第86話 衣装と自責と

 思ってもみなかった場所で、思ってもみなかった格好をしている伊織と出会って。


「ゲホッ、ゲホッ……! な、なぜここに……!?」


 今しがた飲みかけていた水が若干気道に入ったせいで咳き込みながらも、春輝は伊織へと疑問を投げた。


「実はここの店長さん、私がバイトしている喫茶店のマスターと知り合いでして……時々、こんな風にヘルプに入っているんです」

「そ、そうなんだ……?」


 初耳の情報に驚きつつ、改めて伊織の方に目を向ける。


(………………すげぇな、これ)


 そして、思わずまじまじと見つめてしまった。


 彼女の制服は他のメイドさんと同じで、特別なものではない。

 露出も少なく、メイド喫茶の中では大人しめのデザインであると言えよう。

 しかし伊織が着た場合に限って言えば、の隆起がやたらと目立ち……露出の少なさが、逆に卑猥さを強調しているようにさえ見える。


「あの……何か……?」


 無言で見入っていたところ、伊織が不思議そうに首を傾げた。


「い、いや、別に……いつもと違う格好だったから、つい、ね……」


 慌てて目を逸らしながら、言い訳を口にする。


「……これはちょっと、反則ね」


 対面では、貫奈が苦笑を浮かべていた。


「……?」


 一人、伊織だけは何が起こっているのか理解出来ていない様子である。


「あっ、ところでお二人共、ご注文をお伺いしてもいいですか?」


 と、そこでようやく職務を思い出したらしく、伝票を手に尋ねてきた。


「じゃあ、俺は……せっかくなんで、焼肉定食で」

「私は、オムライスをお願い」

「かしこまりました、ご主人様!」


 二人の注文を書き留め、伊織はニコリと笑う。


「萌え萌えキュン!」


 そして、手でハートマークを形作った。


「だからそれ、タイミングおかしくない……?」

「そうなんですか……?」


 春輝が指摘するも、伊織はよくわかってい表情だ。

 この店では、そういうものなのかとも思ったが……周囲を見回してみても、伊織と同じようなタイミングで言っているメイドさんは見当たらなかった。


「と、ともあれ、失礼します、ご主人様!」


 ペコリと頭を下げて、踵を返……しかけて、ふと伊織がその動きを止める。


「……ごめんなさい、桃井さん」


 謝罪の言葉はとても小さな声で紡がれて、春輝の耳までは届かなかった。


「何を謝ることがあるの? 貴女は、ここでバイトしているだけでしょう?」


 しかし貫奈には聞こえていたようで、こちらも小さな声で返す。


「………………はい」


 頷いて、今度こそ踵を返し離れていく伊織。


 その直前……垣間見えた顔に罪悪感が宿っていたことにも、春輝は気付かなかった。

 ゆえに。


「今、何を話してたんだ?」

「先輩メイドとして、激励の言葉を伝えていただけですよ」

「なるほど?」


 貫奈の言葉にあっさりと納得し、その話題はこれで終わりとなった。

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