第85話 喫茶と想像と

 白亜と別れた後は特筆すべき出来事もなく、動物園を回り終えて。


「そろそろお昼にしましょうか」

「そうだな」


 再び外に出た二人は、繁華街の方に歩き始めた。


「店はもう決めてあるのか?」

「はい、私のオススメです」

「ほぅ、そりゃ楽しみだ」

「ふふっ……きっと驚きますよ?」

「そんなハードル上げて大丈夫か?」


 ふれあいコーナーでの一件からしばらくは一方的に気まずさを感じていた春輝だったが、時間の経過につれてそれもマシになり、今ではすっかり平常運転となってきていた。


(とはいえ、いつまでもスルーするわけにもいかんよなぁ……)


 露華の件といい、考えることが多くて頭が痛くなりそうだった。


「あそこですよ、先輩」

「ほーん?」


 とはいえ極力悩んでいることは悟られないように、何気ない調子で相槌を打つ。

 貫奈の指す先にはあるのは、オシャレなカフェといった感じの建物だった。

 春輝一人であれば入るのに気後れするところだが、貫奈と一緒であれば問題ないだろう。


(……んんっ? なんかここ、妙に見覚えがあるような……?)


 店に入りながら、ふとそんなことを思った瞬間。


『いらっしゃいませ、ご主人様!』


 メイド服姿の女性たちに迎えられ、面食らうこととなった。


「お、おぅ……ここって、もしかして……」

「もしかしなくても、メイド喫茶ですよ」


 硬い表情を浮かべる春輝に対して、貫奈はしたり顔である。


「というか、覚えていませんか?」

「あー……そういや高校の時に、一回来たなぁ。お前と一緒に」


 貫奈に言われて、ようやくその記憶に思い当たる。


「驚くって、こういう意味か……」

「ちなみにここの一番人気のメニュー、焼肉定食が絶品なんです」

「メイド喫茶なのになんでガッツリ系が一番人気なんだよ……二重の驚き構造かよ……」


 貫奈の説明に、思わず半笑いが浮かんだ。


「……つーか、なんでそんなこと知ってるんだ? 確か前に来た時は、普通にオムライス頼んでたよな? 俺も、お前も」


 メイドさんに案内された席に着いたところで、ふと浮かんだ疑問について問う。


「実は私、以前ここでバイトしていたんですよ。大学の頃に」

「えっ、そうなの?」


 思ってもみなかった言葉に、春輝はここでも驚いた。


「なんでまた……」


 どうにも貫奈のイメージと合っていない気がして、首を捻る。


「いやだって、先輩が初デートで連れて行ってくれたのがメイド喫茶だったんですよ? 先輩はメイドが好きなんだな、って思うじゃないですか」

「あれって、デートだったのか……?」


 今更ではあるが、当時そんな認識はなかった春輝であった。


「ん……? ていうか、その言い方だと……」


 遅れて、先の言葉に含まれる意味に気付く。


「俺の好みに合わせるために、メイド喫茶でバイトを始めたってこと……か……?」


 我ながら、自意識過剰な問いだとは思ったが。


「他にどんな理由があると?」


 貫奈は、あっさりと頷いた。


「結局、先輩にメイド属性はなかったようですけれど」

「お、おぅ……なんというか、スマン……」


 他に言葉が思い浮かばず、とりあえず謝罪する。


「私が勝手に勘違いしただけですし、謝ってもらうようなことじゃないですよ」


 クスリと笑う貫奈。


「それよりも」


 その笑みが、イタズラっぽく深まる。


「赤の他人のメイド姿には興味がなくとも……顔見知りがメイド服を着ていたら、ちょっと興奮すると思いませんか?」

「いや、別に……」


 貫奈にそう答えながらも、自然と頭の中にはメイド服姿の貫奈が思い描かれていた。


(……メガネっ娘メイドか)


 会社での貫奈のように、お硬いメイドさん。


 今の貫奈のように、可愛らしいメイドさん。


(……どっちも、アリっちゃアリかもな)


 なんて、思った。


「意外とアリかも? とか思ったんじゃありません?」


 そこを鋭く指摘され、ギクリと顔が強張る。


「先輩がお望みであれば、個人的にメイド服を着て差し上げても構いませんよ?」


 引き続き、貫奈の笑みはイタズラっぽい雰囲気であった。


「お前なぁ……」


 口を『へ』の字に曲げながら、否定の言葉を口にしようとしたところで。


「い、いらっしゃいませ、ご主人様!」


 テーブルの傍らに、コップの乗ったトレイを手にしたメイドさんがやってきた。


「こちら、お冷です! えっと、あの、萌え萌えキュン!」


 コップをテーブルに置いてから、手でハートマークを形作るメイドさん。


「それするタイミングおかしくない……?」


 苦笑と共にメイドさんの方に目を向けつつ、春輝はコップの水を口に含んだ。


「ぶはっ!?」


 そして、直後に吹き出した。


「だ、大丈夫ですか春輝さん!? あっ、じゃなかった、ご主人様!」


 そこにいたのが、メイド服で身を包んだ伊織だったためである。

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