

「影響という意味では間違っていないと思いますけれど。悪いとは思っていませんけどね」


 クスリと笑ってから、貫奈は店内へと足を踏み入れた。


「んで、クレーンゲームでもするのか?」


 なんとなく女性とゲーセンといえばその組み合わせだろうか、と思って尋ねる。


「それもいいんですけど……」


 しかし、貫奈はクレーンゲームのコーナーをスルー。


「今回の目的は、これですね」


 再び足を止めたのは、格闘ゲームの筐体の前であった。


「あれ……? これって……」


 画面の中で動くキャラを見て、春輝は眉根を寄せる。


「先輩が昔プレイしてたやつですよね? 最近、リメイクされたんですよ」

「へぇ、そうなのか」


 全く知らなかった情報に、軽く目を見開いた。


「つーか、なんで俺がプレイしてたことを知って……あぁ」


 言葉の途中で、思い出す。


「そういや、ここにも一緒に来たことがあったか」


 それもまた、高校時代の記憶であった。


「ですねー」


 貫奈も頷く。


「と、いうのはともかくとして」


 それから、ニッとどこかイタズラっぽい笑った。


「しかもこれ、ただのリメイクじゃないんですよ」


 そう言いながら、チャリンと投入口に百円玉を入れる。

 それからレバーを操作し、とある女性キャラを選択するとボイスが流れて。


「あれ……? 今の声って、もしかして……」


 周囲の雑音に紛れ気味ではあったが、それは確かに聞き覚えのある声に思えた。


「そうなんです、実は小枝ちゃんがボイスを担当してるっぽいんですよ」

「マジ? 初耳なんだけど」

「これ、なぜか公式からはCVを誰が担当してるかが明言されてないんですよね。でも、SNS上では小枝ちゃんに間違いないって評判ですよ。もしかしたら、そうやって話題が広まるのを狙っての非公表なのかもしれませんね」

「ほーん? 色々と考えるもんだなー」

「それより、ほら」


 貫奈は感心する春輝の手を引き、席に導く。


(……ん、手が)


 あまりに自然な流れで、手が繋がっているという事実に気付くのが一瞬遅れた。


(ま、まぁ、大人なんだし、この程度で動揺したりは……しな、い……)


 自分に言い聞かせるも、心臓がやたら跳ね回っている事実は否定出来ない。


「やってみてくださいよ、先輩。今回のクレジットは私の奢りですので」

「……お前は、やらないのか?」

「見てる方が好きなんです」

「ふーん?」


 そういう層もいるのは知っているで、特に疑問に思うこともなく春輝は画面の方に向き直った。


「そんじゃ、久々にやってみるか」


 一人用モードでゲームを開始する。


「んっ、流石にブランクを感じるな……」

「あっ、でも凄い、余裕で勝ってるじゃないですか」

「まぁキャラ相性の良い相手だからな……よし、ちょっとずつ思い出してきたぞ。操作性も昔のとほとんど変わらないみたいだな」

「おぉっ、展開が一方的に」

「オッケー、コンボ入った」

「流石、お見事ですね」


 と、最初の方は好調な滑り出しだったのだが。


「先輩、危ないですよ! ほらほら!」

「うん、まぁ……」

「今、いけたんじゃですかっ?」

「ちょっと、ミスったな……」

「あっ、逆転いけます!?」

「ギリいけるかもな……」


 徐々に、春輝の動きは精彩を欠いていく。


 それは、貫奈の声に気が散るから……では、なく。


(なんでさっきからちょっとずつ接触範囲がデカくなってきてるんだ……!?)


 最初は春輝の肩に手を置く程度だったのが、徐々に貫奈は前のめりになっていき……今や春輝に背中から抱きつくような体勢になっているのだった。


(全然集中出来ないんだが……!?)


 貫奈の吐息をすぐそこで感じる状況でゲームに集中出来るほど、春輝はガチゲーマーでもなければ女慣れしているわけでもない。


 結局。


「あー……」


 画面の中で春輝の操るキャラが倒れ伏し、貫奈が残念そうな声を上げた。


「惜しかったですね」


 春輝の顔のほとんどすぐ真横で、である。


「だな……」


 画面の方に目を向けたまま、春輝は曖昧に頷いた。


「どうかしましたか? 先輩、何やら微妙な表情ですが」


 視界の端に、貫奈がどこかイタズラっぽく微笑む様が見える。


(こいつ、俺のことからかってやがるな……? ったく……)


 内心で、軽く溜め息を吐いた。


(露華ちゃんじゃあるまいし……)


 そう、考えたところで。


「はいはーい、お客さんちょっと失礼しますよっと。掃除中なんでー、すんませーん」


 女性の店員さんが、掃除機をかけながら近づいてきた。


「ちょっと、足元失礼しますねー」

「あっはい、どうぞ」


 中腰で下を向いたままの店員さんに場所を譲るため、貫奈が一歩分退く。

 結果的に春輝からも離れることになり、春輝は若干ホッとした気持ちとなった。


「はいはーい、サーセンサーセン」

「……?」


 とそこで、件の店員さんになぜか妙な既視感を覚えて何とは無しに伺い見ると。


「うおっ!? ろ、露華ちゃん!?」


 先程頭の中に思い浮かべていた顔がそこにあって、思わず驚きの声を上げてしまった。


「えっ、こんなとこで何やって……」

「ちょっとお客さぁん、話しかけないでもらえますぅ? ここ、そういうお店じゃないんでぇ」

「あ、はい、すんません……」


 春輝の方を見ることなく冷たい声で返してくる露華に、半ば反射的に謝る。


「ほんじゃ、失礼しゃっしたー」


 結局、一度も目を合わせることなく露華は掃除機をかけ終えて去っていった。


「………………いや、ゲーセンの店員さんには普通に話しかけることもあるだろ」


 動揺のため、遅れに遅れた春輝のツッコミであった。

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