第47話 大切と乙女と

 芦田が出ていった後の、人見家。

 残されたのは春輝と、神妙な顔つきの小桜姉妹で。


「はっはっはっー。どうしたどうした、元気ないぞ三人共ー? お腹でもすいてるのか? よーし、また炒飯でも作ってやろう! 晩飯の用意、まだだろ?」


 努めて明るく振る舞う春輝だが、彼女たちの表情が晴れることはない。


「春輝さん」


 三人を代表するかのように、伊織がススッと前に出た。


「本当に本当に、ありがとうございました。春輝さんのおかげで、思い出の家を……お父さんが帰ってくる場所を、失わずに済みました。このご恩は、一生忘れません」

「そんな、大袈裟な……」


 床に擦り付けんばかりの勢いで頭を下げる伊織を、笑い飛ばそうとするも。


「大袈裟じゃないって、流石にこれは。マジでありがとう、春輝クン」

「いや、その……」


 露華までが真剣な顔で頭を下げてきて、調子が狂う。


「ありがとう、ハル兄……! この話は、子々孫々まで語り継ぐ……!」

「ははっ……」


 グッと拳を握る白亜には、思わず笑いが漏れた。


「今回出していただいたお金は、少しずつでも必ず返しますので」

「うん、まぁ、お父さんが帰ってきたら相談してゆっくり返してくれればいいよ」

「てか、春輝クンさ。あんなお金、どうやって用意したの? まさか、春輝クンまで借金して……とかじゃないよね? そんなのウチら、素直に喜べないよ?」

「ふっ、社畜を舐めんなよ? 俺んとこは、残業代が全部出るって意味じゃホワイトだからな。使う暇もほとんどなかったし、結構貯め込んでたんだよ」


 冗談めかして、髪を掻き上げる仕草を取る。


「……?」


 とそこで、リビングの一角を見て白亜が疑問の表情を浮かべた。


「ゲームの数、ごっそり減ってる……?」

「ん、あー……ほら、どうせもうほとんどが遊ばないやつだったしさ……」


 何と答えたものやら迷い、春輝は曖昧に笑う。


「……っ!? まさか……!?」


 何かに気付いた表情で、白亜は駆け出した。


「白亜……?」

「どったの……?」


 顔を見合わせてから、伊織と露華が白亜を追いかける。


「……まぁ、バレるよなぁ。誤魔化し工作するとこまで気ぃ回す余裕なかったもんなぁ」


 ガリガリと頭を掻いた後、春輝もそれに続いた。


「無い……! 無い……!」


 向かった先は、春輝の『オタク部屋』で。


「初回限定版も、特装版も、サイン色紙も……!」


 そこには、カラーボックスの中を必死の形相で確認する白亜の姿があった。


「……小枝ちゃんの、アイドル時代のCDも!」


 力なく、手を止める白亜。


「ハル兄……! ここにあった小枝ちゃんグッズ、どうしたの……!?」


 青い顔で振り返ってくる。


「一応、通常版は一通り残ってるからさ。聞く分には問題ないだろ? ははっ……」

「そんなことを言ってるんじゃない!」


 珍しい……春輝が初めて聞く程の大声で、白亜が叫んだ。


「あー……その、な……」


 出来れば笑って誤魔化したかったが、白亜の真剣な表情にそれも不誠実かと思い直す。


「金になりそうなものは、全部売ったんだ。貯金だけで足りるかわからなかったからさ」

「そんな……!」


 春輝の答えに、白亜が目を見開いた。


「だって……!」


 その声は、唇は、震えていて。


「ハル兄、宝物だって……! あんなに嬉しそうに話してたのに……!」


 ポロポロポロ……その大きな目から、涙が溢れ出す。


「ご、ごめんなさい……! ごめんなさい、ハル兄……!」


 泣きながら、謝罪の言葉を繰り返す白亜。


「ハル兄の一番大切なものまで……! わたしたちのせいで……! ごめんなさい……! ごめんなさい……!」

「それは、少し違うよ」


 春輝は、俯いてしまった彼女の頭に手を置いてゆっくりと撫でた。


「俺にとって、あれは『一番大切』なものじゃないからね」

「でもハル兄、そう言ってた……!」


 白亜は俯いたまま、ポタポタと床に落ちた涙が水溜りを作っていく。


「うん……確かに、前はそうだった」


 実際のところ、コレクションを処分することに少しも思うところがなかったわけではない。

 それどころか、身を切るような思いであった。


「でも、今は違うんだ」


 それでも、処分するのを迷うようなことはなかった。


「今の俺にとって、一番大切なのはさ」


 なぜならば。


「何よりも、君たちだから」


 自分にとっての『一番大切』は、もう別に出来ていたから。


「わたしたち……?」


 ぐしぐしと鼻を鳴らしながらも、白亜が顔を上げてくれた。


「あぁ」


 彼女に微笑みかけてから、露華、伊織、と順に視線を交わす。


「だってさ」


 続く言葉を口にするのは、少しだけ恥ずかしかったけれど。


「俺たち、家族だろ?」


 ハッキリと、言い切った。


「ハル兄……!」


「春輝クン……!」


「春輝さん……!」


 すると白亜だけでなく、露華と伊織も感極まったように目の端に涙を浮かべる。


 それから、間近にいた白亜を筆頭に春輝の胸に飛び込んでくる素振りを見せた。


(よし来い、全員受け止めてやるぞ……!)


 春輝は両手を広げ、それを受け止める体勢を取る。


 が、しかし。


『……っ!』


 春輝の手前で、なぜか三人はピタリと動きを止めてしまった。


(………………は?)


 力を入れようとしていたタイミングを外されて、若干体勢が崩れる春輝。


『………………』


 それっきり、三人に動く気配はない。


(えぇ……!? うっそだろ、今の流れでフェイントとかある……!?)


 虚しく両手を広げたまま、愕然とした思いを抱く春輝。


『………………』


 けれど、目の前で三人が赤くなった顔を俯けて何やらもじもじとしている様子を見て。


(……ははーん? さては、あれだな?)


 そんな姿に、ピンと気付いた。


(『家族』だって言われて、照れてるんだな?)


 気付いた、つもりであった。


(急に言われて、意識しちゃってるってところかな? まぁ、俺だって言うのはちょっと恥ずかしかったしな……気持ちはわかるわかる)


 と、納得して一人頷く春輝であったが。



   ◆   ◆   ◆



 トクントクン、と大きく脈打つ心臓に手を当てる三人。


 彼女たちが抱く感情は、『家族』に対する親愛では。

 それだけでは、恐らくなくて。


(あれ……? なんでわたし、止まっちゃったんだろ……? なんだか、急に胸がドキドキしてきて……恥ずかしかった、のかな……? でも、ただ恥ずかしいだけとも違うような……なんだろう、初めての気持ち……? これって、もしかして……)


(んんっ……? 今までだったら抱きつくくらいヨユーだったはずなのに、なんか止まっちった……あ、これ、もしかしてアレ? ウチ、マジのやつになっちゃった……? ヤバ、こんなドキドキするの初めてかも……お姉には悪いけど、こりゃウチも……)


(あ、危うく勢いで抱きついちゃうところだった……! ……あれ? でも今、そういう流れだったよね? もしかして、勢いでいっちゃった方がよかったんじゃ? 春輝さんも受け入れてくれそうな雰囲気だし、今からでも………………あぁ駄目、なんか無理!? 前は、ハグだって出来たのに……なんで!?)


 春輝からは見えない、その顔は。


 恋する乙女の、それだった。

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