第48話 帰着と溜息と

 つい数週間前までは、帰宅時に自宅の明かりが消えているなど当たり前のことだった。


 そこに、寂しさを感じることもなかった。


 けれど……いつの間にか、明かりが灯っていることが当たり前になっていて。


 それが消えている家を、やけに空虚に感じるようになっていて。

 ここ数日は、胸のどこかに穴が空いていたかのようだった。


 そして。

 今また暖かさを感じる明るい家に帰れるようになったことに、妙な感慨深さを覚える。


 そんなことを考えながら、春輝は玄関の扉を開けた。


「ただいま」

「おかえりなさい!」

「おかえりー」

「おかえりなさい」


 自分にとっての『日常』に迎えられた。

 そんな気分。


「ハル兄、わたしが鞄持つ」

「おっ、ありがとう」


 手を差し出してくる白亜へと、鞄を手渡す。

 すると白亜はムフンと鼻を鳴らし、何やら一仕事終えたかのような満足げな表情となった。


「あっ、春輝クン。ここ」


 次いで、露華がスーツの上着を指差してくる。


「うん……?」

「ちょっと解れてるから、縫っといたげるよ」


 そこに目を向けると、確かに縫い目が少し緩くなっているようだ。


「ホントだ……じゃあ、悪いけど頼めるかな」


 上着を脱いで露華へと差し出すと、露華はそれをギュッと掻き抱いて顔を埋めた。


「んふふぅ、春輝クンのにお~い」


 そして、ニマニマとした笑みを浮かべる。


「加齢臭はまだ出てないだろ……? ……出てないよな?」


 いつものからかいだとは思いつつも、ちょっと不安になる春輝であった。


「ん~? ウチは、いい匂いだと思うよ?」


 露華から返ってきたのは、肯定でも否定でもない言葉。


「えぇ……?」


 念のために自身の腕の匂いを嗅いでみる春輝だが、自分ではよくわからなかった。


「大丈夫。わたしも、いい匂いだと思う」


 顔を寄せてきた白亜が、スンスンと鼻を動かしてそう言う。


「お、おぅ……」

「あ、あの、春輝さん!」


 どう解釈すればいいのかと微妙な表情を浮かべていると、伊織に呼びかけられた。


「わ、私も……!」


 そちらに視線を向けると、少し赤くなった彼女の顔が目に入ってくる。


「私も、その……」


 伊織は、何やら言いづらそうにモジモジとしており。


「私も………………お腹がすいちゃったので、ご飯にしましょう!」


 それから、どこかぎこちない表情でそう言いながらキッチンの方へと足を向けた。


「あぁ、うん……そうしようか?」


 若干の違和感を覚えつつも、特に反対する理由もないので春輝も頷いてそれに続く。

 けれど。


「………………はぁ」


 前方から届いた伊織の溜め息の音が、少しだけ気になった。

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